Ep.72 Side.S 自己嫌悪の中で
あの反省会から3日が経った。
あれから私達は依頼をこなしながら、時に一人で、時に一緒に鍛錬に勤しんだ。
そして私達は今依頼で街の外に出て、魔物が溜まっているねぐらの近くの木の陰に潜んでいるところだ。
依頼内容は――
――魔物のねぐらの駆除と薬草の入手
調合に使う薬草を取りに行きたいんですけど、そこに複数のトゥースボアが居着いてしまって取りにいけません。
魔物の駆除と、薬草の採取をお願いします。
報酬 金貨1枚 依頼者 ケレン
依頼者のケレンさんは、私がEランクの時にお店の店番の依頼で知り合った。ケレンの葉っぱという道具屋を営んでいる。
クサビも薬草の仕分けの依頼で会っていたそうだ。
ケレンさんが困っているなら、解決してあげたいわね!
私達はトゥースボアの集団に飛び込んで、先制攻撃を仕掛ける。数は8体。どれも猪より少し大きいくらいだ。
距離を詰めている私とクサビの後ろから、ウィニが放ったゲイルエッジが私達を追い抜いて一体、二体とトゥースボアを容赦なく切り裂く。
私とクサビはそれぞれ別の目標を狙う。
私は足の強化魔術で加速し、トゥースボアの側面に一気に接近して胴体を上から斬り払い次の目標へ。
クサビも強化魔術で加速しその勢いのまま突き刺し、すぐに引き抜いては強化魔術を駆使して別の目標に急加速させ、逆手に持った剣をすれ違いざまに水平に振り抜き、二体目を仕留める。
私が二体目のトゥースボアを仕留める時には既にクサビは、三体目に強化魔術で低空跳躍しながら縦回転斬りで通過しながら斬り裂いていた。
……早いっ!
私は、私の三体目のトゥースボアに狙いを定めると、ウィニが援護で風魔術の突風をトゥースボアの足元に発動させて打ち上げた。
私は足の強化魔術を発動させて高くジャンプしながら半月に弧を描くように刃を滑らせて、宙に打ち上げられたトゥースボアを下からの斬り上げで仕留めた。
「――ふうっ」
着地し残心のあと、敵が居ないことを確認して軽く息を吐いた。
「あっという間だったね! 皆がいたから楽に終わったよ」
「ん。 素材をいただいてかえろ」
「ええ、そうね……っ」
戦いながらクサビの動きを見ていた。
数日前の手合わせと比べても格段に動きが違う。クサビの剣筋は、まるで別人と思う程の成長と遂げていた。
敵を攻撃する際の躊躇いが以前は垣間見られたが、今はもう一切の迷いも感じられない。
さっきの剣技を見て思ったけど、クサビは素早く動いて一気に攻勢を掛ける戦い方を好む。跳躍して体ごと回転する回転斬りだったり空間を動き回る縦横無尽の戦闘スタイルがクサビの中で芽吹きつつあった。
さっきのクサビの動きは既に中級剣術者の動きだった。
うかうかしていると追い抜かれてしまうかもしれない。
互いの無事を喜びながらも、そんな焦りが私の中で騒ぐのだった。
私達はトゥースボアの素材を回収し、依頼の薬草を採取して街へ戻ることにした。
街に戻ってきて道具屋のケレンの葉っぱを訪れ、依頼達成と薬草を渡す。
「そうそう〜! この薬草が欲しかったんだ〜っ……助かっちゃったっ! ありがとうね〜」
ケレンさんは太陽のような笑顔で薬草を受け取り、依頼達成の証明書を渡す。
「希望の黎明の皆さん、ありがとうっ! またお願いね〜! あ、うちの商品も是非ご贔屓に〜」
ケレンさんの問題が解消されて良かった。
やっぱり直接喜んでいるところを見ると嬉しくなるわね!
依頼に関しては後はギルドに報告すれば完了だ。まだ夕暮れにはまだ時間がありそう。
そこにウィニがお腹を空かせていたから腹ごしらえをしてからギルドに向かうことにした。
――その間も私の胸中にはモヤモヤしたものを感じていた。
この感情はなに?
日々成長していくクサビに、私は頼もしく思いながらも寂しさを感じている。
私がずっとクサビを守るんだと思ってきた。
でも、いつの間にか私の剣術を追い抜いて行きそうなクサビに私の焦燥感は募るばかり……。
クサビに置いてかれてしまう。このままじゃ肩を並べてやっていく事ができなくなるのではないか。
――クサビは以前、私を守ると言った。
でも守られるだけじゃ嫌だったんだ。私がクサビを守ると誓ってここまで来たのだから……!
……これじゃただの重くて面倒な女だわ…………。
悶々と自問自答が脳内で繰り返される中、なんとなくだけどこのモヤモヤの正体に当たりが付いてきた。
でもそれはとても他人に吐露できない、みっともない感情だ。
この感情を払拭するにはちゃんと向き合って、確かめないといけない気がした。これからも一緒に歩む為に――
冒険者ギルドに到着し、カウンターにいる受付けのヴァーミさんに依頼完了の報告をして報酬を貰う。
私は意を決したように提案する。
「ねえ、まだ時間はあるし訓練所に行かない?」
その言葉にクサビとウィニはそれぞれ同意の反応を示した。早速私達はギルドの地下へ降りていき、訓練所の扉を開ける。
「――クサビ。今から手合わせしない?」
訓練所に入るなり、強い意思を込めて私はクサビに提案する。
「……っ。うん、わかった」
クサビは私の眼差しに何かを感じ取ったのか、真剣な顔で同意する。
「ウィニ、私達は向こうで手合わせしてくるわ」
「ん。わたしはししょおに話がある。がんばれ」
ウィニに一声掛けて私とクサビは模擬戦部屋へ向かう。
その途中、チギリ師匠が居たので会釈してから通り過ぎた。
模擬戦部屋へやってきた。
ここに来るといつも本物の平原にいるような感覚になるわね。いつ見てもどういう仕組みなのかしら。
私とクサビは平原を模した部屋の真ん中に立ち、互いに向き合った。
「なんだか今日はいつもより気合いが入ってるね」
「ええ」
クサビは私を不思議そうに見ている。
「……サヤ? なんか様子がいつもと違うような――」
「――ねえ、クサビ」
今は内心を悟られたくなくて私はクサビの言葉に被せて名を呼んで有耶無耶にする。
自分のこういう狡いところが嫌いだ。
「今日は実戦形式でやりましょうか」
「実戦?」
「そう。真剣でやるということよ」
私は刀を鞘から抜き、姿勢を低くして両手で持った刀の切っ先をクサビに向けて構える。
――今もクサビを困らせるような事をして自分本位な感情に巻き込んでいる。
「っ!……わかった」
私の並々ならぬ戦意を感じ取ったクサビは、戸惑いながらも剣を抜き正眼に構えた。
「クサビは強くなったね。どんどん強くなっていっちゃってさ」
――また嫌味な事言いそうになって本心を誤魔化そうとする。
でも、本気で手合わせをすれば私も素直な気持ちで向き合える気がするから。
「サヤ……」
「だからさ、確かめたいの」
……私の素直な想いを。
私は一気に間合いを詰める。
それに反応したクサビの表情が警戒の色を強めた。
スピードを乗せた左上からの袈裟斬りを打ち込むと、クサビは剣をを斜めに傾けて剣の腹で受けた。
刃と刃が打ち合う音が響き渡る。
私はすぐさま飛び上がり、空中で一回転させながら刀を振り下ろして急降下した! 全体重と落下の衝撃を加えた重い攻撃だ。
クサビはそれをバックステップで回避。そして一気に加速させてきた。
正面から肉薄する瞬間、クサビがフッと視界から消える。フェイントから側面か背後に回り込んでくるつもりね。……なら!
私はその場で風魔術を発動させながら回転斬りをした! すると右側後方で刃が打ち合う音が響き、クサビの剣を受け止めた。即座にその音の方へ向き合う。
ギリギリと鍔迫り合う。
「やっぱり! もう立派に中級剣術剣士の実力はあるわね!」
「僕もっ! いつまでも足を引っ張れないから、ね!」
――本当にクサビは突然腕を上げた。
本当に突然すぎて、私は驚きよりも戸惑いの方が大きかった。
それまでは私の方が強いのだから、私がクサビを守ると誓ってここまでやってきた。
そのクサビは今やどんどん強くなって、いずれ私を追い抜いてずっと遠くへ行ってしまうんじゃないか。
……そう思ったら、怖くなった――
鍔迫りを外して互いに一合、二合と打ち合う。
「クサビは強くなったよ……! 私を置いていってしまうくらいっ」
――そうだ。私は置いていかれる事を恐れてた。
守るべき大切な存在に頼られなくなることが。
隣に立てなくなる事が……!
私の焦燥感の正体はこれだったんだ――
さらに斬り合い、クサビが一旦距離を取る。
私はそこに急加速を掛けて間合いに入り、斬り上げながら飛び上がり、着地する前に刀を持ち替えて斬り下ろす。そして着地後すぐに全身の強化魔術で体を捻りながら二回転。その二回転で同じ方向に二連水平斬りを放つ。
急加速から始めた計四連撃で十字を斬る剣技。これは先日の依頼で対峙したグロームゴリアスにとどめを差した時の技だった。
クサビはその技の一撃目を、自身の剣を横向きにして受け、上から来る二撃目を体を逸らして躱す。
そして着地後すぐに回転して放たれた三撃目を剣を立てて受け、四撃目をジャンプして回避した。
クサビはそのまま宙で両手で剣を頭上に掲げたまま、後ろに体を逸らして一気に前方に傾けて回転力を生み出して
縦に回転斬りを繰り出してきた!
ここまで強化魔術をうまく使えるようになっているなんて……!
回転する刃となって迫るクサビの剣を刀で防御する。
同じ箇所に連続で打ち付けるその斬撃には威力も十分乗っていた。
私はそれを強化魔術を全開で発動させて耐え続けたが、軽い目眩を覚える。……魔力が残り少ないんだ。
強化魔術が使えなくなれば、私は戦えない……。
回転の勢いが治まると、クサビは即座に距離を取る。
「はぁ……はぁ……」
「はっ……、はっ……!」
お互いに息付く暇もない攻防に肩を上下させている。
「……っ クサビ、本当に、強く……なったね…………」
私は構えと解いて本音を精一杯の笑みでそう告げる。
そして魔力切れで視界がふらつき、膝から崩れ落ちた。




