一目惚れ
閑静な住宅街をしばらく行くと、いつも高橋が利用しているJRの駅に出る。
小さな駅ではあるが、駅前にはそれなりに飲食店が立ち並んでいる。
ラーメン屋に牛丼屋、居酒屋からは既に一杯やってきた風なサラリーマン達が顔を赤くして入口で何やら話し込んでいる。
本当は空腹の余り、牛丼をかき込みたい気分であったが、さすがに一人でお店に入るのはためらわれた。
高橋は小さい頃は良く祖父母に連れてきてもらった、しがないチェーン店のファミレス前に立っていた。
あの頃はチーズハンバーグとチョコレートパフェが高橋の定番メニューであったっけ。
入口の扉に手をかけ、ふと止まる。
何か考えている風な高橋。
突然何か思いついたように、きびすを返すとそのままレストランを後にした。
………
漸く混雑時のピークを過ぎ、庵子の働いているファミレスも徐々に落ち着きを取り戻していった。
ふと時計を見ると、後30分ほどで庵子の就業時間は終わろうとしていた。
いつもこんな感じである。
忙しく働いていると、バイトの3時間というものはあっという間に過ぎて行く。
勉強している時の3時間とは大違いだ。
ここまでくると、仲間達とおしゃべりを楽しむ余裕も出来てくる。
「庵子、明日って暇?」
皿を持ったまま、麻美がひそひそ声で話しかけてきた。
いつもなら店全体に響き渡る様な大きな声で話すのに、何かあるのだろうか。
「どうしたの?何?」
つられて、庵子までひそひそ声になる。
「明日、うちの高校の先輩達と飲み会やるんだけど、庵子来れない!?」
「飲み会!?お酒、飲むの!?」
「え、庵子飲めない人?」
「いや、あんまり飲んだ事ないけど、多分大丈夫…かな?」
実際お酒など未だかつて飲んだ事なかった庵子だが、港第三高校のギャル中村庵子を演じる為にちょっと強がって答えた。
「ま、飲めなくても大丈夫。でさ、その中に鮎澤先輩って人がいるんだけど、超イケメンなの!でねでね、その鮎澤先輩がさ、ここに前来てたらしくてぇ…。」
妙ににやにやと含み笑いをする麻美。
更に声を落とし、庵子の耳元に口を近づける。
「…庵子の事超可愛いって!!!」
キャハハハっと盛り上がる麻美の笑い声で耳がキンとする。
耳を押さえながらも、庵子は驚いて麻美を見つめる。
そんな知らない人から見られていたと思うと少し恥ずかしいが、やはり可愛いと言われて悪い気はするものではない。
それに…、庵子がちゃんとギャルになりきれている証拠でもある。
中学までは、そんな見知らぬ人から可愛いと言われた事など皆無だったし、両親や親戚以外の知ってる人からもそんなに褒められた事はなかった。
最近少し悩んでいたが、やはりギャルになって間違ってなかったのだ。
驚きがだんだんと嬉しさに変わってくる。
「で、来れる?飲み会?」
麻美の最終確認。
「もちろん行きます。」
庵子はVサインで応える。
港第三の話題が出るときついけど、まぁ大丈夫だろう、と踏んで。
庵子と麻美が女子トークで盛り上がってると、哲太がフロアを振り返り振り返り、二人に近づいてきた。
女子達はぴたりと会話を止める。
「なぁ…あれ、何だと思う?」
いぶかしげにもう一度フロアを振り返る哲太に倣い、二人の少女もレストランのフロアを見やった。
視線の先には涼平、そして女子大生風の綺麗そうなお姉さん。
メニューを見ていて顔ははっきり見えない。
隣で涼平はオーダーを取っているのだろう。
「何って?」
少女達は特に変わった事もないという感じで哲太を見る。
「いや、あれ…、涼平の彼女なのかな?」
「ええーっっっ!!!」
二人の少女は叫び声をあげると、そのままフロアへ飛び出して行った。