Ep.84 砂の海の上で
翌日、セルルカの宿場町の宿を出て、西へ向かう門へ向かった。
その門から先はもう東方部族連合の外。その境目がすぐそこにある。
「ここから一歩先は東方部族連合領じゃないなんて、なんだか不思議ね」
「そうだね。ここから先は外国なんだなあ……。よし、行こう!」
「ばいばい、祖国」
門の検問を抜け、外国へと一歩足を踏み出す。
何も変わり映えはしない筈の大地なのに、僕が元来抱いていた外の世界への憧れが、外国の雰囲気を錯覚させる。
なんだか新鮮な気分で、足取りも軽くなった。
西へ歩いていくと、徐々に地面は砂の割合が多くなっていき、体に感じる暑さも変わっていった。
それはやがて一面細やかな砂と大きな岩石が点在する砂の海が広がっていき、熱気もまた険しくなってきた。
その中で、初めて感じる砂の感触に、内心僕の心は踊った。
――のも束の間で、それは次第に一歩進む度に、足が熱い砂に沈み引き抜いて次の一歩を踏み出す。その繰り返しになっていった。想像以上に砂に沈む足に疲労が溜まっていく。
さらには激しく照りつける太陽の光とそれに熱せられた地面の砂の熱気が、上下同時に僕達に絡みついてくるのだ。
ここまで歩きにくいなんて思わなかった。
前日に抱いた期待を胸に高揚した気持ちは、とうに幻想の海へと消えたのは言うまでもない。
自然の力は計り知れないと思い知りながら、一歩、また一歩と懸命に踏み出すのだった。
僕達は昨日購入したフード付きのマントを羽織り、フードで頭を覆う。
最初は、この暑いのにどうしてマントを羽織るのか疑問に思っていたけど、強すぎる日差しは肌を焼く程強烈な場合があるためだ。直射日光を避けながら進むには必要な事なのだそうだ。
熱で倒れないように、水分はしっかり補給しながらというのが前提だ。気をつけながら行かないとね。
「うええぇぇ……あづいいぃ」
早くも根を上げ始めているのはウィニだ。
いつもの軽快な動きはどこへやら、杖をつきながらよたよたと歩いていた。
そしてさっきからがぶがぶと水を飲んでいる。
因みに水は、魔術で生み出せば飲めるのであまり多く持ってきていない。
魔術で出せるからと、遠慮なしのウィニのこの飲みっぷりは、水の分だけで魔力が無くなるんじゃないかと思うほどだ。
「……砂漠がこんなに……キツイとはね……」
サヤも険しい表情で歩みを進めている。
皆ある意味気持ちは一つだ。
「そうだね……。こんなにしんどいんだね……。――ウィニ、魔力使い切らないようにね?」
僕はサヤの言葉に反応したあと、ウィニに一応の忠告をする。
「大丈夫。この杖を使えば、まだまだいける!」
「師匠から貰った杖をそんな雑に使うんじゃありません!」
勝ち誇った表情で親指を立ててドヤポーズをするウィニに、思わず突っ込みを入れる僕。
「魔力……んおぉ! そうだ!」
「ん? どうしたの」
ウィニに突然活力が戻ったようにシャキっとしだした。一体何を思いついたのかと、不思議そうな僕とサヤ。
「ふふん。これは世紀の大発見。……とうっ」
自信あり気な顔で宣ったウィニは、突然風魔術を発動させてふわりと宙に飛び出した。
足元に発動させた風魔術の風圧で起きた砂煙を、僕とサヤはもろにくらった。
「ぶわっ! ――ぺっ! ぺっ! 砂が口に!」
「ちょ……っとウィニ! やめてよー!」
ウィニは風魔術を使って宙をふわふわ浮いていたが、発動させ続けているため、風圧で地面の砂が全部僕とサヤにかかるのだ。こんなの溜まったもんじゃないよ!
本人は地に足がつかないから楽なんだろうけど、周りからしたら大顰蹙を買うような暴挙だ。
「うにゃ……わざとじゃないよ……砂の事わすれてた」
ウィニは僕とサヤの様子に気付いてすぐに降りてきた。
フードで耳もしっぽも見えないけど、心なしかしょぼんとしているようで、恐らく反省しているんだろう。
ならば許そう。
きっと、宙に浮きながら進めば楽になると思ったんだろうね。どの道魔力切れが起きたら終わりの策だけど……。
そんなハプニングがあってから1時間は歩いただろうか。言葉を発する事すら億劫で、三人は無言で歩き続けていた。
そこに、少し先に大きな岩石がそびえ立っており、ちょうど日陰になっているところがあった。
僕は行先を指差して二人に声を掛ける。
「――皆! あの岩で少し休もう!」
僕の提案に否やはなく、日陰に移動して体を休める。
歩き慣れない砂の地面に思いのほか披露が溜まっていたようだ。
地図では3日の距離のグラド自治領だったが、確かにこのペースだとその倍はかかってもおかしくはなかった。
隣で腰を下ろして休んでいるサヤが、水を飲みながら。
「足場が悪いと魔物の対処もいつも通りとはいかなそうね……。早くこの地面に慣れないとね」
「砂漠にも魔物は出るそうだからね。足元だけじゃなく周囲も警戒して進まないとだね」
サヤは『ええ』と返す。うだる暑さで口数も少なくなる。僕は改めて旅の過酷な部分を思い知らされていた。
「あれ? そういえばウィニは? やけに静かだけど……」
砂漠に入ってからあまりの暑さに『あーーー……』だの『ううぅぅぅ』だのと唸っていたウィニが妙に静かなのに気付いて、気になってサヤに尋ねる。
「ウィニならあそこで蹲ってるわね。 ほら」
サヤが指さした先に、白いフード付きマントをすっぽりと被って蹲るウィニの後ろ姿があった。
猫耳型のフードが小刻みに揺れている。
その後ろ姿からは哀愁のようなものを感じた。
「……どうしたんだウィニは。もしかしてさっきの失敗を気にして泣いているのかな……?」
「見てみたらいいんじゃない?」
なんだよサヤ、妙に素っ気ないな。ウィニが泣いているっていうのにさ。
僕は心配になってウィニに駆け寄り、隣にしゃがんでそっと肩に手を置いて、穏やかに声を掛ける。
「……ウィニ。さっきの事ならもう気にしてないよ。だからこんなところに一人でいないで、あっちで一緒に休もう?」
するとウィニが振り向きフードから顔を覗かせた。
「むぐむぐもごもご! もぐもごご!」
振り向いたウィニの顔は、自前で用意した食料を口いっぱいに詰め込んだ状態で、解読不明な言葉を喋っている。
この環境の中逞しい限りだ……
「………………」
その様子を見た途端に僕の心配は的外れだったと気付く。急激に心配の気持ちは霧散し、むしろ感情をどこかに忘れたかのように無表情になった。
心配して損した……。
「ふふふ! そんな事だろうと思ったわ」
と、後ろから全部知ってたと言わんばかりのサヤの笑い声が飛ぶ。
なんだよ! それなら教えてくれよ!
……勘違いでなんだか恥ずかしくなってきたぞ。
僕は気温とは別の熱さで顔が熱くなった。
なんだかどっと疲れてきた僕は、きょとんとしながら食べ物を詰め込むウィニをそのままにして、サヤの隣に戻る。
「ふふっ ウィニが静かな時はね、寝てるか何か食べてる時よ〜?」
と、サヤがいたずらっぽい表情で指で脇腹をつついてきた。
なんか負けた気になって悔しい。……けどまあ、サヤの気が紛れたならいいけどさ。
楽しそうに笑って僕を揶揄うサヤを見ながらそう思うのだった。
あ、そこ弱いからつつかないで。




