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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第4章 『花の都ボリージャ』
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Ep.70 診療所にて

 ――目を覚ます。


 上体を起こして辺りを見渡すと、そこはだだっ広い草原だった。青々とした草が風に揺られながら風の道を作っている。


 どうしてこんな所で寝ているのかと疑問に思っていると、どこからともなく遠くから声が響く。


 ――「起きなさいな。皆が待っているわ。……早く起きなさいよ!」――


 誰の声だろう。綺麗な鈴の音のような女性の声は、記憶を辿っても心当たりのある声ではない。



 ぼーっとして空を眺める。

 長閑なところだ。僕はこんなのんびりした気分は久しぶりで、つい草原に寝そべる。

 こんなにゆっくり地べたに寝るのは本当に久しぶりだ。

 僕は久方ぶりの感覚を堪能する。

 


 ――「何をのんびりしているの! 貴方にはやるべき事があるでしょう! 起きなさいったら!」――


 また見知らぬ声が何処とは無しに響く。

 この声はなんなんだ。誰がさっきから語りかけているんだろう。


 

 ――僕のやるべきことって?


 そう考えた時、突然辺り一面が液状と化し僕を水中へと引きずり込んだ。


「――……っ!?」

 突然の事で水中で殆どの酸素を吐き出してしまい、僕は苦しみでもがきながら深く暗い水底へ沈んでいく。


 必死に水面に上がろうとするが浮上してくれない。

 このままでは……

 僕は必死に水面へと手を伸ばす。……誰か――



 意識が薄れかけて目を閉じたその時、誰かの手が僕の手を掴む感触がした。

 僕は目を開けて手の正体を見る。


 長い髪と肌は雪のように真っ白く、儚さと清らかさを感じさせるこの瞳は、僕の手を掴んで真っ直ぐ見据えていた。


「……そろそろ起きなさい。 これは夢よ。 貴方は貴方の果たすべきを果たしなさい!」


 不思議な事に水中で声を発する見知らぬその白い人は、そう言うとぐんっと僕を水面へと引っ張り出し、水面から顔を出したと同時に目の前は真っ白になった――


「――――そして早……私を…………しに……て」





 ――目を覚ます。

 白い天井がまず目に入る。

 上体を起こして辺りを見渡すと、複数並べられた白いベッドが置かれた部屋で、そのうちの一つのベッドに寝かされていた。


 どうしてこんな所で寝ているのかと、ぼーっとする頭で考えていると、僕は記憶に残っている直前の出来事を思い出し、ハッとする。


 ――そうだ。僕達はマンドレイクに出くわして……。


 あれからどうなったんだ。それにここはどこなんだ。

 皆は無事なのか! こんな所で寝ている場合じゃない! 二人の無事を確かめないと!――


 

 その時、立ち上がろうとした僕の近くのドアが開いて、僕の焦燥感は安堵へと変わった。


「――クサビ……。よかった」

「くさびん、よお」

 ドアを開けて一瞬ハッとしたサヤが、心底安心したように優しく微笑んでいた。その後ろにはいつも通りのウィニがいる。


 二人はベッドの所まで来て、事の経緯を説明してくれた。


 ここはボリージャの街の診療所で、マンドレイクと対峙した僕は棘が全身に刺さった状態で搬送されたらしい。

 マンドレイクにやられて倒れた僕を、サヤがすぐに回復させてくれて、その回復魔術で命を繋いでいなかったら危なかったという。


 ウィニはサヤが回復をしている間マンドレイクの攻撃を一身に受けていたという。あの強烈な攻撃をその小さな体で……。


 そこにチギリ師匠が駆け付けてくれて、マンドレイクは討伐され、僕達は救出された、と。



「……そうか……。僕は二人に助けられたんだね。……ありがとう。サヤ、ウィニ」


 ベッドに座る僕の横に座っているサヤは僕の手を握って俯きながら無言で頷いた。


 ウィニはドヤポーズしてるだろうと思って見たけれど、珍しくも『ぶい』と言ってピースだけしていた。

 

 サヤの方を見て一瞬あっとした顔になったウィニがいきなり踵を返した。 

「……あ、あー、わたし、ししょおをよんで、こよー」


 ウィニは妙に棒読みで、わざとらしく焦ったようにそそくさと部屋を出ていった。なんだ? どうしたんだろ。


「今のウィニなんか変だったね。なんだろ――」


 そう言いながらサヤに笑いかけると、突然サヤが僕に抱きついてきた。

 驚いた僕は少しだけ慌てたが、サヤが震えているのが伝わり、僕はサヤの気持ちを察した。

 

 ずっと泣きたくなるのを我慢していたんだね。ウィニがいたから気持ちを抑え込んでたんだ。

 すまなかった。サヤ。


「――本当に、本当に無事で……よかった…………!」

 肩を震わせ泣くサヤが、その時ばかりはとてもか弱い存在に思えて、安心させるようにサヤの肩を抱いた。


「サヤ、君は命の恩人だね。本当にありがとう」

 サヤは返事の代わりに僕をきつく抱きしめた。

 そんなサヤの頭をゆっくりと撫でる。


 こんなにも心配をしてくれる幼馴染を、いや――

 

 もうサヤはただの幼馴染じゃない。もう随分前からただの幼馴染として見れなかった。

 ……自分に嘘をつくのはもうやめだ。


 僕は僕自身に誓う。僕のかけがえの無い愛する人に悲しい思いはさせたくない。サヤをこれ以上泣かせはしない。


 


 しばらくサヤに胸を貸していた。

 ようやく泣き止み、落ち着きを取り戻してきたサヤは無言で僕の胸に顔を押し付けながら抱きしめていた。

 

「サヤ」

 

 愛する人の名を呼ぶと、サヤは涙でぐしゃぐしゃにした顔で僕を見あげてくる。

 僕は決めたよ。もうこんな顔はさせない。涙を流すなら嬉しい時にだけ流そう。一緒に。


「…………」

 目に涙を貯めたサヤの涙を指でそっと拭う。

 そしてサヤの頬に手を当てると、少し紅潮して色っぽい表情をしたサヤはゆっくりと目を閉じた。


 ……僕はサヤに顔を近づけて、その唇に――


「おや、ウィニ。そんな所で突っ立ってどうした?」

「「――ッ!!!」」


 僕とサヤは、バッとすごい勢いで居住まいを正して少し距離を離して座り直した。お互いに恥ずかしさで俯く。

 僕の心臓もバクバクと高鳴っていた。


 すぐにドアが開き、チギリ師匠が入ってきた。

「うむ。目覚めたようだな。もう大丈夫そうで何よりだ」

「は、はい……。ご心配お掛けしました、あははは……」



 ん? と首を傾げるチギリ師匠。後ろには下唇を噛んで心底悔しそうな表情のウィニがいた。あまり見たことないぞその顔。


 僕は、内心でちょっぴり残念な気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまったのであった。


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