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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第5章『熱砂を征く者達』
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Ep.94 アル爺さんのお告げ

 新しい朝がやって来た。

 日課の素振りと走り込みを済ませて支度をする。

 三人集まったら、一緒に宿で提供している朝食を食べて外へ出た。


 行先は首長の邸だ。昨日アル爺さんこと、アルマイトさんに言われ、依頼があれば見ておこうと思ったのだ。



「――とまあ、それはそれは元気なおじいさんでね、話していて楽しいんだよ」

 道中で風呂で知り合ったアル爺さんの事を話す。


「へぇ。クサビってなんでか年上の人に好かれるわよね。村でもおじいさんやおばあさんから差し入れ貰ってたし」

「有難いことに可愛がられてただけだよ、あはは」


 そういえばそうだったかもね。……ってなんでそんなこと知ってるんだ?


「む! くさびんには年上を惑わす色香があるのか」

「ウィニ?」


 突然変なことを言い出すウィニ。

 体をくねくねしだしたと思ったら、いつもの仏頂面に眠たそうな目で自分を指差してこう宣った。

 

「わたし、年上。ぽっ」

「あ、ごめん忘れてた」


 たまに変なスイッチ入るよなウィニって。とりあえず軽く流しておこう。




 そんな他愛ない会話をしているうちに首長邸に到着した。

 とりあえず窓口の受付けに行ってみる。


「すみませーん!」

僕は窓口の前で部屋の奥の方に声を掛ける。するとすぐに昨日と同じおじさんが顔を出した。


「はいはい、お待たせしたね。何用か……君は…………」

 おじさんは僕の顔を見るなり言葉を詰まらせながらハッとした表情になった。

 なんだろう。驚かれる理由に心当たりはないんだけどな……。


「青い髪に赤い瞳の少年……。すまないが、名前を聞いてもいいかな?」

 僕は隣にいるサヤと顔を見合わせ首を傾げるが、おじさんに向き直して名前を名乗った。


 おじさんは紙の束をペラペラと捲ると、どこか緊張した面持ちで居住まいを正した。

 

「クサビ様とお連れ様の、首長への謁見が繰り上げられました。これからすぐにでも謁見いただけます! 首長との謁見を希望されますか?」


「ええ?!」


 どうして予約が繰り上がったんだろう。一か月後っていう話だったはずだ。どういうことなんだ。


 予想外の提案で僕達は驚いたが、三人顔を見合わせて頷き、謁見を希望する意思を伝えると、門が開いて中に通された。


 ……もしかして、アル爺さんが言っていた『はっぴいになれる』とはこれの事なのだろうか。だとしたらこんなことができるアル爺さんは一体何者なのだろうか。

 


 窓口に控えていた守衛の一人の案内のもと入口の門を抜け、広い庭園を石段の道に沿って進むと、邸の中に続く扉があり、邸の中に入ると広いホールになっていた。

 両側には階段があり、その間を突っ切るように敷かれた赤い絨毯がまっすぐ奥の部屋の扉へと続いていた。その先が謁見の間だという。


 守衛の人は謁見の間への扉を開く。

 その奥は小部屋になっており奥に扉とその傍に守備兵が二人。この部屋は謁見者の控え室になっているようだ。


 厳かな雰囲気を醸し出しており、なんだか僕も緊張してきた。

 よく考えたらこの国の一番偉い人に会うのだから緊張の一つもする。僕は大きく深呼吸して緊張を紛らわせた。


「いい、二人とも。首長様に失礼があってはいけないわ。首長様とお会いしたら私と同じようにするのよ」

 サヤが僕とウィニに小声でそう言った。


「わかったっ」

「ん……!」

 僕とウィニは緊張した面持ちで答える。ウィニもそわそわして落ち着かない様子だ。



「では参りましょう。よろしいですか」

 守衛の人が言う。


「……はい。お願いします」


 僕達の返事のあと、守衛の人が守備兵に目配せをしてから、ビシッと姿勢を正し扉をノックした。


「申し上げます! 謁見希望者、クサビ・ヒモロギとそのお仲間二名、計三名入ります!」


 守衛の人のよく通る声が扉への奥を震わせた。

「――うむ。入るが良い」

 奥からどこかで聞いた事のある声がした気がして、守備兵の手によって扉は開かれた。



 扉が開くと、その奥の部屋はさほど広い部屋ではなかった。

 王様と謁見する時のような広い部屋に玉座があるようなものではなく、どちらかといえば執務室のようだ。

 やや灯りを抑えた落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、床に敷かれた絨毯は品があるデザインで、いかにも高級そうな逸品だ。

 

 部屋の中には三人の男性がいた。一人はこれまた品があり落ち着いた色合いの執務用の机に、そこにあつらえた椅子に腰かけている。

 そして、その人の両隣に一人ずつ立ってこちらを見ていた。



「どうぞお進みください」

 守衛の人から促され、僕達は室内に足を踏み入れた。



 部屋を進み数歩、サヤの仕草を真似るように礼をして、右手を左胸の方に添えながら片膝をついて首を垂れた。


「そなた達は何者だ? 名乗るがよい」

 少し高めの若い男の声がした。その声には為政者然とした確かな威厳が含まれていて僕の心を刺す。

 その声に気圧されて緊張で頭が真っ白になってしまい、チラッとサヤに助けを求めた。

 

 そんな僕にサヤは小声で言葉を囁き、僕はその通りに言葉を発した。

 

「……お初にお目に掛かります。私は東より流れて参りました、旅の者にございます。名をクサビ・ヒモロギと申します。こちらはサヤ・イナリ、そしてこちらがウィニエッダ・ソバルト・カルコッタにございます」


「(この度は格別なお計らい、感謝の念に堪えません)」

「こ、この度は格別なお計らい……感謝の念に堪えません」


 これ周りに聞こえてたらすごく恥ずかしいよな……。



「うむ。顔を上げよ」

 僕達は顔を上げて椅子に座る若い青年と両脇の二人を一瞥した。



 ――あれ?


 右側に控えている男性……。

 深緑の長尺のローブを着た男性。

 真っ白なオールバックの髪に、目も隠れる程の立派な眉。そして顔に刻まれた深い皺……


 ――ア、アル爺さん!?


 思わず声に出しそうになって必死に堪える。

 アル爺さんと目が合った。目が隠れて見えないから表情が読み取れない……。



 と、その時突然アル爺さんが吹き出した。

「――ぶふ! かーっかっかっかっ!」


 ど、どういうことだ? どういう状況なの?



「……ゴホン! ……失敬。気に止めずとも良い」

 笑いを押し殺してまた背筋を伸ばして佇むアル爺さん。

 肩がまだ小刻みに震えているけど……。

 


 すると、座っていた男性は両手を仰いでこう言った。

「あーあー、もうこの辺でいいだろ? 言い出しっぺが吹いてどうするんだよアル!」


「……へ?」

 この空気についていけなくて狼狽える僕達。


「ちぇー。もうちょっと偉い儂を見せたかったんにのお〜」

 と、僕のよく知る口を尖らせて飄々ととぼけた様子のアル爺さんがそこに居た。


「アル。旅の者が困ってるだろう! ……すまんな、このジジイの茶番に付き合わせちまって。まあ楽にしてくれよ」



 さっきまでの厳かな雰囲気の謁見とは一転、和やかな雰囲気になり、僕達は困惑を露わにした。


 そんな僕達は種明かしをされた。

 どうやらさっきまでのはアル爺さんの思いつきで、ちょっとした悪戯だったのだ。

 風呂で会った時と雰囲気が違うから別人かと思ったよ。

 でもお茶目なところは確かに大衆浴場で出会ったアル爺さんそのものだ。


 


 僕達が状況をようやく飲み込んだところを見て、真ん中に座っている若い青年が口を開いた。

 

「さて、名乗っていなかったな。俺はここグラド自治領の首長をしてる『ジーク・ディルヴァイン』だ」


 この若い気さくそうな男性がグラド自治領の首長とは驚いた。長身で線は細いが、服装から見えるあたりでは、筋肉はかなりあるようだ。

 金髪に褐色の肌で、緑の瞳からは人の温かみを感じる眼差しを含んでいた。


「二人の悪ふざけに巻き込んですみません。たまにあるのですよ。気を悪くしないでくれると有難いですね」


 と言うのは左側に控えた側近の一人、主に軍務を担当している『ウォード・ローディル』さんだ。

 こちらも細身長身に容姿端麗の美男子だ。

 僕と同じ青い髪を短く切り揃え、切れ長の目からは彼の冷静沈着な人柄が窺えて、細長いフレームの眼鏡がさらにその印象を強めていた。


「なんじゃー。もうちょっと遊んでたかったのにのー!」


 と、わざとらしく悔しそうな素振りをするのはアル爺さんこと、『アルマイト・レンデ』さんだ。

 

 実はアル爺さんは、この国の宰相を担う首長の側近の一人なんだそうだ。凄く偉い人だったのか……。

 聞くところ、昨日大衆浴場で別れたあと首長邸にやってきて、僕の謁見予約を先頭に繰り上げるという職権乱用を行使したという……。

 理由は『儂がおぬしを気に入ったからじゃー!!』とのこと。


 非常に有難いけど、よかったのだろうか…………。

 


 こうして驚きからの謁見は始まったのであった。


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