Ep.76 この感謝は刃を以て
冒険者ギルドの地下にある訓練所。
その扉を開き、奥へ進むとチギリ師匠は待っていた。
チギリ師匠は僕達の気配に気付き体ごとこちらに向けた。いつものように無表情のままだったが、どこか機嫌は良さそうな様子で佇んでいる。
一つ違うとすれば、いつも持っている杖に加え、今日は別の杖を持ってきていた。
「師匠、おはようございます!」
僕もいつものように挨拶する。
「ああ、おはよう。皆、万全に整えてきているようで何よりだよ」
チギリ師匠はそう言うと、訓練所のさらに奥へと体を向けて僕達に振り向いた。
「では、早速行こうか」
もう何度目かの模擬戦専用の部屋にやってきた。
部屋のはずだというのに景色は平原で床は本物の土。おまけに風まで吹いてくる。ここに来る度に外に出たような錯覚になるから不思議だ。
チギリ師匠は、初めて会った時のように部屋の真ん中まで歩いていく。
チギリ師匠は中央まで辿り着くと、後ろ姿を向けて言葉だけ僕達に向けた。
「つい初対面の時を回想してしまうよ。その頃の君達はまるで、吹けば消える灯火の如き弱々しき力だった」
チギリ師匠の雰囲気が変わっていく。普段の案外話し好きで面倒みの良いものから、これまで数多の戦いを経た歴戦の魔術師が持つ戦意へと変わり、僕達に痺れるような圧をかけていった。
「あれから君達は弛まぬ努力を継続し、もはや見違えるまで成長した。本当に、この短期間で良くここまで上達した」
チギリ師匠が体をこちらに向ける。
一瞬だけ、その表情に笑みを浮かべているのが見えた。その優しげな表情は、弟子の成長を心から喜んでいた。
刹那に垣間見えたその笑みは消え去り、その眼光は鋭く僕達を貫く。
「だが、それでも魔族の力は強大で邪悪だ。旅路の中、我を容易く葬る力を持った魔族が君達の前に立ちはだかるだろう」
チギリ師匠の足元から溢れた魔力が漏れ出し、衝撃波を起こして砂埃が舞い、風となって僕達の元まで届いた。
チギリ師匠に初めて会った時のような感覚に陥る。
「……我は邂逅の折り、君達に覚悟を問うたな。その覚悟、今も偽りないか。如何なる窮地にあって尚、君達は力を束ねて乗り越え、黎明を取り戻すその覚悟はあるか!」
感情の熱を見せるチギリ師匠の想いが伝わってくる。
その想いに応えるのに言葉はいらない。
僕達はそれぞれの意思を瞳に宿して武器を手に、構えて決意を見せた。
その様子に口角が吊り上がるチギリ師匠。
いいえ、今は敢えてこう呼ばせてもらいます。
――チギリ!
「ふふっ。言葉は不要という事だな。――ならば始めよう。…… 来るがいい!」
強烈な殺気が襲い来る。
僕達はそれに臆すること無く動き出す。
持てる全てをチギリにぶつける!
僕達は3人同時にチギリと距離を縮める。
その途中、ウィニが進む方向を変えて加速した。
まるで剣士が使う強化魔術による急加速のようだ。それをウィニは風魔術を発動させて自身を風で飛ばしているのだ。
力加減、発動する場所、角度で飛び方が変わるだろうに、ウィニはそれを感覚的に使用しているようだった。
あれは回避する時のチギリが使う風魔術によく似ていた。
ウィニは多彩で自在な機動力を身につけたのだ。
ここに来てからウィニもまた人知れず努力をしていた。その成果が形となった瞬間でもあった。
「そぉい」
素早く移動しながらウィニが、チギリから借りている杖を振って、地属性の下級魔術を連発した! 地面の土を利用する事で魔力消費を抑えながら、礫を生成して飛ばしている。
礫で牽制しながらチギリの背後に回ろうとしていた。
僕とサヤはその間に一気に接近する!
サヤに目配せすると、サヤは小さく頷いた。
チギリはウィニが放った礫を、地面から土の壁をせり上らせてことで防ぐと、右手に持った黒い杖を振るい、僕の頭上に雷を連続で落としてきた。
僕はそれを足に溜めた強化魔術でジグザグに急加速して回避しながらチギリに接近を試みる。
その間サヤは、チギリが自ら生み出した土の壁の死角になるように移動しながら接近し、一瞬立ち止まって居合の構えで魔力を足と腕に溜め、解放と同時に一気に横一文字に抜刀した!
一気に振り抜かれた刀の刃の軌跡をなぞるように、三日月状の風の刃が高速で放たれ、土の壁を斬り裂いてその奥のチギリを狙う!
一歩も動かなかったチギリがようやく動いた。
チギリは風魔術を利用して素早く自身を打ち上げてサヤの風の刃を回避し、高い位置から氷の杭――アイススパイク――をサヤに放つ。
僕はチギリの真下に移動し、足の強化魔術を解放。
真上に跳躍しながら縦に反時計回りに回転して斬り上げて、それをチギリの杖で防がれると、跳躍の反動でチギリより高いところに位置取る形になり、剣を上段から斬り下ろして追撃した!
その時サヤは居合のあと、飛んでくるアイススパイクを右へサイドステップで避ける。
サヤから見てさらにその右側前方にいたウィニが立ち止まり熱線――ブレイズ・レイ――を照射していた。
「――はぁっ!」
強化魔術が乗った斬り下ろしの斬撃と、ウィニが照射した熱線が同時にチギリに迫る!
それをチギリが両手を用いそれぞれ防御障壁を展開させて受ける。右手の杖で僕の斬撃を受け止め、刃と防御障壁がぶつかり――キィン! という鋭い反響音が耳をつんざく。
左手での防御障壁はウィニの熱線を火花を散らしながら受け止めていた。
息付く暇もない連携攻撃だったが、これでも全て防がれるのか! 師匠はどれだけの場数を踏んできたのだろうか。
「……ふんっ!」
チギリが気合いの声をあげるとその周囲を雷の衝撃波が発現し、僕と熱線を吹き飛ばした!
僕は僅かな体の痺れを感じながら、宙返りして着地する。
チギリの雷魔術を受けたが、全身に強化魔術を張っていたお陰で大きなダメージではない。
だがこれで仕切り直しだ……! やはり壁は高いな……!
ふわりと着地するチギリ。その顔には僅かに愉悦の表情を浮かべていた。
「……驚いたよ。さしもの我も久々に背筋が凍る思いを経験するとはな……。ふふふっ」
「どうですか師匠? 私達もあの頃とは違いますよ!」
「ん! ししょおに貰ったぜんぶ、ぶつける!」
サヤとウィニも高い戦意を保っている。
そうだ、全てぶつけるんだ! まだまだこれからだ!
「これほど気分が高揚するのは久方ぶりだよ! 我が愛弟子達よ、その出会いに我は万感の思いだ! では我も見せてやろう。征くぞ!」
愉快そうな様子で思いを語るチギリがさらに激しい魔力を波動となって周囲に圧力をかける。
これまで抑えていたチギリの魔術への警戒を僕達は武器を構えて迎えるのだった。




