二億円の腕
私は「転職を決意しとある企業に応募した中年男性」だ。それらしいスーツを着用し不正防止で紙書類化されている履歴書の職務履歴欄も適切に埋めた。実績は「営業マン」実績を作るために実際に3年間働いた。私は書類選考を通過して役員面接に進んだ。
部屋には会社役員が3名座っていた。私はスムーズに挨拶し、部屋の中央パイプ椅子に座っているように装った。空気椅子と呼ばれるパントマイムの技だ。なぜなら本当に座ると椅子が潰れるからである。だが役員たちは気づいていない。面接が始まり、最後に面接官が言った。
「2億円で腕を切って売ってもらえますか?」
開発費を考えると私の腕は2億円では売れない。人間が向ける質問にはたいてい裏の意味がある。かつてはどう会社に貢献するか測るための質問だったが、今では文字通りの意味がある。
だが私ははいとは言えない。腕は材料費だけて2億円以上する。
「いえ切りません。自分で稼ぎます」
私が言うと意地悪い面接官が続けた。
「へぇ〜どうやって、2億も稼ぐんです? 生涯年収ですよ」
それは50年前の話、いまや物価上昇とインフレで人間の平均年収は3億だと指摘してはならない。眉間にシワを寄せ不快を示すのもも駄目だ。転職希望者を動揺させる質問だと判定し、口元の笑みを崩さずに応える。
「腕を切り落とした人に義手を売る会社を作ります。2億円で腕を切り落とす人はいますからね。なんたって少額投資非課税制度の崩壊で目先の現金が欲しい方は沢山いますから。それで御社ともwin-winになれますよね」
「どういう事です?」
私は微笑んだ。
「腕を切り落とした後で後悔している人もいるからですよ。出資しませんか? あなた方が訴えられずに済む立派な義手を作りますよ。もちろん価格は2億円です」
私はそう言って自分の腕を抜いて見せた。限りなく本物に近い腕を。
「素晴らしい義手だ。どこで私たちの副業を知ったんです?」
ネットの海ですと応えるとボロを出す確率50%。仲間が来るまで時間を稼ぎ、収集した被害者のエピソードを違和感なく合成する。
「私も50年前に少ないサラリーを積み立てたんですけどね全部パァになったでしょう。急激な物価上昇と娘たちの海外留学費を捻出するためまさに文字通り身を削ったというわけです。消費者金融も考えましたけど、損益が結構な額だつたので、もう借金は嫌だなぁと」
役員の男たちが大袈裟にうなづく。完全に油断しているようだ。
「なるほど。なるほど。本物の腕は某先進諸国で需要がありましてね。我々は義体化の末に生身の腕が欲しくなった海外セレブと消費者金融から追い立てられる哀れな債権者をマッチングさせたというわけですよ。それでどちらでその技術を?」
よし裏は取れた。録画も完璧、間違いない。
「そのことについては、別の人間に聞いて下さい。何たって私にはそれを語る権限がありませんから」
そういって私は腕をはめると、ふところから警察手帳を取り出した。
「なっ!」
役員たちの顔色が変わるのと、特殊捜査官達が突入するのは、ほぼ同時だった。
お読み頂きありがとうございました。
書いといて言うのも変ですが、こんな未来は嫌です。