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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.403 悪意の誕生

 そこは曇天に染まった、とある平原だった。


 上空から俯瞰するように映し出された景色の眼下では、人の群れが蠢いていた。


 それはまるで一体の巨大な生物のようにも見える。

 そしてその反対側にも、似たような光景があった。


 太鼓や笛の音、そして人々の喧騒が響き渡り、平原に向かい合う二つの群れの距離はみるみる間に縮んでいく。


 そしてそれは激しくぶつかり合い、喧騒は怒号へと変わった……。


 戦争の様子だ……!

 人と、人とが殺しあっている……っ!?


 僕の時代では、魔物との戦いはあれど、人同士の争いなど無かった。

 本来手を取りあって行かなければならない存在が、血を流し、四肢を斬り裂き、狂乱めいて、命乞いをする者を笑いながら殺す様子もあった。


「ヒィッ! ――頼む命だけはッ」

「クカカカカッ! 弱者は死ねい!」

「がぁぁぁッ……!」


 ある者が、地に伏した者に剣を突き立て狂笑しながら骸を生み、次の瞬間には骸となって横たわる。

 ……地獄のような惨状が目の前に広がり、僕は吐き気を覚えた。


「――かつて人間は、己の領土拡大を理由に戦争を繰り返した戦乱の時代があったわ。こんな光景が、世界の至る場所で起こっていた」

「――――っ」


 僕は絶句することしか出来なかった。

 これが……過去にあったことだと言うのか……!

 人が人を殺し合う姿……こんなおぞましい光景が、かつて世界にあったというのか!


 狂った戦場で、人の心はこうまでもおぞましいものに侵されてしまうというのか……。



「……もう想像つくでしょ? ……ほら。居たわ」

「――っ! あっ……」


 光の祖精霊の声の直後に僕は見付けてしまった。戦場のど真ん中、血溜まりの中で蹲る存在を。


 人型を象った白い光の存在だ。

 かつて丸い玉の形だった光の精霊は成長して中位の精霊となっていた。


 以前の映像よりも、精霊の白き光に混ざった濁りが濃い。


「アアア……ッ――」


 ここでもまた周囲の感情に晒されて、頭を抱え首を振りながら、地獄に蔓延する負の感情を一身に取り込み苦しんでいる……。


「……わたし達他の精霊は、彼が蝕まれている事に気が付かなかった。……彼の心に『悪意』が生まれてしまうまで、誰も……」


 己の意志とは無関係に負の感情を取り込み続ける光の精霊に、黒い風のようなものが集まり溶け込んでいく……!


 そして頭を抑え地面に苦しみのたうち回る光の精霊が、みるみるうちに黒くよどんで行く。


「ウウウゥ……! ――アアアァアアアァーーッ!!」


 そして悲鳴を上げる精霊から、突如ドス黒い何かが膨れ上がり、それは一気に広がった。

 周囲の光をも飲み込み、その光を喰らい尽くすように吸収して巨大に膨れ上がり……。


「――この時彼はもう精霊では無くなってしまった。完全な『魔』となり憎悪に満ちた悪意の権化が、この時誕生してしまった……」


 光の祖精霊の言葉が重々しく僕の頭へと降り注ぐ。

 そして僕は息を呑む――。


 ドス黒いそれが元の位置に一点に集束したあと現れた、変わり果てた光の精霊の姿に見覚えがあったからだ。


 僕の故郷を滅ぼし、両親を殺したあの『魔王』そのものの姿をしていたのだ……!


 闇でできたボロボロな外套のようなものに包まれ、頭の位置にはどこまでも深い闇――命すら持っていかれそうな程のおぞましい闇――に目が赤い閃光となって浮かぶ異形の姿に、僕はかつて相対したあの時の戦慄を思い出した。


 ……だが、そんな魔王の姿を目にした僕の胸中には、かつて抱いた憎しみや復讐心はなく、魔王に至る様に同情すら覚えてしまっていたのだった……。


 そして……。


「――クカカカカッ! 心地良いぞこの憎悪、激情、恐怖が! 力が漲ってくるわ!」


 魔王はその場で立ち上がり、歓喜の声をあげる。


 突如発生した異常事態に、殺しあっていた人間達は戦いを止め魔王へと集まっていく。


「なんだコイツは! 魔物かッ!」


 そう叫んだ兵士の一人が剣を抜いて叫び声をあげ斬りかかった! ――が。


「黙れ虫ケラ」


 魔王が右手を上げると黒い風が吹き、近づいた兵士の首が飛んだ。

 鮮血を撒き散らした首のない兵士が、一呼吸の間の後、力無く崩れ落ちる。


「ヒッ……!?」


 その光景に周囲の兵士たちは動揺する。


「クカカッ! その恐怖は心地良いぞ! 虫共にも利用価値があるというものだな」


 戦場の兵士達が戦慄する様子が瞬く間に全体に広まっていく。

 その中でも魔王に近く、魔王の顔の部分の深淵を覗いてしまった兵士達が発狂し始めた。


 ……ヤツの、魂を引きずりこむかのような深い闇の奥の顔を見ただけで、強い意志のない人は壊れてしまうんだ。僕はそれを知っている。


 魔王の顔を見たある者は金切り声を上げて半狂乱になり、ある者はその場にへたり込み震え、またある者は倒れ伏して泡を吹いて白目を剥いている……。


「な、なにをしているッ! あ、あの……化け物を……殺せぇッ」


 指揮官らしき者が兵士達に激を飛ばすが、彼らは魔王に恐怖するばかりで全く言うことを聞かない。


「良いぞ……貴様らのその恐怖が、妬みが、憎悪が我の力となるのだ。もっと恐怖をよこせ! 我を見ろッ! クカカカカ!」


 魔王はそう叫んで周囲に闇を放った! 雨のように降り注いだその闇に触れたものは、全て黒く染まり尽くされてゆく。

 そして黒く染まったものは、地面に押し潰されると、人の形も留めることする出来ず血溜まりと混ざり合う……!


「やめろォォ!」


 僕は断末魔が響く凄惨な処刑場と化した戦場に叫んでいた。


「無駄よ。これは記憶。アンタがどれ程声を上げたところで届きはしない……」


 光の祖精霊の悲哀を含んだ声で、僕は握り拳を強く握って歯噛みするしかなかった。


 ……やがて断末魔は静寂へと変わり、その平原には血の海が広がるのみとなっていた。

 両軍一人残らず全滅だ。もはやその場にいる者は誰もいない。


 ――魔王を除いては。



 魔王は何気なく血溜まりの縁に立ち、血溜まりを見下ろす。


「……足りぬ。この程度では足りんぞ……。もっとだ! もっと醜悪な感情を生み出せ虫共よ! この我を満たせる程にな!……クカカカカッ!」


 そう叫んだかと思うと魔王の姿は掻き消え、惨状だけが残された。



「……この時、わたし達精霊と彼は完全に袂を分かった。魔王となった彼の悪意は精霊すらも蝕んで、浄化しようと彼に接触した同胞が、順に犠牲になっていったわ……」


「…………」


 僕は無言だった。


「もっと早く彼の変化に気付いていれば……。元の彼を知るわたしには、他の精霊が彼を憎んでも……。元は同じ光の精霊であるわたしだけは、ずっと彼を憎むことは出来なかった……」


 光の祖精霊の独白のように紡がれたその声からは悲哀の感情が感じられた。後悔しているのだろう、微かに声が震えていた。


「……今見せたのが、魔王の誕生の情景よ」


 先程の声色から一変、冷たい声色でそう言った。


「……人の心が、ああも残虐な存在を生み出してしまうなんて……」


「そう。そしてそれは人も精霊も、心を持つ者なら、多かれ少なかれ誰にだって起こり得ること……。でも魔王には強大な力があった。だから最悪の形となってしまったのよ」


「心を持つ者なら誰にだって……。だとしたら……世界を本当の意味で救うには……魔王を倒すだけでは足りないのか……?」


 ……魔王の誕生の経緯を知り、世界の根底に潜む闇に気付いた。繁栄と栄華を極めた豊かな暮らしが光とするなら、その裏側には必ず闇が寄り添っているということも。


 妬みや憎しみ、恐怖、嫉妬……。あらゆる負の感情が、些細な始まりから大きく膨れ上がって、心を醜く歪ませることを知った。


 それは第二、第三の魔王の誕生の一端となるのだ。


 だとするなら僕は……。

 僕が掲げた、世界の人々に希望を。という使命は、自分が考えていたよりも遥かに重いものなのかもしれない。



 ……そう思案を巡らせていると、惨たらしい戦場跡の景色が切り替わり、最初のような空間へと戻っていた。

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