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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第4章 『花の都ボリージャ』
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Ep.58 ギルドの中での一日

 約束の時間が近づき、僕は冒険者ギルドの地下にある訓練所にやってきた。


 少し早めに来たけれど二人はもう来ているだろうか。


 そう思いながら訓練所の扉を開くと、激しく何かを打ち付けるような音が響いた。

 音の元を辿る間もなくすぐにわかった。


「――はっ! ……せい!」

 真剣な面持ちで、人を模した木製の訓練台に木剣を叩き込んでいるのはサヤだ。艶のある赤いサイドポニーテールが、攻撃を打ち込む度にしなやかに揺れていた。


 サヤは深く集中していて僕に気付かない。

 玉の汗が滴るのも気に留めず真剣な眼差しでひたむきに稽古に打ち込むそんな姿に、僕は綺麗だと思った。

 思わず見惚れてしまった。


 ……いやいや。

 僕は首を振って惚けた頭を無理やり覚醒させる。


 さっき花の精霊様に変な事言われたから、少し意識しちゃったんだ。気持ちを切り替えていこう。

 今の僕に、使命以外のことなんて考えてる余裕はないよ。


 ……本当はわかってる。自分でも薄々気付いている。


 僕はサヤが好きだ。

 一緒に居たいと思うし、居て欲しいと思う。


 でも、僕が託された使命を果たすための旅は、いつ命を落とすとも知れない危険極まりないものだ。

 もしサヤと結ばれて今よりも大切で守るべき人となり、旅路の末にどちらかが命を落とすような事になってしまったら……。

 

 サヤを悲しませるのも嫌だし、サヤまで失う事態になったら僕はきっと耐えられない。

 

 

 ……これ以上失うのが怖いんだ。

 だから新たに本当に大切なものを持つのが怖いんだ。


 もしいつか、この恐怖に打ち勝つことができたなら、その時は――


「――くさびん。よお」

「おわっ」


 いつの間にか背後にウィニが立っていた。

 訓練所の入り口で突っ立ってる僕を不思議そうな顔で見ている。そして、その視線の先のサヤの存在に気付くと何かを察したような顔に変わった。そして僕の肩に手を置いて


「……くさびん。勇気をだしてっ」

「な、何を言ってるのかなー……」

 

 ウィニは仏頂面で両手をグーにして胸の上辺りに持ってきている。なんか語尾にぞい! とか付けそうなポーズだ。


「…………二人ともそんなところで何してるの?」


 ウィニとやいのやいのしていたら、こっちに気付いたサヤに呆れられてしまった。

 

 とりあえず訓練しよう……。また一人の時にちゃんと考えないと。


 


 今日もチギリ師匠が居ないので、まずはサヤと僕で立ち合い稽古をする。ウィニはその間、無詠唱で発動させるための瞑想の訓練だ。


 僕とサヤが向かい合って一礼し、手鞘から木剣を抜いて構える。サヤの表情は真剣そのものだ。その構えにはつけ入る隙がない。


 サヤには剣の才能があった。村で剣術を習ってからというもの、メキメキと頭角を現し同年代では負けなしだった。

 僕も何度も叩きのめされたっけ。


 あの時と今ではどう違うだろう。実力差は歴然だが少しは食い下がれるといいな。


「いくよ! サヤ!」

「ええ! 来なさいっ!」


 僕は木剣を上段に構えて接近する。間合いに到達し打ち込む直前に、右中段に構えを変え水平斬りを放つ。


 サヤはそれを難なく受け剣を逸らして受け流し、逸らされた僕は体制を崩して隙をさらしていた。


「一撃で満足しないで! 反撃されるわよ!」

 そう叫んだサヤが僕の右腕に木剣を打ち込む。


 じんじんする痛みを甘んじて受ける。痛みなくして成長なしとは、村の剣術指南役のヒビキさんからの教えだ。


 再度距離を取って正眼に構える。

 ――と、次の瞬間にはサヤが目の前にいた!

「――――ッ!!」


 強化魔術を解放させての急加速。

 サヤの左上からくる剣に、咄嗟に剣の腹でブロックした。

 木剣と木剣がぶつかり合う音が小気味よく響く。

 なんとか受ける事ができたが、強化魔術で威力が増した一撃を耐えきれないと判断した僕は後ろに弾けるように飛び退き、サヤに剣先を向けて片手で構える。

 

 受けた手が痺れて剣先が震えている。強化魔術に対抗するにはやはり強化魔術が使えなければ太刀打ちできない。


 僕は意識を足に集中する。魔力を巡らせて足の筋肉が活性化するイメージを練る。

 飛び出すと同時に足の魔力を解放した。その瞬間足に力が漲り爆発的に加速した!

 

 加速しながら意識する。次は左手に魔力を……ああ、もうサヤが目の前に……!

 

 強化魔術の構築が間に合わない。これを無意識に出来て剣士と言えるのだから、下級と中級の間の壁は厚く高いな。


 サヤとの距離が剣の間合いに入り僕は中途半端に移した意識のまま右上から斜めに攻撃を放つ。意識散漫で貧弱な攻撃は当然容易く受け流された。


 僕と同じ方向に木剣を受けて流すように振り下ろし、僕の体ごと逸らしたサヤは勢いを殺さず回転して、前のめりに体制を崩した僕の背中に木剣を叩き込んだ。


「いでっ」


「飛び込みは良かったわね! でもその後の一撃はむしろ弱かったわ。強化を意識的にしていると間に合わないから感覚を掴むといいわよ」

「わかった……。まだまだ無意識にするのは難しいね……!」

 

 背中を擦りながらサヤの言葉を受け止める。

 無意識に強化魔術を発動するには、体の部位ごとに強化する感覚を体に染み付かせる事が習得のコツだと教えてくれた。それなら自主練でも出来そうだ。朝のメニューに追加しよう!


「少し休憩しましょ。ほら、治療するからこっち来て」


 サヤに言われるがまま回復魔術を受ける。稽古の時のサヤは厳しいけど、回復する時のサヤは穏やかな表情をしている。


 サヤも魔力総量が少しづつ上がってきたと喜んでいた。しかも簡単な回復魔術なら無詠唱で発動できるようになったそうだ。

 じんじんしていた傷の痛みがすっかり消えた。


「ありがとう、サヤ。全然痛くないよ」

「どういたしまして。……まあ私が付けた傷なんだけどね。ふふ!」


 冗談ぽく笑うサヤに苦笑する僕。サヤの回復魔術にはまだまだしばらくお世話になりそうだ。



「あ、そういえばウィニはどうだろ」


 ウィニに視線を移すと瞑想を継続している。……よね?

 寝ているようにも見えるけど、集中しているようにも見える。


 僕とサヤは、そんなウィニに声を掛けていいものか迷っていると……


「…………すぴー」

 寝息が聞こえた。真剣な表情で。


「寝てるね……」

「……縛って近くでお肉でも焼いてやろうかしら」

 確かにそれが一番効きそうだけど……


 ウィニには、サヤが耳元で『チギリ師匠が見てるよ』と囁いたら文字通り飛び起きたのは面白かった。



 その後僕とサヤは、ウィニから魔術を教えてもらったり

と、夜になるまで訓練を続け、帰りにギルド内の飲食スペースで夕食を取る事にして、3人でテーブル席に腰掛けた。


 食事を楽しみながら今朝あったことを思い出す。花の精霊様に会った事や、勇者や剣の伝承の手掛かりの事、そして次の目的地についてを話した。


 それを聞いて頷いたサヤが言葉を紡ぐ。

「聖なる水の都、か。サリア神聖王国の首都である、聖都マリスハイムの事ね」


 聖都マリスハイムかあ。大国の首都ということはきっと立派な街に違いない。ボリージャよりも大きい街なのかな。そう思うと、まだ見ぬ国の街がどんな街なのか心が踊る気持ちになった。


「じゃあ、次の目的地は聖都マリスハイムで決まりだね!」


 サヤが頷く。ウィニは切り分けたお肉をモシャモシャ食べながら目だけこっちに向けた。

「……むぐむぐ…………。そこ、おいしいごはんある?」

「そうだね、何があるか楽しみだね」


 ウィニの耳がぴこんと立ち、元気に『ん!』と返事をした。

 何か楽しみな物があるか期待できれば、ウィニも遠方の旅も頑張れるかもしれないからね。


「それなら後はここでもう少し稼いで、チギリ師匠の下で鍛えられるだけ鍛えましょう」

「うん。僕もそう思ってた。暫くはここで頑張ろう」

「ん。……むぐむぐ。……わたしも……むぐむぐ。……この街のごはん食べ尽くしてな――」

「――食べながら喋らないの!」


 一人だけとんでもない事言ってた気がしたけど……

 

 一先ずはここに滞在するのは一致したみたいだね。と僕はウィニに呆れながらも、また明日からの冒険者稼業に気合いを入れ直した。


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