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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第4章 『花の都ボリージャ』
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Ep.73 Side.S 並び立つ為に

 …………ああ、負けちゃったなぁ……。

 私は魔力枯渇で力尽き、戦意の喪失とともに膝から崩れ落ちる。


「サヤ!?」

 クサビが駆け出して、私を支えて座らせた。そしてその隣に自身も腰を降ろし、私の頭を自分の肩に傾けさせた。



 私はクサビに身を預けながら力なく言葉を紡ぐ。

「……負けちゃった」

「サヤ……」


 胸が苦しい。負けて悔しいという気持ちよりも、寂しいという気持ちが私の胸中を占めていた。

 一つの役目が終わりを迎えたような喪失感が私を責め立てる。


「……私、本気だったんだよ」

「……うん」

 クサビは少し居た堪れない様子ではあったが、努めて落ち着いて聞いてくれる。

 

「ここのところずっと不安だった」

「……どうして?」

 

「最近どんどん強くなっていくクサビに、いつか追い越されて私の見えない遠いところまで行ってしまうんじゃないかって……」

「そんなこと……」


 情けない。勝手に不安になってクサビを巻き込んで迷惑かけて。

 

 村にいた頃は、クサビを引っ張っていたつもりだった。

 でももうあの日々は戻らないし、あの頃の面影は私の前からあっという間に去ってしまった。

 

 クサビは使命を見出して前に進むと踏ん切りをつけたというのに、未だにあの平和だった頃の日常と決別できていなかったのは私の方だった。


 

 そしてクサビの急すぎる成長に、私はその事実を受け止めきれず、まるで自分が置き去りにされたような気持ちになっていた事にようやく気付いた。

 


 私は魔力枯渇と意気消沈で、虚ろ気になりながら言葉を続けた。

 

「――私は……まだ故郷が滅んだことを、心のどこかで受け止められないでいるのね……。あの頃の、幸せだった日常がもう二度と戻らないと認めたくなくて」

「…………っ」


「そんな私の隣では、クサビは気丈に進み続けた。……隣に立てなかったのは私の方だった…………」

 気持ちを口にすると胸の奥が、まるで触れるなと言っているかのようにじくじくと痛んだ。


「……クサビと本気の立ち会いをしたのは、私自身があの日常と決別する為だった……。過去を乗り越え前を向く貴方に力を証明して、並び立つ為に」


「でも私は負けた……。貴方に、私も乗り越えられると示せなかった……! ――ごめんね…………」



 重苦しい雰囲気に沈黙。

 

 クサビは声を震わせながら私に向き合い両肩を掴んだ。その力の強さがクサビの気持ちの昂りを感じさせた。

 

「――なんだよそれ……。 何でそうなっちゃうんだよ!」

「――クサビ……?」


 クサビは激昂したように厳しい表情のまま涙を流していた。初めて見せるその表情に私は息を飲む。


「なんでサヤが負けたら僕の傍に居られないんだよ! そんなの誰が決めたっ! 僕は……! ――僕にはサヤが必要なんだよッ!!」


「――――っ!」


「サヤが居てくれなきゃ駄目なんだよ! そんなの、当たり前だろ……! ……僕よりしっかりしてるクセに勝手に離れていこうとするなよ…………」


「クサビ……っ 」

 涙が流れて仕方がない。視界が涙でぼやけてクサビをちゃんと見ることが出来なかった。

 でもこの涙は、決して悲しくて出る涙ではなかった。

 だからどれだけ流れても拭いはしなかった。


「僕が前を向けるのはサヤ、君がいてくれるからだよ。君がいつも背中を押してくれたから、僕は俯かずに歩いて行けるんだ……」


 クサビは一言一言を大事そうに、穏やかに私に語りかけた。

 

「……ずっと近くに居たのに、サヤの苦しみに気付いてあげられなかった。……僕はやっぱり鈍いんだ。サヤがいてくれないと困るよ……」

 そう言うとクサビは、昔のような優しい笑顔を向ける。


 彼の中で全ての面影が去ったわけではなかったんだ。

 クサビという根っこの部分は何も変わらずここに居たんだ。私がクサビに並び立つ為に必要だったものは、既にこの胸の中にあったのだ。


 私はクサビの胸に顔を押し付け、腕をクサビの背中に回した。クサビも優しく抱き締め返してくれる。

「……うん。私、ずっと勘違いしてたんだね……」


「そうさ。これからも隣に居て欲しいな。サヤの苦しみも分けて欲しい」

 

 クサビの言葉が胸に響いて鼓動を高鳴らせる。

 私が最も言って欲しかった言葉だった。

 今まで抱いていた胸の中のわだかまりはもうどこにもなかった。


 きっと私も過去を乗り越えられる。クサビが居るから。


「……うん」



 穏やかな雰囲気のまま私とクサビはしばらく抱き締めあって、互いの温もりと息遣いを感じていた。



 

「ところで……」

「ん?」


 きょとんとするクサビ。


「……さっき、私が必要だって言ってたよね? それってどういう意味で〜?」


「――――えっ!? あっ……えっと…………っ」


 からかうようにクサビに問いかけると、クサビは顔を真っ赤にしながら上擦った声で狼狽えた。

 目が泳ぎまくるクサビに、つい吹き出す。


「そ、そそそりゃ! な、仲間として? とか? ……そういう感じのだよ!」


 クサビは急に立ち上がって落ち着きなくぐるぐる歩き回りながら必死そうに言葉を探している。

 ……こういう所はもうちょっと頑張ってほしいわね。

 

「あら、そうなの? なんだ、残念」


 私も立ち上がってクサビに歩み寄る。


「――私は好きよ。…………っ」

「…………ぁえ!?」

 

 そう言いながらクサビの頬に口付けして出口へ歩いていく。今クサビに顔を見られる訳にはいかない。

 きっと私も真っ赤になってるから。


 今クサビはどんな顔してるのか見られないのは残念だけれど。


 そして、そのまま私はクサビに顔を背けたまま明るく何事も無かったかのように声をあげる。


「ほら! 戻るわよっ ……クサビ!」


「えっ、あっ、えっ、…………うん……!」


 

 ……今はこれでいい。

 照れ屋で意気地無しで、頼もしい想い人の声を背に受けながら、私は晴れやかな心で部屋を後にするのだった。


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