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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.404 アウレア

 人の心に光と闇があること。……僕はそれを知っていた。旅を通じてこの目で見て来た。



 例えば聖都マリスハイム。


 そこには富裕層が暮らす区画があり、絶えず灯りに照らされた煌びやかな建物が建ち並ぶ反面、その裏では貧民達が暗い路地裏でひっそりと生活する区画もあった。


 裕福な者の方が明らかに少ないものの、それでも貧しく苦しい者達から嫉妬や憎悪が生まれるのも自然な流れだったろう。


 魔王となり得る要因はどこにでも、誰にでも潜んでいたんだ。


 人が生み出す負の感情に、魔王の元の精霊は、その敏感過ぎる感性であるが故に感情を取り込み過ぎて、きっと苦しんだに違いない。


 ――魔王もまた、被害者なのだ。


 僕はそう思ってしまった。倒すべき相手に同情してしまった。



「――さあ、魔王の過去は見せた。では問うわよ未来の世界の勇者」

「……はい」


 光の祖精霊の声が辺りに反響して消えていく。そして凛とした様子で声が紡がれる。


「アンタは勇者としての使命を抱きながら、魔王をどうするの? やはり倒して世界を救うの?」

「……はい。僕はそのためにここに来ました」


 僕は迷うことなく即答した。


「でも――」


 僕は顔を上げて決意を込めて言い放つ。


「僕は魔王を憎みはしない。例え両親を奪った相手であろうとも。……これはもう随分前には決心したことです。でも僕は、魔王を『倒す』のは辞めました」


「……どういう意味?」

 

 光の祖精霊がそう聞き返してくる。

 

「……救います。光の精霊を。悪意という魔王から!」

「……ッ!?」


 僕の返答に光の祖精霊は息を呑んだようだった。


「そして世界の人々に示すんです。人を思いやること、愛することを。……綺麗事なのは承知の上です。……でも! 僕はそれを成す!」


 僕が叫ぶように答えると、漆黒の空間が揺れたように感じる。


「……魔王を倒すべき敵としてではなく、救うべき者、と?」


 光の祖精霊は再び確認するように問いかけてきたので、僕はそれに強く頷いたのだった。


「ふ、ふふ……」


 すると彼女は笑い出す。


「あはははは! まさか……そんな平和ボケみたいな答えを大真面目に言うなんてね……! でも、気に入ったわっ」


 その笑い声は弾むような声に変わって僕の耳に届く。


「……試練は合格よ。おめでとう。……そしてありがとう、クサビ・ヒモロギ」


 ――その直後だった。

 視界が突如光で満ちていく。


 眩しさに思わず目をつぶり、そして目を開いた時、そこは以前と同じ、光の祖精霊の部屋に居た。


「クサビ!」


 アズマ達が僕の名前を呼び、僕は振り返る。


「クサビっ! 試練はどうだったの?」


 サリアが僕に駆け寄ってきてそう問いかけるので、僕は微笑みながら頷いた。


「試練は合格です!」

「おめでとうっ! 必ず試練を乗り越えるって信じていたわっ!」


 サリアを始め、皆がそれぞれ賛辞を送ってくれた。

 いや、ウルグラムはそんなこと絶対しないけど。


「そ、そういうこと……。わ、わたっ……わたしが課した試練はっ……ゆ、赦しと、理解の心を持ってるか……どうか……」


 光の祖精霊は、試練の時のような凛とした雰囲気は微塵もない、人見知り全開といった様子で、すっかり元通りになって、俯きながら言葉を発した。


 もちろんリーヴァの背に隠れながら。


「クサビに協力してくれるのね? 光ちゃん」

「そ、その通りですぅぅぅ! ――ほらアンタ! は、早く手を出しなさいよっ……!」


 光の祖精霊がリーヴァから僕に顔を向けて、そう言ってくるので僕は頷いた。


 手を差し出すと、その掌の上に光が凝縮し、やがて白色の結晶となった。

 他の祖精霊とも同じように、封印剣の触媒となるであろう、光の結晶だ。


 それを握りしめて僕は光の祖精霊に礼を言った。


「ありがとうございます……!」

「……あ、アンタの覚悟はわかった。……でも勘違いしないでよねっ! わたしはお姉さまの為であってアンタの為じゃないんだからっ!!」


 光の結晶を渡した光の祖精霊は大きく距離を取って喚く。


「は、はい……。ははは」


 僕は苦笑を漏らすしか出来なかった。


「あら? ということは、私に免じて契約もしてくれるのよね? 光ちゃん?」


 と、リーヴァが意地の悪そうな笑みを浮かべて尋ねると、光の祖精霊はヒィィィ!? と声を荒らげている。


「だ、だれがこんな人間と契約なんか……っ! い、いくらお姉さまの美し過ぎるご尊顔に免じたとしても――」

「ひ、か、り、ちゃーん?」

「――ッ!? はい喜んでやりますお姉さまぁぁぁ〜」



 そんなやりとりが繰り広げられた後。


「わ、わたしも契約してあげるわよっ……。でも魔力切れで倒れても知らないんだからっ!」


「もう今更だ。クサビなら大丈夫だろう」


 僕達のやり取りの横からシェーデが心配も微塵もないという様子でそう言い放つので、僕は苦笑しながら頷いたのだった。


「……じゃあ、契約を始めるよ」

「わ、わかったわよっ! ……早くして」


 光の祖精霊から僕の胸に魔力が吸い込まれていく。そして……。


「『アウレア』。君の名前は、アウレア!」


「――ああぁぁッ!? こ、この……わたしの尊厳を……ぐぅぅぅっ! ……〜〜〜っ、わかったわよ……クサビ……!」


 終始騒がしいが、他の祖精霊同様に自分の中に光祖精霊アウレアの魔力が混ざり合うのを感じると、やがて無事に契約を終えることができたのだった。



「また一人、祖精霊が加わったね。クサビ、お疲れ様」


 アズマが歩み寄って肩に手を置いて労いの言葉をかけてくれた。


「ありがとうございます。……確かに光の魔力の存在を感じます」


 僕は自分の胸に手を当てながら答える。


 そして、他の祖精霊契約の時と同じように、根拠はないが出来る、という感覚があった。

 おそらく、今の僕なら瘴気を浄化できる。そんな予感がするのだ。


 僕が以前、剣に宿ったアズマの記憶から習得し、そして時の祖精霊との試練の末に心を壊した時のことだ。


 己が闇との対峙で編み出した浄化の魔術『希望』にも、アウレアの魔力を引き出すことができるようになるだろう。


 きっとその光の力は、魔王との戦いにおいてそれこそ人類にとって大きな希望となるはずだ。


 ……魔王は元々は光の精霊だった。

 あまりに無垢で真っ白な心の、ただ好奇心旺盛な精霊だったんだ。


 真っ黒な心と化した彼――魔王――を、僕はもはや憎まめない。

 だから魔王を倒すとは、もう言わない。



 ――――きっと、彼をも救ってみせる――――。



 それこそが僕の真の成すべきことなのだ、と。

 苦しみもがいて変わってしまった彼のあの姿を見た僕だからこそ……成さなくては。

 誰からも疎まれ恐怖される魔王の事を、僕だけは理解していなければならない。僕は僕のやり方でそれを示そう。




「あれっ? アウレア様……まだ戻ってきてないのかしら?」


 ふとサリアの疑問の声が響く。


「ふむ。確かに元々ここにいるのだから、すぐに現れてもいいはずだがな」


 シェーデも辺りを見渡しながら、サリアの疑問に同調を示している。


 すると、部屋のドア脇に控えていた双子の精霊たちがずいっと前に出てきて口を開いた。


「勇者様がた」

「お任せ下さい」

「……?」


 何のことかと皆揃って疑問符を浮かべると、二人の精霊はすたすたと部屋のベッドのすぐ横の柱に向かって歩いていき、その奥へと消えると。


「ちょ……あ、アンタ達っ……や、やめええぇっ!」


 中からそんな声が上がったかと思うと、物音と共に二人の精霊が、光の祖精霊の両脇を抱えるようにして現れたのだった。


「ヒィィィー! あわよくば帰るまで隠れてようと思ったのにぃぃぃっ!」


 光の祖精霊アウレアはその両脇に抱えられたまま、じたばたと暴れている光景に、リーヴァは顔を手で覆って溜息をつき、その他一同は苦笑するばかりであった。


「……ではクサビ? 私は役目を果たしたから戻るわ。また呼んで頂戴」

「あ、うん。本当に助かったよリーヴァ! ありがとう!」


 お礼を言うとリーヴァは糸目を湾曲させてふっと微笑んで頷くだけに留め、そして光の粒となり消えていった。


「ああぁぁ〜お姉さまぁぁ……。あ、アンタ達も早く帰んなさいよっ、 しっし!」


 いつの間にか双子精霊たちから解放されていたアウレアは、手でこちらを払うように振っている。

 柱に半分隠れながらだけど。


「ははは……。じゃあ僕達も行こうか」


 そんなアウレアの様子に苦笑しながらも、アズマの言葉に全員が頷いた。


「「またのお越しを、お待ちしております」」


 双子の精霊が綺麗なお辞儀をして言葉を送ってくれる。


「うん、ありがとう! ……またっ!」


 そうして僕達は踵を返し、神殿の外で待つセイランと合流して、天空島を飛び立つのであった……。

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