表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第5章『熱砂を征く者達』
90/417

Ep.87 火の中に思う

 僕の赤っ恥エピソードが誕生したあと、デザートロックリザードの解体をした。


 どの素材が使われるのかわからず悩んでいると……


「おにく! おにく! 知らないおにく!」

 と、ウィニが体を揺らしながら要望する……って知らんのかい。


 とりあえず爪とか牙をはぎ取っておいた。

 あとはウィニの要望で肉を少々。保存が効かないので少しだけだ。


 そしてちょうどウィニの腹時計がお昼の時間を告げた。さっき休憩した時食べてたのにも関わらず正確な腹時計に、一週回って感心してしまった。


 どこか適当な岩陰を探して昼食にしよう。



 少し進んだ先に大きな岩崖があったので、周辺に魔物が居ないことを確認してから、食事の準備に取り掛かった。


 以前、シニスタ宿場町で購入したような、いわゆるインスタントな食糧を購入したものを作っていく。

 

 作るといっても、様々な食材を味付けして乾燥させて固めたものを、持ち運びに便利な小型の鍋で水を入れて煮込むだけなのだが。


 煮込んでいるうちに、食材を一緒に固めたスープが水に溶け出して、手頃なシチューになるという画期的な保存食だ。

 

 今回はそれに秘密兵器を投入するぞ。

 

 セルルカ宿場町で売っていた、砂漠の暑さにしばらく耐える効果を持つ『耐暑薬』だ。


 その名の通りの代物だが、料理に入れる用に開発されたもので、無味無臭で効果は抜群!

 というのが売り文句だった。

 実際砂漠に近い地域では大人気商品となっている。


 

「「いただきます!」」

「ひははひはふ!」

 

 三人で岩に座ってシチューを頂く。

 数種類の野菜に、小さく刻ませた牛の肉も入ってる。本当にすごい技術だ。きっと多くの旅人が感動したことだろう。

 

 味もしっかりしていて食べ応えもあって美味しいな。


 サヤとウィニも美味しそうに口に運んでいる。

 これなら厳しい砂漠の旅も少しは気が紛れていいね。


 ウィニはシチューを食べながら、先ほど狩ったデザートロックリザードの肉を上機嫌で鼻歌交じりに焼いている。尻尾の動きが肉への期待を物語っていた。


「ウィニ、ご機嫌ね」

 そう言ったのはサヤだ。


「ん! 知らないお肉の味、たのしみ」


 ちなみにさっき切り取った肉はウィニの分だけだ。

 市販されているものならいざ知らず、知らないものを口に運ぶのに抵抗があったからだ。


 ……万が一ウィニがお腹を壊したら、ボリージャの街の道具屋のケレンさんから買った解毒薬を飲ませよう。



 そうしているうちに肉が焼きあがったようだ。

 ウィニは目を輝かせながら嬉しそうだ。お嬢さん、涎が出てますよ。


「きっと名前のとおり甘い味がする」

「……ん?名前?」


「ん! デザートってついてるんだからきっと甘い! ――あ~」

 ウィニが大きな口を開けて肉にかぶりつこうとしている。

 

「え、デザートって砂漠っていう意味……」


 ――がぶり。

 その瞬間ウィニの猫耳と尻尾がぴーんと上がる。……おいしいのか、まずいのかどっちだ?



「…………」


「……ウィニ? ど、どう?」

 僕とサヤはおそるおそる尋ねる。


「…………」

 無言で咀嚼するウィニの猫耳と尻尾が垂れた。


 

「ああ……」

 

 どんなものでも残すまいと、無言で一生懸命咀嚼するウィニに、何故だか哀愁を感じてしまう二人なのだった。


 

 

 食事を終え、再び熱砂の海を進む。


 だが、先ほど料理に加えた耐暑薬が効いていたのか、暑いことは暑いのだが、思っていたよりは暑さを感じない。

 これはいい。今後も頼りにさせてもらおう。

 

 

「あ~~~……づ~~~~…………」

 耐暑薬の効果は数時間は保ってくれたが、効き目が切れた途端に地獄のような暑さが襲っていた。

 幸いなのは、一日のうち最も暑くなる時間を過ぎたことだ。

 

 ここからは日が暮れ始めれば急激に冷えてくるという。

 この暑さからはとても信じられない。



 そうして歩き続け、ついに日が傾き始めてきた。

 長い一日が終わろうとしている。

 

 情報通り周囲の気温が一気に下がっていくのを感じて、僕達は岩陰で野営の準備を急ぐことにした。


 ここで取り出したのは、セルルカで三人それぞれ購入した、折り畳み式の小型テントだ。


 これは、折りたたんだテントのその上に荷物を載せて、背中に背負って持ち運ぶことができる。


 テントを開くときの手間もそこまで多くなく、素早く展開できる優れものだ。


 旅人向けの道具には、旅人の知恵が詰まっていると実感する。こんなのがあったらいいな、が詰まっているのだ。

 

 そんな先人達の発明に感謝しながらテントを設置していった。



 やがて、周囲は完全に日の光がなくなり、気温は氷点下まで下がった。

 昼間の砂漠とは正反対の一面を見せる。夜の砂漠は情報として知っていたものの、体感してみるとやはり驚きを隠せない。


 火と焚いて食事を囲む。

 口に運ぶ木の匙を持つ手が冷たい。せっかく温かかった食事もすぐに冷たくなってしまった。


 これにはウィニじゃなくてもがっかりしてしまう。


 砂漠は存外、夜の方が過酷なのかもしれない。



 食事を終えたら早めに休むことにして、見張りは順番に交代して行う。

 一人が外で周囲を警戒し、二人はテントの中で眠るのだ。

 寒さから身を守る為に、寝袋とそれぞれが購入したフード付きマントが役立ってくれるだろう。



「何かあったら起こしてね。おやすみ」

「おやすみ、くさびん、さぁや」

「うん。おやすみ、二人とも」


 サヤとウィニがそれぞれのテントに入っていく。


 ここから数時間、僕が見張りだ。



 辺りは静まり返っている。

 時折聞こえるのは夜の砂漠を駆け巡る風の音だけだ。


「……寒っ」


 吹き抜けてくる凍えるように冷たい風に耐え忍びながら、火の具合と周囲を見張る。


 夜に一人でこうしていると、以前の事を思い出す。

 自分自身の恐れに立ち向かえずにいた時の事を。


 故郷を失い、両親を奪われ孤独と魔王に狙われる恐怖に苛まれていた、旅立つ事を強いられたあの頃。

 

 一人の夜はいつも怖かった。

 一人負けまいと気丈に振る舞い誤魔化しながら、絶望を見て見ぬ振りをしていた、力も無かったあの頃の僕。


 思えば沢山の幸運が、僕をここまで連れてきてくれたんだな。


 孤独に森を彷徨っていた時、ヘッケルの村のカタロさんに声をかけて貰えなかったら、人の温かみを信じる事が出来ずにいたかもしれない。

 僕はあの村の人達に心を救われた。


 今のように夜の見張り中、不安と恐怖のあまり闇の先に魔王の幻影を見たあの森で、ウィニの支えが無かったら、あの時僕の心は壊れていたかもしれない。

 僕はウィニに孤独を取り除かれた。


 チギリ師匠に戦う術を学び、時に優しく、時に厳しく己の非力を克服しようと努力した。魔族はあまりに強力でこれからも苦難の道が続くだろう。それでも立ち向かう勇気を戦う術と共に培った。

 僕はチギリ師匠に生き抜く術を授かった。

 

 ボリージャでサヤと再会し、大樹の広場で座って僕の心持ちを決意したあの夜。知り合いの死を改めて体験した時。死の淵に彷徨った僕が目覚めた診療所。

 辛い時はいつもそばにサヤが居てくれた。救ってくれた。――守りたいと思わせてくれた。

 僕はサヤに絶望を希望に変えてもらった。



 もうあの時の夜のように、闇に魔王の影を見ることは無い。弱く何も出来なかったあの頃の僕ではない。


 もっと自分を鍛えて知識を学び、困っている人を助けてあげたい。僕達と同じような境遇を増やさない為に。

 人々を希望で支える勇者のようになりたい。この世界にはきっとそういう存在が必要なんだ。

 この解放の神剣を持つ者にしか出来ない事だと心に刻んでいこう。

 


 今はもう悪夢は見ない。この心の中に希望という光が灯っている。その光がある限り、僕は生きることを諦めない。


 母さんがそう言ったように――




 おっと、いけない。

 火を眺めながらつい物思いにふけってしまった。


 辺りに異常はない。

 冷気立ち込める夜の砂漠で、僕の胸の内には確かな熱が灯っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ