Ep.87 火の中に思う
僕の赤っ恥エピソードが誕生したあと、デザートロックリザードの解体をした。
どの素材が使われるのかわからず悩んでいると……
「おにく! おにく! 知らないおにく!」
と、ウィニが体を揺らしながら要望する……って知らんのかい。
とりあえず爪とか牙をはぎ取っておいた。
あとはウィニの要望で肉を少々。保存が効かないので少しだけだ。
そしてちょうどウィニの腹時計がお昼の時間を告げた。さっき休憩した時食べてたのにも関わらず正確な腹時計に、一週回って感心してしまった。
どこか適当な岩陰を探して昼食にしよう。
少し進んだ先に大きな岩崖があったので、周辺に魔物が居ないことを確認してから、食事の準備に取り掛かった。
以前、シニスタ宿場町で購入したような、いわゆるインスタントな食糧を購入したものを作っていく。
作るといっても、様々な食材を味付けして乾燥させて固めたものを、持ち運びに便利な小型の鍋で水を入れて煮込むだけなのだが。
煮込んでいるうちに、食材を一緒に固めたスープが水に溶け出して、手頃なシチューになるという画期的な保存食だ。
今回はそれに秘密兵器を投入するぞ。
セルルカ宿場町で売っていた、砂漠の暑さにしばらく耐える効果を持つ『耐暑薬』だ。
その名の通りの代物だが、料理に入れる用に開発されたもので、無味無臭で効果は抜群!
というのが売り文句だった。
実際砂漠に近い地域では大人気商品となっている。
「「いただきます!」」
「ひははひはふ!」
三人で岩に座ってシチューを頂く。
数種類の野菜に、小さく刻ませた牛の肉も入ってる。本当にすごい技術だ。きっと多くの旅人が感動したことだろう。
味もしっかりしていて食べ応えもあって美味しいな。
サヤとウィニも美味しそうに口に運んでいる。
これなら厳しい砂漠の旅も少しは気が紛れていいね。
ウィニはシチューを食べながら、先ほど狩ったデザートロックリザードの肉を上機嫌で鼻歌交じりに焼いている。尻尾の動きが肉への期待を物語っていた。
「ウィニ、ご機嫌ね」
そう言ったのはサヤだ。
「ん! 知らないお肉の味、たのしみ」
ちなみにさっき切り取った肉はウィニの分だけだ。
市販されているものならいざ知らず、知らないものを口に運ぶのに抵抗があったからだ。
……万が一ウィニがお腹を壊したら、ボリージャの街の道具屋のケレンさんから買った解毒薬を飲ませよう。
そうしているうちに肉が焼きあがったようだ。
ウィニは目を輝かせながら嬉しそうだ。お嬢さん、涎が出てますよ。
「きっと名前のとおり甘い味がする」
「……ん?名前?」
「ん! デザートってついてるんだからきっと甘い! ――あ~」
ウィニが大きな口を開けて肉にかぶりつこうとしている。
「え、デザートって砂漠っていう意味……」
――がぶり。
その瞬間ウィニの猫耳と尻尾がぴーんと上がる。……おいしいのか、まずいのかどっちだ?
「…………」
「……ウィニ? ど、どう?」
僕とサヤはおそるおそる尋ねる。
「…………」
無言で咀嚼するウィニの猫耳と尻尾が垂れた。
「ああ……」
どんなものでも残すまいと、無言で一生懸命咀嚼するウィニに、何故だか哀愁を感じてしまう二人なのだった。
食事を終え、再び熱砂の海を進む。
だが、先ほど料理に加えた耐暑薬が効いていたのか、暑いことは暑いのだが、思っていたよりは暑さを感じない。
これはいい。今後も頼りにさせてもらおう。
「あ~~~……づ~~~~…………」
耐暑薬の効果は数時間は保ってくれたが、効き目が切れた途端に地獄のような暑さが襲っていた。
幸いなのは、一日のうち最も暑くなる時間を過ぎたことだ。
ここからは日が暮れ始めれば急激に冷えてくるという。
この暑さからはとても信じられない。
そうして歩き続け、ついに日が傾き始めてきた。
長い一日が終わろうとしている。
情報通り周囲の気温が一気に下がっていくのを感じて、僕達は岩陰で野営の準備を急ぐことにした。
ここで取り出したのは、セルルカで三人それぞれ購入した、折り畳み式の小型テントだ。
これは、折りたたんだテントのその上に荷物を載せて、背中に背負って持ち運ぶことができる。
テントを開くときの手間もそこまで多くなく、素早く展開できる優れものだ。
旅人向けの道具には、旅人の知恵が詰まっていると実感する。こんなのがあったらいいな、が詰まっているのだ。
そんな先人達の発明に感謝しながらテントを設置していった。
やがて、周囲は完全に日の光がなくなり、気温は氷点下まで下がった。
昼間の砂漠とは正反対の一面を見せる。夜の砂漠は情報として知っていたものの、体感してみるとやはり驚きを隠せない。
火と焚いて食事を囲む。
口に運ぶ木の匙を持つ手が冷たい。せっかく温かかった食事もすぐに冷たくなってしまった。
これにはウィニじゃなくてもがっかりしてしまう。
砂漠は存外、夜の方が過酷なのかもしれない。
食事を終えたら早めに休むことにして、見張りは順番に交代して行う。
一人が外で周囲を警戒し、二人はテントの中で眠るのだ。
寒さから身を守る為に、寝袋とそれぞれが購入したフード付きマントが役立ってくれるだろう。
「何かあったら起こしてね。おやすみ」
「おやすみ、くさびん、さぁや」
「うん。おやすみ、二人とも」
サヤとウィニがそれぞれのテントに入っていく。
ここから数時間、僕が見張りだ。
辺りは静まり返っている。
時折聞こえるのは夜の砂漠を駆け巡る風の音だけだ。
「……寒っ」
吹き抜けてくる凍えるように冷たい風に耐え忍びながら、火の具合と周囲を見張る。
夜に一人でこうしていると、以前の事を思い出す。
自分自身の恐れに立ち向かえずにいた時の事を。
故郷を失い、両親を奪われ孤独と魔王に狙われる恐怖に苛まれていた、旅立つ事を強いられたあの頃。
一人の夜はいつも怖かった。
一人負けまいと気丈に振る舞い誤魔化しながら、絶望を見て見ぬ振りをしていた、力も無かったあの頃の僕。
思えば沢山の幸運が、僕をここまで連れてきてくれたんだな。
孤独に森を彷徨っていた時、ヘッケルの村のカタロさんに声をかけて貰えなかったら、人の温かみを信じる事が出来ずにいたかもしれない。
僕はあの村の人達に心を救われた。
今のように夜の見張り中、不安と恐怖のあまり闇の先に魔王の幻影を見たあの森で、ウィニの支えが無かったら、あの時僕の心は壊れていたかもしれない。
僕はウィニに孤独を取り除かれた。
チギリ師匠に戦う術を学び、時に優しく、時に厳しく己の非力を克服しようと努力した。魔族はあまりに強力でこれからも苦難の道が続くだろう。それでも立ち向かう勇気を戦う術と共に培った。
僕はチギリ師匠に生き抜く術を授かった。
ボリージャでサヤと再会し、大樹の広場で座って僕の心持ちを決意したあの夜。知り合いの死を改めて体験した時。死の淵に彷徨った僕が目覚めた診療所。
辛い時はいつもそばにサヤが居てくれた。救ってくれた。――守りたいと思わせてくれた。
僕はサヤに絶望を希望に変えてもらった。
もうあの時の夜のように、闇に魔王の影を見ることは無い。弱く何も出来なかったあの頃の僕ではない。
もっと自分を鍛えて知識を学び、困っている人を助けてあげたい。僕達と同じような境遇を増やさない為に。
人々を希望で支える勇者のようになりたい。この世界にはきっとそういう存在が必要なんだ。
この解放の神剣を持つ者にしか出来ない事だと心に刻んでいこう。
今はもう悪夢は見ない。この心の中に希望という光が灯っている。その光がある限り、僕は生きることを諦めない。
母さんがそう言ったように――
おっと、いけない。
火を眺めながらつい物思いにふけってしまった。
辺りに異常はない。
冷気立ち込める夜の砂漠で、僕の胸の内には確かな熱が灯っていた。




