Ep.90 グラド自治領到着!
砂嵐に見舞われた後、過酷な環境は相も変わらず、ひたすらにグラド自治領への道を進んでいた。
道中で魔物に遭遇することはそこまで多くなかったが、出くわす魔物は手強く、この過酷な環境下での土地を縄張りとするだけのことはあった。
だが、それらの魔物と遭遇しても、僕達は力を合わせて乗り越えてきた。
そうして2日の後ようやく遠目に見える、人の営みを感じさせる光景が目に入ってきた。
広いオアシスを中心に壁で囲まれた砂漠の都市『グラド自治領』だ。
歩いて行くにはまだ距離はあったが、それでも目的地をこの目にすると、もうひと頑張りと活力もみなぎるというものだ。
……あれが蜃気楼じゃなければいいのだが、と声に出しはしない。言霊よろしく、口にすると本当にそうなってしまいそうだからだ。
「あれがグラド自治領……」
「大きな都市ね……! 一体どのくらいの人が暮らしているのかしら」
砂漠の小国と言われるグラド自治領は、一つの都市を有している国である。代表たる首長がこの都市をまとめ、運営している。
きっと指導力のある立派な人が首長なんだろうな。
「くさびん! さぁや! はやくいこう!」
早く早くと急かすウィニ。
そうだね。いつまでも猛烈な暑さと砂の上には居たくないからね。気持ちはわかるよ。
「おいしいごはん……ふかふかのベッド……おいしいごはん!」
「そうね。私も早く体を洗いたいわ……って今ご飯2回言わなかった?」
目的地を前にして嬉しくなったのか、女性陣はやいのやいのと盛り上がっている。僕も早くこの砂を払い落としたいよ。
「あそこまではもうひと頑張りだ! 注意しながらいこう」
「ええ!」
「ん!」
僕達は意気揚々と目的地に足を向けて進むのだった。
そうして歩き続けて1時間経ち、やがて2時間経った僕達は、街の景色が近くなるのを感じつつも、なかなか届かないことで早々にげんなりな砂漠の旅に元通りとなったのは言わずもがなである。
……本当に蜃気楼なんじゃ……? と疑い始めると、どんどん気分も後ろ向きになるが、それでも本物であると信じて足を動かした。
その甲斐あってさらに数時間ののち、ついにグラド自治領の入り口まで到達した!
長かった砂漠の旅はひとまずの終わりを迎えるのである。
近くでみると壁がけっこう高いな。5メートルはあるかもしれない。
壁の近くにはところどころ物見櫓が設置されており、魔物の接近に常に警戒しているようだ。
僕達は疲れた体に鞭打って門までやって来た。
特に門番は立っておらず、門は固く閉ざされている。
僕は、門に備え付けられている丸い輪っかを持って、ドアに数回軽くぶつけた。
すると門の奥から声が返ってくる。
「――何者だ」
奥からぶっきらぼうな男性の声が聞こえた。
「東方部族連合ウーズ部族領、セルルカから来ました。冒険者です!」
「ちょっと待ってろ」
それから少し待つと、門が重々しい音を立ててゆっくりと開いていく。
開いた先から槍を携えて軽装の鎧の身に纏った兵士風の人間族の男性が二人出てきた。
「あの砂嵐を抜けてきたのか? 大変だったな」
と話すのは初老の男性兵士だ。優しそうな目をしていて口ひげを生やしている。
「はい。運よく岩陰でやり過ごせました」
と、愛想笑いを一つ。
「怪しい者ではないか検問する。動くなよ」
とさっきのぶっきらぼうな声の兵士は荷物などを確認していく。
「――問題ない。入っていいぞ」
「ようこそグラドへ。長旅ご苦労さんだったな」
こうして僕達はようやく過酷な砂漠の旅を終え、グラド自治領に足を踏み入れることができた。
まずは宿を探そう。すべてはここからだ。
ごはんたべよう! とかウィニが言い出すかと思っていたが、流石にへとへとなのかおとなしかった。
あーあ。猫耳がぺたんとしちゃって……。
宿を探しに街並みを歩く。
花の都と詠われたボリージャとはまったく違う街並みだ。
建物は主に土を固めて作られたものがほとんどで、街中がベージュ色だ。高い建物はあまりなく、密集していて細々とした印象を受けるが、街の人たちは生き生きとしていて活気があった。
大通りには左右に分かれてさまざまな品物の露店が、品を売り込む元気の良い店主の声が行き交っている。
――不意に僕の服が引っ張られる感覚を覚えてそちらを見ると、ウィニが僕の服を引っ張りながら別の方向を見ながら指さしていた。
「くさびん、くさびん! あれ買おう!」
「ん?」
ウィニが指差す先を見てみると……なるほど、これはそそられても仕方ないな。
何故なら、凍らせた果実を売っているお店だったからだ。
「さあさあ! 買ってった買ってった~! 新鮮で甘い果実を凍らせた、冷たくて美味しい果実だよ! 買ってった買ってった~!」
この暑い時間にはもってこいだ。
ウィニはいわずもがなだが、サヤもすでに自分の財布からお金を取り出していた。
まあ、僕も買うけどね。
「おじさん! 一個ずつくださいな」
サヤが笑顔でお金を差し出しながら言った。
「お! 毎度あり! お客さん達その旅恰好からすると来たばかりかい?」
露店のおじさんも気さくで元気いっぱいだ。なんだか気持ちがいいな。
「ええ、そうよ! 東から来たのよ」
「東からかい? 花の都のある方か~! 一度行ってみてぇなあ」
それからサヤはお店のおじさんと世間話を始めた。
僕とウィニは横でそれを見ながら買った果実を食べる。
うわ! シャリシャリしていて冷たいや! 暑い日には最適かもね。旅で鬱屈な気分も吹き飛ばすような爽快感だ。
そして甘くてみずみずしい。思わず笑みが漏れる。
「おいしっ……おいしっ」
ウィニも夢中になって食べているが、時折こめかみ辺りを抑えていた。冷たいものを急いで食べるとそうなるよね。
そこにサヤが戻ってきた。
「この大通りを抜けた先にちょうどいい宿があるらしいわ!」
なるほど。さっきの世間話は情報収集のためか。さすがサヤだ。
サヤはもともと商人の娘だ。今は冒険者となっても根っこの部分では父の教えが根付いているんだろう。
新たな土地ですぐに情報を聞き出すことを考えるサヤを、僕は尊敬している。
大通りを歩きながら、サヤは上機嫌に買った果実を頬張っている。
「どうしたの? ずいぶん機嫌がいいね」
そう言うと、サヤは一層の笑顔を咲かせて快活に口を開いた。
「うふふ! そのお宿の近くにこの街随一の大衆浴場っていうのがあるらしいのよ! 村の温泉みたいなものかしらね?」
「なるほど。たしかに早く体を流したいね」
村では当たり前にあった桶風呂や温泉だが、旅をしてわかったが、お風呂は富裕層を除き一般的に普及していないようなのだ。
一日の疲れを癒す、なくてはならないものだと父さんも言ってたっけ。
ボリージャでもお風呂はなかったから、桶に水を貯めて体を拭くくらいしかできなかった。
だけどここにはお風呂の文化がある。それはありがたい!
……しかし、砂漠地帯では水は貴重なはずだけど、本当に僕が想像しているようなお風呂なのだろうか。
うーん。でも魔術で水は出せるから、こういう文化も生まれたのかな。
「たいしゅーよくじょー? って、なに?」
ウィニが首を傾げながらサヤの服を引っ張る。
「とっても気持ちがいいところよ! あとで一緒にいきましょうね」
「くさびんも?」
「――ぶふ! げほっげほっ……」
いきなりの発言に僕は盛大にむせてしまった。一緒にはちょっと……いやかなりマズイよ。
……少し想像しちゃったじゃないか。いや何をとは言わないけど。
と、ウィニの質問を投げかけられたサヤは……
「そ、そうね……たまには一緒も……いいんじゃない」
サヤが恥じらいながら妙にこちらをチラチラ見ながら顔を赤らめている。
…………いまなんて?
僕がサヤの発言に悶々としている間に宿に到着していた。
そして荷物を部屋に置くと、僕達はさっそく宿の近くにあるという大衆浴場に足を運ぶのだった。




