Ep.74 Side.W 白猫の特訓
くさびんとさぁやが奥の部屋に入っていく。
わたしは師匠に、どうしても教えて貰いたい事があった。それは――
「――ふむ。 我のような回避の仕方を会得したいと」
「ん!」
師匠はすごい。 どんな時、どんな体制でも風魔術を上手に使ってどんな攻撃も躱してしまう。
それだけじゃない。避けたと思ったら相手の後ろに回ったりする。
「ししょおみたいに、わたしも空飛びたい」
わたしはやる気満々に師匠に主張する。
見よ、この尻尾の動きを。これぞやる気の証拠!
「……訂正させてもらうが、それは一時的な浮遊であって、飛翔ではないな」
「んじゃ、その、いちじてきなふゆう、おしえて!」
あのふわふわするやつを覚えたら、くさびんとさぁやに自慢できる――――
――――「うわー! ウィニが飛んでる!!――うわー! 最強! 天才!」
「キャー! ウィニ姉様ー! 素敵ーっ!」
二人の声援が聞こえる。辺りはお祭り騒ぎだ。
「「わーっしょい! わーっしょい! わーっしょい!」」
知ってる人も知らない人もみんながわたしを祝ってくれる。
「むふふふ。もっと褒めてもいい。むふふふ!」――――
――……むふふ。妄想は完璧。実現まちがいなし!
「ふむ。何やら上の空だが……まあ、良いだろう。ではウィニ、早速訓練を開始する」
「ん! がんばる」
わたしはぺこっとお辞儀して訓練に臨む。
「まず、大前提として無詠唱でなければ話にならん。ウィニは無詠唱魔術は随分増えたようだが、この回避技能は、剣士の強化魔術に近い」
「ふむふむ」
師匠の話に猫耳をかっぽじってしっかり聞く。
「共通する点はほとんど不意識での発動だというところだ。実はあの回避はほとんど無意識なのさ」
「ほえー!」
「……なにやら気が抜けるな……いや、いつもの事か……。こほん。我が全方位の回避を可能とするのは、相手の殺気や気配を感知し、無意識に回避しているから可能にしているのだ」
「なるほど」
「ではウィニ、実際にやってみてくれ。まずは意識的に。それが出来たら無意識に発動できるよう訓練するぞ。だが、心しておけ。無意識発動は一朝一夕で会得できるものではないと」
「わかった!」
師匠に言われた通り、まずは風魔術を発動してみる。
足元に風が舞ってわたしがふわっと浮くイメージ。
集中するためについ言葉を口に出してしまいそうになる。
けど無詠唱じゃなきゃ駄目。我慢の時……。
集中して魔術を発動すると風は発動した! けど浮かび上がらず、わたしのローブが風で巻き上がり、師匠にわたしのぱんつが丸見えになってしまった。
これは生足みわくのウィニエッダ。
「……いやん」
とりあえず恥じらうわたし。わたしだって年頃の女。恥じらい方は知っているのだ。
「遊んでないでちゃんとやりたまえ」
……むむ。心外なー。
それにしてもなんでふわってならない?
無詠唱で風魔術はちゃんと発動しているのに。
力加減が違うのかな。理想は、ふわっ……。今のは、ぶわー!
「……なるほど」
わたしは諦めずにもう一回やってみる。
ふわっ……。 ふわっ……。
わたしは風のイメージを想像する。
足元に魔力が集まり解放すると、わたしは勢いよく飛び出しだ!
「わあー」
想像よりもすごく高く飛んでしまって、天井にぶつかるところだった。失敗。力加減が難しい。
可憐な身のこなしで着地するわたし。どや。
「ししょお、力加減がわかんない」
コツがあればいいと思いながら師匠に尋ねる。
顎に手を当てて考えるポーズの師匠。
「ふむ。あながち失敗とも言えないよ。例えば、今の力量だと奇襲や緊急回避の場合に活用できるだろう」
「おおっ」
まるっきり間違っているわけじゃないみたい。
師匠は戦闘中力加減を自在に操ってふわふわしてたんだ。
やっぱり師匠はすごい。わたしも真似したい!
目をキラキラさせて、憧れの眼差しで師匠を見る。
「力加減で如何様にも対処できるように体に記憶させ、殺気や気配を感知する感覚を磨く事が体得の道筋であろうな」
わたしは大きく頷いて、いろいろ試してみようと風魔術で練習し始めた。
どのくらいの魔力を送ればどのくらい移動できるのか。
どの角度で発動すればわたしはどう動くのか。
うーんうーん、と試行錯誤しながら練習を続けた。
師匠はお茶を優雅に飲みながらわたしの練習を見守ってくれている。
趣向を変えて、瞑想でいろいろイメージしてみる事にした。今度は寝ちゃわないようにしないと。師匠の雷やだ。
――瞑想から覚めると、くさびんとさぁやが戻ってきていた。
みんなが揃ったから、一旦練習はここまでにしよ。
「ウィニ、お疲れ様」
「ん。ふたりもおつかれ」
ふたりともなんだか晴れやかな表情をしてる。
模擬戦部屋に入っていく前のさぁやは、どこか影を落としていたように見えたから少し気になっていた。
それが解決できたなら良かった。
「今日はもうおしまい?」
くさびんもさぁやもなんだか疲れてる。夕暮れの時間まではまだまだあるけど、早めに切り上げるのかな?
「そうね。さっき張り切り過ぎちゃって……ね」
「う、うん。魔力使いすぎたね、あはは」
ふたりがなんだがぎこちない。
ふっ。わたしはおねーさんだから、詮索はしないのだ。
「かなり消耗しているな。今日は無理せずに十分な休養を取るといい。」
師匠の気遣いにふたりは頷く。
「じゃあ今日はここで解散だね。 師匠、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした、師匠。 ウィニ、また後でね!」
くさびんとさぁやは明るく挨拶して訓練所を出ていった。
「ウィニ、君は帰らないのかな?」
「ん。わたしは魔力も余裕。もうちょっとやる」
風魔術の練習を試したいし、わたしはもう少し練習を続けようと思う。
そう伝えると、師匠は少し驚いたような顔をした。
「そうか……。あのウィニがね。いやはや……なかなかどうして……ふふふ」
「……? ししょお、なんか変」
やる気満々のわたしを見て師匠が口元を抑えながらほくそ笑む。師匠の笑いどころがよくわからないね。
「ししょお! やってみるからみててね」
わたしは真剣そのものといった調子で師匠に言うと、師匠は笑うのを止めて、少し優しげな表情で頷いた。
「ああ。励むといい」
それからわたしは、自分が空腹になっているのも気付かないくらいに訓練に没頭していた。ここまでわたしががんばるのは初めてのことだった。
その訓練のあと突然お腹の虫が鳴り出して、ずっと見守ってくれていた師匠とご飯をたべることになった。
あと4日後、わたしは師匠とまた戦うことになる。
その時はきっと、あっと言わせてみせる! かくごしろ、師匠!
と、運ばれてくるお肉に目が釘付けになり、涎をたらしながらなんとなく思ったのだった。




