Ep.69 Side.C 救出
風の魔術を駆使し、全速で現場に向かった。
近づくにつれ感じる邪悪な気配が、徐々に濃くなるのを感知していた。
もはや泉には瘴気溜りではない、別の何かが存在しているのは確定だ。
最悪な展開だ。
弟子達と遭遇した可能性はかなり高いはずだ。
だとするならば既に戦端は開かれたと判断していいだろう。
――もう時の猶予は幾許かも許されない。
我がかの泉に到着した時だった。
目に飛び込んできたのは、ちょうど今まさに高く打ち上げられている白髪の猫耳族の女子。
我は風の魔術で慣性を緩め、我が腕に引き寄せた。
全身ボロボロになり傷ついた、我が弟子の一人であるウィニエッダ。膝を負傷し出血している。
ウィニは僅かに残る力で弱々しく目を開き、我を認識する。
「――……し、しょぉ……。みん……な……を…………」
そこまで言うと、ウィニは力無く意識を失う。
……ウィニは大丈夫だ。命は途切れてはいない。
我はウィニを泉の傍に寝かせ、防御魔術の障壁を張る。
案ずるな。我が君達を死なせはしない。
そして――
残る弟子の二人であるクサビとサヤ、そしてその目の前で笑いながら眺めている魔物の間に、風魔術を使って加速し躍り出た。
「……ふん」
我はマンドレイクに腕を振って風の刃を含んだ竜巻を見舞う。するとあやつは蔓も胴体の花も散々に切断され悶えている。同時に再生も始まっているようだ。
だが、暫くは動けまい。
我は後ろにいる二人の弟子に振り返る。
全身に棘を受け瀕死の様相のクサビと、その命を必死に繋がんとするサヤ。
それを悪辣極まりなく顔を歪めて、愉悦と言わんばかりに嬌笑して眺めているマンドレイク。
奴が何を企んでいるかは顔に書いてある。
サヤにクサビの命を救わせ、その後目の前で殺して、サヤの反応を楽しむ算段であろうよ。
…………下衆め。
なるほど。状況は把握できた。
まずクサビが倒れ、それをなりふり構わず回復しようとしたサヤを、ウィニが守っていたのだろう。
弟子の判断違いを指摘してやらねばなるまい。その為には全員を生きて帰す事が大前提だ。
我はサヤに落ち着いて語りかける。
「サヤ。もう案ずることは無い。クサビは一命を取り留めたよ」
「し、師匠……? よかっ……た…………」
そういうと、弱々しくなった回復の光が消え、朦朧とした様子で涙を流したサヤが我を見ると、僅かに微笑み、魔力切れを起こして気を失った。
死の淵にあったクサビを自力で救って見せたか。サヤ、成長したな。
だが、やはり叱らねばなるまい。
――さて。
我はマンドレイクに向き直る。
そして溢れた魔力が波導となって漏れ出す。
今の我は些か機嫌が悪い。それもこれも目の前のこやつが原因なのだから無理もない。
「此度はよくも我が愛弟子をいたぶってくれたね」
我の放つ気配に怯んだ様子を見せたマンドレイクだったが、すぐに再生した蔓を広げ威嚇してくる。
「再生したか」
我は呟く。そしてマンドレイクに殺気を向けた。
――ギイイィエエエ!――
殺気を向けた直後、マンドレイクは我に全ての蔓で打ち付けてきた。
が、我にたどり着くまでにその全ての蔓が粉微塵となる。あやつは何が起きたのか理解出来ていないようだ。
我は自身の周りを高速で取り巻く風の刃を展開させていたのさ。それに触れればたちまち細切れと化すというわけだ。
まあ、貴様には見えまいよ。
「――今から行使する魔術は、我が弟子が考案したものでな、使い所によっては有用であるが故、我も取り入れようと思ったものなのだが……」
我は怯むマンドレイクに右手を突き出す。
「我が弟子は優秀だろう? 他の二人にも目を見張るものを感じていてな、成長が楽しみなのだよ」
右手に魔力が集まり赤い閃光となっていく。
「……故に、貴様なんぞにその命はくれてやれん。大人しく塵芥となるがいい」
殺気に身動き一つしないマンドレイク。
我の魔術構築は完了している。
「……ふむ。確かこのような名前だったか? ――ブレイズ・レイ」
我の右手から、手のひらのふた周りは大きな熱線が放たれた。
――ギィィィィィィィ!!――
マンドレイクのけたたましい絶叫が反響する。
我の右手から照射し続ける熱線がマンドレイクを焼き続け、溶かし続ける。
勝手に再生してもすぐに焼かれるその様子に、マンドレイクは苦しみ悶えながら、少しずつ自身の形を保てなくなり、やがて消滅した。
後に残ったのはマンドレイクの胴体部分の花だけで、他は完全に焼き切ってしまった。
我はまず三人の弟子を並んで寝かせ、様子を確認する。
クサビはサヤの回復魔術により一命を取り留めた。あとは街でさらに治療を受ければ大事ないだろう。
サヤとウィニも怪我をしているが魔力切れで気を失っているだけだ。命に別状はない。二人は我が今治療するだけで事足りるだろう。
マンドレイク相手にDランク冒険者が死者もなく生還した事は幸運だった。我はここに着くまで、この三人のいずれかが死ぬ可能性があるのを覚悟していたのだから。
ほどなく、応援に駆けつけた守備隊の兵が、クサビ達を搬送していく。弟子は守備隊に任せ、我は残った数名の兵と共に瘴気溜りの調査という、自身の任務を遂行する為行動を開始した。
瘴気溜りの在り処に関しては調査するまでもなく、気配が漏れ出していた。
我は大木の幹の下に続く穴を見つけ、その中は高濃度の瘴気溜りとなっている事を確認した。
もしやこれは、聖なる泉の水に関係するのではないだろうか。
仮説ではあるが、この泉から湧き出る水は聖水と引けを取らないほど聖なる力を宿した水だ。
そうなる過程で、淀んだものが濾過されてできているものだとすると……
――その淀んだものは何処へ行く?
その淀んだものは近くにあった木の根を伝い、木の下に溜まり瘴気と化して、土が腐り穴が出来る。
溜まり続ける瘴気は日に日に濃度を増し、やがて地上への土も腐敗し始める。
そこへ昨日行方不明になったというアルラウネの娘が、運悪くこの瘴気溜りの真上に立ってしまい、底が抜けて穴に落下した。
この高濃度の瘴気だ。脱出する間もなく瘴気に呑まれたその娘は、魔物化しマンドレイクとなり這い出て、弟子達を襲撃するに至る――
そのように推察すると全て辻褄が合うのだ。
我はそのように兵達に報告する。
そして浄化の為に同行した兵達と共に瘴気溜りを完全に浄化した。
我は穴の中に入る。兵はそれを止めたが、問題はない。
穴の中は先程のマンドレイク台の大きさの穴だった。
我は穴の端に何かが転がっているのを見つける。
「――――……やはりそうだったか…………」
我が見つけた物は、瘴気に侵されすっかり変色してしまった薬草が入った、壊れた背負い籠であった。
これは行方不明になったアルラウネの娘、マレイの籠であろう。やはりあのマンドレイクは魔物に変貌したマレイに相違ない。
我は一抹のやるせなさを残しつつ、ここに行方不明と瘴気溜りの調査の完了と断定するのだった。




