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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第4章 『花の都ボリージャ』
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Ep.71 反省会

 ベッドが並ぶ診療所で医療担当の人から退院の許可を貰った僕は、診療所を後にしてサヤ、ウィニ、チギリ師匠の4人で冒険者ギルドの飲食スペースの端のテーブル席にやってきた。


 その道すがら、今回の依頼の顛末をサヤから聞いた。

 あのマンドレイクは、僕達が探していた行方不明になっていたマレイさんだと聞かされた時は愕然とした。


 無事に連れ帰れなかった事が悔やまれる。

 依頼者のマリオットさんは報告を聞いてショックを受けていたという。

 

 サヤは、マリオットさんに心の傷を癒すには時間が必要だと思うけれど、あまり自分を責めずに弟さんと生きて欲しいと告げ、報酬の受け取りは辞退した。

 クサビならきっとそうするだろうから、と。


 確かにその場に僕がいたらきっと報酬は受け取れなかっただろう。


 チギリ師匠は当初は僕達とは別件で泉にやってきたと言っていたが、結果的に因果は繋がっていたという。

 長年かけて溜まった瘴気が露出し、今回はそこにたまたま起きた悲劇だった。

 

 幸いなのは早期に解決出来た事だ。あの瘴気溜りを放置していたら、危険な魔物が次々と生まれてしまっていたかもしれない。


 戦う力のないアルラウネのマレイさんが瘴気で魔物化しただけで、マンドレイクのような強さを持つ魔物に変貌してしまうのだ。他の動物が魔物化しても脅威となり得るだろう。



「さて諸君、今回は間一髪だったな。だが命を拾えて何よりだ」


 お茶でも飲もうという提案を受けてテーブル席に着いてお茶を飲む僕達に、言葉を投げかけるのはチギリ師匠だ。


「師匠が来てくれなかったら全滅してたと思います……。ありがとうございました……!」

 僕は居住まいを正し深く頭を下げる。

 それに倣いサヤとウィニも頭を下げていた。


 それをチギリ師匠は、我にとっては些末な事だよ、と笑う。そして言葉を続けた。


「君達は先日それぞれが決意を新たにし、それからは各々が刹那の間に力をつけて来た。我も驚愕しているよ」

  

 チギリ師匠は誇らしげに語る。

 だが、一度ゆっくり目を閉じたあとすぐ目を開いたチギリ師匠の表情には、わずかに怒りの色が垣間見えた。

 初対面で対峙した時ほどの圧は感じなかったが、鋭い視線が僕達を射抜く。

 


「……しかし、それでも尚強力な存在を前にすれば羽虫も同然なのもまた事実だ」


 僕達はその言葉を痛感していて、ただ受け止める事しか出来ない。その通りだからだ。

 でも、その事実を受け止めるように、僕達は真っ直ぐチギリ師匠から目を逸らさなかった。


 その様子にチギリ師匠はまた穏やかなものに変わる。

 僕達の意思を受け取ってくれたのだろうか。


「聞く準備はできているようだね。 ――では反省会を開始する!」



 お茶という名の反省会が始まった。

 心做しかチギリ師匠はどこか楽しそうだ。

 チギリ師匠の心境を測りきれずにいる僕達は顔を見合わせながら戸惑う。


「まずはクサビ!」

「は、はいっ!」

 名指しされた僕の鼓動が一瞬高鳴る。


「サヤやウィニからは何が起きたかは聞いている。 マンドレイクの攻撃を数発捌いたは良かったが負傷。 その後マンドレイクの棘飛ばしからサヤを庇って戦闘不能…… だったか」

 

「はい……。大体その通りですね……」


「……マンドレイクはBランク冒険者パーティでも苦戦する相手だ。その攻撃に対応出来たのは僥倖だったな」

「…………」


 チギリ師匠は、ふっと口角を少し上げて微笑んだ。


「また強くなったな。クサビ。間に合って良かった」

 ……反省会って言うからてっきり怒られるものと思っていた。僕の目頭が熱くなっていくのを感じる。……ずるいよ、師匠……!


「続いて、サヤ!」

「はいっ……!」


「瀕死のクサビを安全な場所ではなく、敵前で回復させたのは冷静を欠く行動だったな。まあ、今回は相手が悪すぎたが故、そんな機会はなかったろうがな。 だが、自力でクサビを死の淵から拾い上げたのは、サヤが懸命に魔力総量を上げ、回復魔術を磨いたからだ」


 チギリ師匠は至らなかった部分を指摘しながらもサヤの成長を温かな声色で褒めた。

 サヤも眉間に皺を寄せて懸命に涙を我慢していた。


「君は誰かを救う力を身に付けたよ。これからも励むといい」

「――はい…………っ!」

 その言葉でサヤはテーブルに突っ伏して泣き崩れた。僕はそんなサヤの肩に手を置くと、サヤの手が僕の手の上に重ねてきた。


「そして、ウィニ!」

「……はい」


「魔術師は後方から魔術を放つだけではない。相手が遠くとも決して油断せぬ事を心がけるといい。前衛に守られる存在から、互いに背中を守り合う事が出来る魔術師になる事だ。 ……そして、此度は我が駆けつけるまで仲間を守り、よくぞ時間を稼いだ」

「……ん!」


 ウィニは猫耳をぴんと立ててチギリ師匠に大きく頷いた。その眼差しはいつもの眠そうなものはなく、確かな決意を秘めていた。


「君には才能があり、そしてもう一人ではない。これからも仲間と伸ばすといい」

「…………!」


 もう一人ではない。その言葉がウィニの胸に響いたのだろう。いつものドヤポーズをしながら満面の笑みを浮かべると、一筋の綺麗な雫がウィニの目からキラリと流れた。




 しくしくとすすり泣くような音といたたまれないような雰囲気が4人を囲うテーブル席を包む。


  

 チギリ師匠は手をポンと叩き、場の空気を紛らわすように明るめなトーンで言う。

「さて! これにて反省会は終いだ。……ウィニよ、空腹だろ――」

「――とても……!」


 チギリ師匠の問いに食い気味に返答するウィニ。


「では皆で食事にしようじゃないか。 なんでも好きな物を注文したまえよ!」

「ししょお、わたしは、しゅちにくりんを所望する」


 ウィニは涎を垂らしてもうすっかり食いしん坊に戻ってたけど、僕とサヤはまだ少しだけ照れくささを抱きながら、互いに見合わせてクスリと笑い、チギリ師匠のご相伴に与る事にした。



「ふふっ。 ……我も大概に甘いものだな」

 チギリ師匠は小声でそう呟いていた。





 しばらくして、食事も終わりに差し掛かると、チギリ師匠がお茶を一口飲んでから、ああ、そう言えばと口を開いた。


「伝え忘れるところだった。君達も最初に比べて随分成長してきた。だがまだ安心は出来ないだろう」


 僕達が話に耳を傾けるのを確認すると、チギリ師匠は続ける。


「そこで一週間後、我と君達三人で模擬戦を行う。我に君達の成長を見せておくれ。そこで君達が先に進めるか見極めさせて貰う」


 僕達はハッとした後、意気軒昂な様子でチギリ師匠を見据え

「「「――はい!!」」」


 と、元気の良い声がギルド中に響かせたのだった。


 一週間後か。それまでにもっと腕を磨いて師匠を驚かせてやろう!

 明日から更に特訓だ!!

 

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