中学生の想い
春の夜風は生温い。
まして、多くの人が行き交う繁華街の夜風ともなると、様々な思念や疑惑をも含んでいそうでとても心地良いものではない。
学校の友達と別れた庵子は、駅に向かって急ぐ人ごみをすり抜けながらバイト先へと向かっていた。
人目を引くほどのその容姿、途中幾度となく軟派な若者が声をかける。
去年までは、もっと歩きやすかった。
庵子は思い出していた。
真っ黒な髪をショートカットにし、同じく真っ黒いふちのメガネをかけていた。
お洋服は買い与えられたもの、無地のパーカーにジーンズ、そしてスニーカーが定番であった。
学校、塾、家、学校…その繰り返しの毎日。
たまに寄り道してコンビニで雑誌を読むたびに、その決意は深まっていったものだった。
ギャルになりたい。
高校に入ったら一切勉強なんかしたくないと思っていた。
何も悩みの無さそうな雑誌の中の可愛い女の子になりたかった。
彼氏が出来て、ケータイで連絡を取り合って、奇抜なファッションに、夜遊びやアルバイト…
絶対そうなる、その決意だけが過酷な高校受験生の日々に差す一筋の光の様な気がしていた。
そして、実際その熱意が彼女を親の望む志望校への合格へ導いた。
港第一女学院。
そこは毎年某有名大学への合格者を何名も生み出す、良家お嬢様の為の私立進学校。
勉学に優れている女子が集まるのはもちろんの事で、更にここに通う生徒の多くの親は医者や弁護士、はたまた大学教授など自らも同じ様な道を歩んできた者が多かった。
その為、その子達である生徒の多くは箱入りのお嬢様が多く、清楚で穏やかな理知的な少女が多かった。
庵子は合格通知を見るや否や、美容院へかけていった。
そしてその日のうちに、髪を金色に染めあげた。
勿論、例に漏れず公認会計士をしている親は驚き、咎めたが、庵子は合格通知を突きつけ、何も言わせないという姿勢を貫いた。
これは今まで黙々と親の言う通りに勉学に励んできた大人しい庵子の初めての主張であったので、心配しながらも庵子の両親は彼女を見守ろうという方針に落ち着いた。
庵子は嬉しかった。
金色に輝くこの髪の色が、これから始まる自由な高校生活への切符に思えた。
卒業式。
そこにはもう、黒髪で、服装に無頓着で、目立たない庵子はいなかった。
もう着る事の無い中学校の制服のスカートを短くカットし、ネクタイをオリジナルのリボンに付け替え、そして綺麗な金色の髪をした、生まれたばかりの「ギャル」が地味な中学三年間を卒業していったのであった。