小さな嘘
庵子のバイト先はチェーン店のファミリーレストラン。
繁華街に位置することもあって、結構平日も忙しい。
一緒に働いているのは殆どが高校生だったが、庵子の通う港第一女学院の生徒は他にいなかった。
そもそも、港女の生徒の殆どがアルバイトなどしていないというのが実際のところなのだが。
「おはようございます。」
挨拶をして、裏口から入る。
「おはようございまぁす。」
早番で働く主婦の方が忙しそうに返事をした。
今日のメンバーは誰だろう。
大抵庵子の入る時間帯のメンバーは決まっていた。
庵子と同い年の麻美と、哲太、そして一つ年上の涼平に、30代前半だろうか、気さくな男の店長。
ここで働き始めて、まだ一ヶ月足らずであったがバイトの仲間とは上手くやれているつもりであった。
皆親切で明るい。
庵子の理想の高校生活の一場面だ。
しかし、庵子の心には一つ皆に馴染みきれない小さな蟠りがあった。
それは庵子がついた、ほんの些細な小さな嘘にあった。
「庵子、おはよー。ね、ね、庵子ってさ、確か港第三だよね?村田カオって知ってる!?」
ロッカールームには今日のメンバーの一人、麻美が既に来ていた。
庵子と同じ様に明るくした髪を一つに括った麻美は、入ってきた庵子に飛びついた。
「え…、そうだけど…、う〜ん…知らないなぁ。クラス多いかんねぇ…」
「そっかぁ…。結構目立つ子だと思うんだけど。メッシュとか入れてて〜、読モとかもたまにやってる。アイツさぁ、やばいよ、メンエグのモデルとヤったらしい。ちょっと、まじ探してみてよ〜、今度クラスとか聞いとくし!」
「あ、うん。探してみるわ。あ、タイムカード押さないとっ!」
「早く来たのに減給とかありえない!庵子、先フロア行ってんね!」
「ほぉい。」
些細な嘘、小さな蟠りとは、この事である。
庵子は自己紹介の時に自分の通う高校を詐称したのだった。
港第三高校は公立のギャルの多い学校で、勉強よりもファッション、恋愛、バイト、と校則もなく自由な校風であった。
勉強に関しては大学進学者がほとんど居ないというレベルであったが、庵子にとって港第一女学院を語り「頭良いんだねぇ…」と引かれるよりも、今の自分には港第三の方が相応しいような気がしたのだ。
実際、同じバイトの仲間達は港第三とほぼ同じレベルの高校に通っていたので、その自己紹介は功をなし、麻美と哲太は親しみを込めて庵子に接してくれた。
しかし、その些細な嘘は今になって少しずつ庵子を苦しめた。
そう、今の会話の様にだ。