庵子の戦い
「おまたせいたしましたぁ。こちら、山菜雑炊になります。」
料理を例の彼女の前に起きながら、顔を見下ろす。
このKARUNAカットつい最近も見た様な気がする。
そして、このボリュームある睫毛も…。
そこまで考えて、はっと庵子は気がついた。
もしかして、昼間あった保健室の先生!?
硬直する庵子の視線を不自然に感じたのか、女はふと顔を上げた。
「あ…。」
「あ…、あはは…。」
こんなピンチには愛想笑いしか出て来ない。
何がピンチか。
それは、この女が下手な事を喋れば庵子の高校詐称がバレてしまう。
特に涼平と密な関係ならば、なおさらだ。
ここは先手をうっておきたいところ。
「あなた、なかむっ……もごもごもぐもぐ。」
突然、庵子に雑炊を口に流し込まれた保健教員は目を白黒させている。
「先生、諸事情で私港第三の生徒ってことになってるんです!話合せてくださいね!」
小声で素早く庵子は保健教員に耳打ちをした。
米を喉に詰まらせ咳き込みながら、頷く教師。
「お客様、大丈夫ですか?すぐにお水お持ちいたしますね。」
完璧な営業スマイルを残し、庵子は一旦引き下がった。
後は、あの女が涼平に喋らないでいるか見張っておかないと気が気ではない。
キッチンに戻ると、さっそく好奇心の塊、麻美が近寄ってきた。
「ねぇ、何か分かった?」
「なーんにも!何か雑炊喉に詰まらせて苦しそうだから、お水持ってってあげるよ。」
「雑炊って喉に詰まるんだ…。よっぽど急いで食べたんだね…。」
とても残念そうな麻美。
全くの他人にとはいえ、先生をがっつきキャラに仕立て上げてしまったのは少しやりすぎたかもしれない。
しかも、涼平の彼女だとしたら、涼平にも申し訳ない。
「5番さん、お水行きます〜。」
再び、教員のもとへ向かう庵子。
お水をコトリとテーブルに置く。
そうだ、この際涼平との関係も確認しておこう。
万一他人だったとしたら、情報が漏れる恐れも少ない。
再び、高橋にしか聞こえないくらいの小声で話す。
「ところで、先生。涼平とは知り合いなんですか?」
「知り合いも何も…。」
「唯の、いとこだ。」
「うおおぉぉうっ!!」
いつの間にか背後で涼平の声がし、乙女らしからぬ奇声が口から飛び出した。
今のが自分の真の叫び声だと思うと、少し残念だ。
しかしそんな事よりも。
涼平が言った言葉を、もう一度頭の中で再生してみる。
「いとこ」
「え!従兄弟なんですか!?」
「そうなのよ〜。一人でご飯食べるの寂しいから、わざわざ涼ちゃんのバイトしてるファミレスまで来ちゃったよ。この雑炊美味しいね〜。特にこのワラビ!」
高橋のお皿は、料理が運ばれてきてから10分も経ってないのにも関わらず、既にほとんど中身が残っていなかった。
実際がっつきキャラなのかも、という疑惑が浮かぶ。
「まぁ、迷惑な話なんだけど。で。どういう関係?」
「へ?」
質問の意味が分からず、涼平を見つめる庵子。
「二人、親しげにさっきから話してるけど。知り合いだったの?」
見られていたのである。
仕事に没頭しているようで、見るとこは見ている男、涼平。
さすがはできる男である。
ちょっとこの場合出来すぎて困るのだが。
さて、どう切り抜ける?
ちらり、高橋を見やると、どうしたものかという表情で彼女もこちらを見上げていた。