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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第5章『熱砂を征く者達』
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Ep.96 Side.C 大願成就の足掛かり

 ボリージャを発って5日が経過した。


 我は計画を実行する為、東方部族連合有数の都市で、人間族と耳長人が共存する街、スメラギ部族領『カムナ』を訪れた。

 此処には東方部族連合を取り纏める3族長の一角である『アスカ・エルフィーネ』が居を構える。

 彼女は我にとって同郷であり古き友でもある。


 我が大願を成就するため、その名声と地位を存分に利用……おっと。……発揮してもらわねばな。


 

 ちなみにこの街までは徒歩の旅だと二週間は掛かる距離だ。我はそれを、杖に跨り空を飛ばしに飛ばしやって来たというわけだ。

 精霊暦以前の古の魔術師は空を当然のように行き交っていたらしいが、今となっては魔術の練度や技術も廃れてしまい、空を飛べる魔術師は教育をしない限り滅多に居ない。

 まったく、嘆かわしいものだ。時が許すなら我が弟子のウィニに伝授してやりたかった。



 ……弟子、か。


 

 ――弟子達は無事だろうか。

 我はふとそう思い、弟子の一人であり勇者の子孫のクサビに与えたものと同じ、ローブの下に着用している絆結びの衣に魔力を送り込み瞑目した。


 

 ――ふむ。反応がある。三人は無事にグラド自治領に到着したか。僥倖だな――



 弟子達の無事に安堵した我は、己が大願を成すためアスカと対面するべく行動を開始した。



 ここスメラギ領は東方部族連合の中でもさらに東に独特の文化を持つ、東方文化と呼ばれる文化が色濃く反映された街だ。

 ここカムナの街に並ぶ瓦屋根の家屋のような独特な建築様式は他の部族からしても珍しく、洗練された建物は芸術的観点から見ても貴重である。


 そんな街並みに囲まれるように領主の屋敷はあった。

 ここに我が友、アスカ・エルフィーネが居るはずだ。



「そこで止まれ。何用で参った」


 槍を携えた耳長人の門番が二人、互いの槍を傾けて門を塞ぐ。


「我はチギリ・ヤブサメという。領主にお取次ぎ頂きたい。チギリが訪ねてきたとお伝え願いたい」

「……確認して参る故、しばし待たれよ」


 門番は怪訝な表情をしたが、その一人が屋敷の中に入っていく。




 程なくして。

 中に入っていった門番が小走りで戻ってきた。

 

「チギリ殿、お待たせ致した。入られよ。領主がお待ちでござる」

「ああ、では失礼するよ」



 屋敷の中に入る。

 我はそのまま領主の間に通された。


「間もなく領主がお見えになられます。こちらでお待ち頂きたい」

「わかった」




 そこで少し待っていると、奥の襖が開き、我が友人が姿を見せた。


 クリーム色の腰まで伸びた艶のある長い髪、前髪は綺麗に切り揃えられている。端正な顔つきは相変わらずで、目元に塗られた紅色の化粧が気品と魅力を引き立てる。

 

 目の前の耳長人こそカムナの領主にしてスメラギ部族の族長。そして東方部族連合3族長の一角、アスカ・エルフィーネである。

 


 空色の如く美しい青色の瞳が我を見るや、花が咲いたような笑みを浮かべる。


「まあ〜。本当にチギリですわ! 何十年振りかしら〜」

「およそ86年と5ヶ月振りだな。息災で何よりだよ」


 やや遅めの語り口でアスカは朗らかに微笑む。

 そんなところも相変わらずだ。


「元気そうで嬉しいですわ~。こんなところじゃ落ち着かないですわね。向こうでお茶を飲みながら話しましょ?」


「ちょうど喉が渇いていたのだ。有難く頂くとしよう」



 奥の部屋にやってきた。ここはアスカの私室のようで、一面畳が敷かれている。古風というのが相応しいかは不明瞭だが、彼女の私物とみられる品が飾られている。

 東方文化の様式は我とて馴染みのあるものだ。靴を脱いで部屋に上がる。



「本当に久しぶりですわね~。それで、懐かしむためにわたくしに会いに来てくださったわけじゃないんですのよね?」


 我は出された茶を一口すすり、口の中の渇きを潤す。

「すまないな。君に頼みがあって来たのだ。大願を果たす為にな」

「大願……ですの?」


 アスカはきょとんとしながら首を傾げた。

 そんなアスカに我は不敵に笑ってみせて言い放った。

 

「その大願の成就をもって世界の脅威に対抗するのさ」


「……また、戦いに出るつもりですのね」

 そう言ったアスカの表情が曇る。我の過去を知る数少ない友人にとって、思うところがあるのだろう。


「案ずるな。戦う理由は過去のものとは違うのだ。此度は希望のもと我は戦う。故に意義が全く異なるのさ」

 我は敢えて明るく返した。


 アスカの浮かない顔は晴れなかったが、溜息を一つして心境の転換を試みたようだ。表情が普段のものに戻っていく。


「世界が平和になるのでしたら、わたくしも協力致しますわ。チギリの算段を聞かせてくださるかしら?」

「感謝するよアスカ。では長くなるが……」


 我は魔王に対抗しうる希望に出会った事。

 その希望を支援する為、冒険者で構成された一大勢力を発足させようとしている事。その為には4大国すべての協力が必要な事。

 アスカには、東方部族連合を取り纏める他の二人の族長にこの話を伝えて一堂に会する機会を用立てて欲しい事。


 それらを全て語った。



 話を黙して聞いていたアスカは目を伏せる。

 己の中で渦巻く感情を静かに噛み砕いているのだろう。


 そして視線を我に向けると頼もしき力を瞳に宿していた。

 

「勇者の再来をなんとしても途絶えさせてはならなくってよ。わたくしも協力させてもらいますわ!」


「感謝するよアスカ。頼りにしている」


 我はアスカと堅い握手を交わし、決意を一つとした。

 まずは協力者を得たな。


 

 先程までのおっとりとしたアスカはどこへやら、部下を呼びつけ指示を出している。

 そして、書簡を2通したためると、荷物をまとめ出した。


「アスカ……。その荷物は一体どうしたのだ……?」


 突然の行動に内心驚いていた我の問いに、荷物を背負ったアスカはニッコリと笑顔の花を咲かせ、我が驚愕する言葉を発したのだ。


「もちろん、今から一緒に他のお二方のもとへ会いに行きますのよ? チギリもすぐに発つ支度をなさって~?」


「いや、アスカよ。君はここの領主だろう……。我と同行してはこの街はどうなるのだ」

「大丈夫ですわ! みなさん優秀ですもの。わたくしの不在の間も抜かりなく政をこなしてくださいますわ~」

「…………」


 開いた口が塞がらないとはまさに此のこと。

 為政者がそれで良いのかと反論を試みたが、アスカの決定は覆りそうになく、我は同行を承諾した。

 アスカの一度決定したことは曲げない頑固さは健在だな。

 捉えようによっては、アスカが同行することで事が円滑に運ぶ場合もあるだろう。ならばここは頼りにさせて貰うとする。

 



 その後領主の屋敷を出た我らはすぐさま次の族長の元へ旅立つ事になった。こういう強引な性格は一切の変化もないようで、安堵して良いのか案ずればよいのか、我には難解な問題である。


「さあ〜。ここの事はみなさんに任せて来ましたわ〜!」

 俄然やる気のアスカが溌剌な様子で杖を取り出して跨った。

 そして我に悪戯な表情をして煽り目で見つめてくる。

 

「チギリ! わたくしに着いてこれるかしら〜? 行きますわ〜!」


「ほう。分かりやすい挑発だが、此度は乗ってやろうか」



 


 その日、よく晴れたカムナの街の空を二つの影がまるで競い合うように流星の如く飛んでいき、あっという間に見えなくなった。

 反撃の狼煙の火種は着実に燻り始めていた――――


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