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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第5章『熱砂を征く者達』
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Ep.89 砂嵐の窮地

 砂漠の旅を始めて3日目。

 僕達は自然の驚異に晒されていた。


 激しい風が砂を巻き込みながら砂漠を闊歩する自然災害


 砂嵐だ。



 ――砂嵐に見舞われる数十分前のこと


 砂漠を歩く僕達は、その先に困難の到来を見た。

 眼前の景色では、高く覆いつくすような砂色の壁が徐々に近づいているのを見たからだ。


「――砂嵐よ! 早くどこかに隠れてやり過ごしましょう!!」


 サヤの鬼気迫る警告に背中を押され、僕達は急いで大きな岩壁に避難した――




 ――そして現在。

 僕達がここに隠れて間もなく、砂嵐が辺り一帯に到来したのだ。視界が一気に悪くなり、まともに目を開けていられない。


 ちょうど岩の形のおかげで直撃を避けられている。岩と岩の間がちょうど空洞状になっているのが幸いだが、それでも自然の猛威の前には、フードを深く被ってただただ耐え忍ぶことを余儀なくされた。


 砂嵐に包まれた一帯に取り残され、一寸先の様子も分からないうえに息苦しい。


 とにかくこのまま砂嵐が過ぎ去るのを待つしかない。




 ――だが、どうやらそれを許してはくれないようだ。


 僕達が隠れている岩陰に、異形の影が浮かぶ。


「――――ッ!!」

 影が見えた時点で至近距離だ! 僕は立ち上がって反応し、剣を抜いた。


 それと同時に異形の影から伸びた針が僕の右腕を掠めた!


「……痛っ!」

「……! 何がっ……!」

「魔物……!」


 掠めた針は僕の右腕を掠めるに留まる。

 そしてその異形の影の姿を視認する。


「コイツは……ニュクススコーピオンか!」



 ニュクススコーピオン。

 体長1メートルほどの真っ黒なその体に、尻尾には鋭い針があり、針に刺されると毒に侵される。

 先の尖った6本足で静かに獲物に忍び寄り毒を与えて仕留める危険な魔物だ。


 ウィニの耳を持ってしても、砂嵐の真っ只中で豪風の音に紛れて接近してきたニュクススコーピオンには気づけなかったようだ。



 岩陰の空洞の奥まで下がり距離を取る。


「――いっつッ……!」

 突然、右腕に激痛が走った。僕は痛みのあった場所に違和感を感じて、触れると熱くなっており腫れ上がっていた。


「クサビ?! どうしたの!」

 サヤが隣に立って魔物を警戒しながら刀を構えている。


「毒だ! さっき掠めた時にやられたみたいだ……!」

 ズキズキ痛む右腕の苦痛に耐えながら答えた。強力な毒で回るのが早い……。このままでは数分と持たず全身に回るだろう。


 サヤが僕の前に出て、ニュクススコーピオンに斬りかかった。それを6本の足を巧みに操って、サヤの刃を空振りさせる。


「解毒薬を早く使って! 私が引き付けるわ! ――ウィニ! クサビをお願いッ」

「ぐっ……っ! わかった……!」

「ん! まかせろ」


 狭い空洞の中で、サヤは体を張って僕に時間を作ろうとしている。僕に近づかせまいと懸命にニュクススコーピオンに攻め立てている。


 僕はベルトに巻いたポーチの中から、ボリージャのケレンさん特製の解毒薬の小瓶を取り出し、蓋を開けようと右手を動かした。


 その瞬間、電撃に包まれたかのような激しい痛みが体中を駆け巡り、あまりの痛みに視界が霞む。

「ぐあああ!」

「くさびん! ……わたしにまかせろ」


 ウィニは僕から解毒薬を奪い取り、蓋を開ける。そして、僕の右腕をみた途端に顔を顰めた。


 僕の右腕は紫色に変色して大きく腫れ上がっていた。その痛ましい様子にウィニは息を呑む。


「ウィニ……頼むっ……早く……!」

 

 僕はすでに全身の痛みに襲われていた。

 体は高熱を発し、脂汗がとめどなく噴き出す。

 砂嵐の中で呼吸もままならない状態で、体は酸素を求めて激しく呼吸を繰り返した。


 ウィニは思い切って解毒薬を針が掠めた場所にぶっかけた!


「――ッ!! がああああああ!!」


 その瞬間、今までと比にならない激痛が腕から全身にかけて襲い来る。

 体の中で解毒作用が働き、毒と戦っているのだ。

 痛みでじっとしていられない!


 苦痛の叫びをあげながら暴れる僕に、ウィニは困惑の表情をあらわにし、僕を後ろから必死に抑え込んだ。


「くさびん! 大丈夫……! すぐ治まる……っ!」

 

「クサビ!! ……ねえウィニ! 大丈夫なの!?」

 近くでニュクススコーピオンと戦っているサヤは、僕の声に反応して声をあげた。

 

 暴れる僕を必死に抑えているウィニは声を出す余裕がない。


「くっ……! コイツを早くなんとかしないと――……っ!」

 

 体を駆け巡る激痛に意識が朦朧としてきた中、サヤの焦燥に駆られた声が聞こえた。





 意識を手放していた僅かな時間を経て、激しい痛みが徐々に収まり、僕の意識もはっきりしてきた。


 僕を抑えてくれていたウィニも、僕が落ち着きを取り戻したのを見ると、安堵した表情を浮かべながらそっと離れた。


 ――そうだ、ニュクススコーピオンをなんとかしないと!


 体は動く。よし、大丈夫そうだ。

 僕は剣を取り立ち上がってサヤのところへ移動した。


「サヤ! ごめん! もう大丈夫だ!」

「遅いわよ……! バカクサビ!」


 僕とサヤは武器を構えてニュクススコーピオンに向き直る。僕達の後ろにはウィニが杖を構えていた。


 ニュクススコーピオンは、サヤとの戦いですでに6本中2本の足を欠損していて、先ほどの素早さを発揮できないでいるようだ。


 砂の地面と砂嵐の中で動きが制限された戦いで、相手も手強い。手負いでも決して油断はできない!

 

 僕は足に弱めの強化魔術を付与してニュクススコーピオンに接近する。もともと狭い空間での戦闘で、一気に接近するなら強化魔術を加減する方がいい。

 

 それに反応したニュクススコーピオンは、針が付いた尻尾を伸ばして突き刺そうとしてくる。

 この針に触れるわけにはいかない!


 僕はそれを剣を傾けて針を受け、火花を散らしながら流して方向を逸らした。


 そこに、ニュクススコーピオンの側面に接近したサヤが上段から刀を構えて、伸びている尻尾の真ん中あたりに向かって振り下ろした!


「――……ッ!!」


 強化魔術が乗った強力なサヤの一刀は、ニュクススコーピオンの尻尾を綺麗に切断し、僕が受けていた針が地面にボトリを落ちた。

 ニュクススコーピオンの絶叫がダメージの深さを物語る。

 

 そこにウィニが宵闇の杖をニュクススコーピオンに向けて魔力を集中させていた!

 

「贖え……贖え……。土塊の牢獄……針の抱擁!」


 初めて聞くウィニの詠唱付きの魔術だ。ならば牽制の類を使うつもりではないだろう。

 必殺の魔術が発動される!


 魔術を構築したウィニの杖の宝玉が黄色に光る。


 すると辺りの砂がニュクススコーピオンの周りを包み込むように回り出し、砂が集まって固まっていく。

 それはやがてニュクススコーピオンを閉じ込めた檻となった。

 そしてその檻から――


「――ロックメイデン!」


 ウィニが魔術を唱えると、ニュクススコーピオンを閉じ込めていた檻の内側に無数の針が精製され、徐々に檻の中が狭くなっていく。

 やがて逃げ場のないニュクススコーピオンに、無数の土の針が突き刺さり、おびただしい紫色の体液が噴出した。


 なんとも凶悪な魔術だ。こんなの食らったらひとたまりもない。しばらく夢に出てきそうだ……。


 


 なんとかニュクススコーピオンを撃破した。

 ……うわ、全身穴だらけだ。これは取れそうな素材はなさそうだな……。


「助かったよ。ありがとう、サヤ、ウィニ」


 僕は二人に振り返る。


「ん! 礼には及ば……んにゃ、ごはん1食で手を打とう」

「ええ……。よかっ……た…………」


 サヤが弱々しい笑顔を浮かべた直後、よろよろとし出してついには倒れ込んでしまった!


「――サヤっ!」

 僕は倒れたサヤを抱きかかえた。

 

 大量の汗をかいて荒い呼吸をしている……。


「さぁや……。……! くさびん、さぁやの足!」


 ウィニに促されサヤの足を見ると、熱を発して大きく腫れ上がっていた。僕の時ほど進行はしていないものの、それは紛れもなくニュクススコーピオンの毒によるものだ!


「はぁ……はぁ……っ」

 僕の腕の中で苦しそうに悶えるサヤ。急いでポーチからケレンさんの解毒薬を取り出し、足にかけた!


「ぐっ…………! あああああー!」

 サヤが激痛に襲われている……!僕はサヤを後ろから抱きしめる。……早く痛みが引くようにと。


「さぁや……。足にずっと魔力を流してたの、毒を抑えてたから……?」


 そうか。サヤは低級だけど解毒の回復魔術も使えるようになってる。それで毒の進行を遅らせながら戦っていたのか……? 僕が動けない間ずっと……!


 その意図を知った僕はサヤを強く抱きしめる。

 歯を食いしばりながら痛みに耐えるサヤも、必死にすがるように僕の腕を掴んでいた……――




 やがてサヤの様子が落ち着いてきたようだ。

 まだ少し意識が朦朧としているのか、薄らと目を開けて僕を見ると弱々しく笑った。


「サヤ。もう大丈夫だよ……。それと、ありがとう」


 その言葉を聞いたサヤは優しく頷くと、また目を閉じて眠ってしまった。回復魔術を使用しながらの戦闘で、魔力消費が激しかったのだ。



「くさびん」


 そこにウィニが眠るサヤを慮ってか、そっと声を掛けて空洞の外に視線を移した。

 

「砂嵐、やんできた」

「よかった。でもしばらくこのまま休んでいこうか」


 僕はサヤに付いた砂を払いながら、ウィニに返す。


「ん。いちゃいちゃしてていいよ」


「…………!」

 僕が狼狽えた様子で言い返す言葉を探していると、ウィニは少しニヤっとして、僕とサヤに背を向けて外に体を向けた。


「……まったく、なんだよそれ…………」


 と、言いながら後ろ姿のウィニに心の中で『ありがとう』と送る僕だった。


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