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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第5章『熱砂を征く者達』
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Ep.91 裸の付き合い

 僕達は宿を出て、大衆浴場に行ってみることにした。

 時間はすでに夜に傾きかけており、砂漠地帯の街の中も例外なく気温が下がる。


 大衆浴場の場所はすぐにわかった。

 思ったよりも大きな建物だったからだ。

 洒落た彫刻で飾った柱が支えている、白い円形の大きな建物で、その豪華な造りについ目を丸くしてしまったと同時に、文化の違いに心を動かされた。


「さぁや。ここには何がある?」

 大衆浴場を何も知らないウィニは何気なくサヤに疑問を投げかけた。


「お風呂と言って、お湯の中に浸かって疲れを癒すところよ」

「お湯に……浸かる……!?」


 ウィニは危機感を感じたような表情一歩後退りながら髪と尻尾が逆立てている。そして機敏に僕の後ろに隠れてしがみつき、ひょこっと顔だけサヤに向けた。


「お、お湯に全身浸かるなんて、きちくのしょぎょう……!!」

 わなわなと言いながらウィニが一生懸命に首をぶんぶん横に振っている。

 猫耳族は獣人族だから水はやっぱり苦手なのかな。

 入浴という概念がないのかもしれない。


「大丈夫よ、ウィニ。私が一緒にいるから。それにとっても気持ちいいんだから!」

「うー……」


 酸っぱいものを食べたような顔のウィニ。どういう心境なんだそれは。でもすごく嫌がっているのはわかる。

 

「わ、わたしはちょっと……おさんぽしてこよー」

 そう言いながら離れようとするウィニの服をむんずと掴んで逃さないサヤ。


「駄目よ! ここまでの旅でどれだけ汚れたと思ってるの! いい機会なんだからここで洗ってあげるわ!」

「んにゃー! くさびぃぃぃん!」

 

 サヤはそう言って大衆浴場の建物の中にウィニを引きずっていく。わぁわぁ喚きながら僕に手を伸ばすウィニは、抵抗虚しくそのまま建物の中に消えていった。


「はは……」

 大衆浴場を利用する人達が不思議そうにこちらを見ていた。

 僕は苦笑いをしながら、二人の後に続くのだった。



 大衆浴場の建物の中に入ると広い空間が広がっていた。

 大きなホールに番台さんが立っているカウンターが何か所か点在していて、たくさんの利用者を案内している。

 お風呂を利用したお客さんの表情も、皆すっきりとしていた。どこもかしこも談笑の声で賑やかだ。


 一日働いてここで汗を流してさっぱりして帰る。それを想像すると確かにさぞ気持ちの良いことだろう。

 


 ホールの奥にはいくつもの扉があって、浴場の施設が男女分かれているようだ。

 中には混浴の浴場も用意されているようだが……。


 ……なんだが顔が熱くなってきた。

 僕は頭を横にぶんぶんと振って煩悩を消し飛ばして歩みを進めた。


 

 番台さんの案内で男湯の方にやってきた。

 男湯の扉を開けると、そこからむわっと浴場特有の湿気を帯びた空気が流れ込んでくる。


 中に入って仕切りの奥に進むと、広い脱衣場があって、藁篭がいくつも用意されていた。どうやらその中に服を入れておくようだ。

 

 脱衣場のその先には布の仕切りがあって、そこをくぐると外につながっていて、大きな浴場となっているようだ。

 布で仕切られているだけなので、外から空気が流れてくるためこの時間だとむしろ寒い。皆この冷気を浴びて早く湯に漬かりたいと思うんだろうな。


 僕は周りの目を気にしながらいそいそと服を脱ぎ、腰に布を巻いて外への仕切り布をくぐった。



 浴場は想像していたよりも遥かに広大な空間が広がっていた。屋根を取り払った空間が壁に囲まれている。

 その中央には大きな浴場が構え真っ先に僕の目に入った。

 その傍には体を洗うスペースもある。何ヶ所かで浴場が分かれているのは何故だろう。……そうか、お湯の温度が違うのか。

 

 さらに僕の手前の方には、小さな子供用の底が浅くなっているお風呂も備えてあった。

 

 村にあった露店風呂はせいぜい大人が3人は入れるくらいの小さなものだったから、あまりの広さに仰天してしまった。

 300人は同時に入れるくらいの巨大な浴場だ。

 

 子供からお年寄りまで楽しめる、まさに大衆浴場である。


 唖然としながらとりあえず奥へと進む。

 壁には文字が彫られた石板が備わっている。浴場のマナーや使い方の説明書きのようだ。


 石板に目を通していると、後ろから声を掛けられた。


「おぉ、お若いの。ここは初めてかの?」


 振り向くと、目の隠れるほどの立派な白い眉に、オールバックにした真っ白な髪。顔に刻まれた深い皺、体の至る所に齢を重ねた様子だが、足腰は丈夫なのかしっかりと直立しているおじいさんだった。


 ……強いて言うなら男の象徴はそれはもうご立派なものをお持ちだった。


「あ、はい。今日ここに着いたところなんです」

 僕はおじいさんに、微笑みながら答える。


 するとおじいさんは人好きのする笑顔で歓迎してくれる。

「ほうか、ほうか! グラド自治領によう来たのう! ……どれ、それならこの『お風呂ますたあ』の儂が大衆浴場の入り方っちゅーもんを、れくちゃあしてしんぜようかのぉ!」


 なんだか凄く元気なおじいさんだ。でも楽しい人だとも感じた。

 僕はおじいさん、もといお風呂マスターの厚意を受けることにした。



 そしてまず風呂に入る前に、風呂の横に流れるお湯で体を洗ってから入るのだそうだ。僕はそれに倣って実践する。


「うむ! やはり風呂は体を清めてから入るもんじゃて! ……近頃の若いもんは、とんと守らん者ばかりじゃが、おぬしは素直じゃの! 儂も風呂もはっぴいじゃ!!」


 かっかっか! と大きな口を開けて豪快に笑うおじいさん。



「――さて、いよいよお待ちかねの風呂じゃ! そこのでっかいのに入る……と思うじゃろ? ぶっぶー! じゃ!」

 おじいさんは大袈裟な動きで両手で斜めに交差させ、バツの印を作った。

 ほんと元気なおじいさんだ。少し圧倒されてしまいそうだ。


 そのまま鋭く方向を変え、勢いのままに指差す。その指先は奥にこぢんまりとした風呂を指していた。


「最初はあそこじゃ! 着いてこいお若いの! ひょほほほ!!」

 おじいさんはハチャメチャな元気さで一目散に奥の風呂に全裸で走っていく。

 ……さっき浴場では走るべからずって書いてあったけども……。


 苦笑いをしながら僕も後に続いた。



「お若いの。いつまでそんなもの巻いとるつもりじゃ? 早うとらんかい!」

「おわぁ!?」

 

 奥の風呂に着くと、おじいさんは僕の腰に巻いた布を掴んで奪い取った!


 思わず両手で男の象徴を隠してしまった。つい内股になってしまう……。


「かっかっか! なーに恥ずかしがっとるんじゃ! ここでは皆出しとるじゃろー! 誰も気にせんわい!」


「そ、そうですか……? な、なら…………」


 おずおずと手を退ける僕。

 おじいさんは僕の『象徴』を凝視して――


「――うむ! けっこうけっこう!!」


 何がですか! もう……!


「ま、それはもうええんじゃ」

「いいんですか」

 

 おじいさんの切り替えの速さに、少し腑に落ちない僕。

 おじいさんは目の前の風呂に先に入って見せた。


「――ぉぉぉおお〜〜うぃ……」

 体の芯から出たような声を上げるおじいさん。

 風呂の気持ちよさを全力で感じているようだ。


「……さあお若いの。入ってみい!」

「はい。……では失礼します…………」


 風呂に足の先を入れる――

「あっっっつ!」


 あまりの湯の熱さに思わず足を引っ込めてしまった。

 その様子を見たおじいさんがまた豪快に笑う。


「かっかっかっか! なんじゃこの程度でぎぶあっぷするんか〜?」


 僕は少しだけ内心でむっとする。

 なんだか負けた気分になって、よし! と覚悟を決めて再びこの熱い風呂に足を突っ込んだ!


「――〜〜〜〜〜っっ!」

 熱いのを耐えて耐えて耐えまくり、なんとか肩まで浸かる事に成功する。

 その様子を見ていたおじいさんは満足気に、うむうむと頷いて笑っていた。


「おお! おぬしイけるクチじゃのう! どうじゃ? 体の芯まで温まるじゃろ?」


 ……言われてみれば、体の内側からポカポカとしてとても気持ちが良い……。外の寒さと相まってなんだか爽快な気分だ!


「わぁ……。いいですね〜……」

「かっかっ! おぬし溶けとる溶けとるー!」


 このおじいさん、なんて気さくなんだ。一緒に話しているとこっちまで元気になってきそうだ。


「おじいさんはここに毎日来るんですか?」

「もちろんじゃ! 儂だけじゃない、この街に住む者は皆ここで一日の疲れを癒すもんじゃよ。仕事終わりの『ないとるーちん』じゃよ!」


 時折難しい言葉を使うおじいさん。何となく意味が伝わるのが不思議だ。



 その後も気持ちよく入れるお風呂の入り方を教わって、凄く有意義な時間だった。体の疲れも吹っ飛んだように充実している。


 僕とおじいさんは服を着て脱衣場を出る。

 僕はおじいさんに頭を下げる。

 

「おじいさん、ありがとうございました! おかげで凄く楽しかったです!」

「かっかっか! そう言ってくれるのは嬉しいのう! また会おうのお!」


 そういうと豪快に笑いながら帰って行った。

 楽しい人だったなあ。ありがとう! お風呂マスター!



 出口の近くまで移動すると、その近くの長椅子に座っているサヤとウィニを見つけたので二人に近づく。


 

「あ、クサビ!」

「ごめん、待たせちゃった?」

「ううん、私達もさっき出てきたところよ」


 風呂上がりのサヤはいい香りが漂っていて、なんだか赤い髪の艶が増している。どことなく色っぽさを感じて僕は少し紅潮してしまった。


「そ、そっか! ……ウィニは、どうだった?」

 僕は誤魔化すようにウィニに話を振った。


 ウィニはというと、とろーんとした表情でいつも以上に眠たげにしている。

「……お風呂、いいぞ」


 おや、思いのほか気に入ったみたいだね。

 ウィニ曰く、顔に水が付かなければ大丈夫らしい。



「さて、じゃあ戻ろうか」

「ええ」

「ん〜」



 僕達は大衆浴場の外へ出る。

 すると流れ込んでくる冷たい風が、風呂上がりで火照った体を優しく撫でていって心地よい。


 僕達は久しぶりにいい気分で宿への帰路につくのだった。


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