Ep.402 光の試練
僕達は光の祖精霊に、僕の素性や旅の目的、そして目的を話した。
初めは訝しげな表情で聞いていた光の祖精霊だったが、未来の世界で魔王が復活し、世界に絶望を振りまいているという話をすると、俯いたりと、僕の話を真剣に聞いてくれたようだった。
「……それでわたしの所にも……やって来たというわけ……」
僕が話を終えると、光の祖精霊はそう呟いて黙り込む。
「……光ちゃん、力を貸して頂戴。魔王に関しては、私達精霊にも責任があると思うのよ……」
光の祖精霊はリーヴァの言葉に、ハッとした様子で顔を向けたが、頭を振ってすぐに、唇を引き結ぶ。
その長い前髪の奥に隠された表情は、今どのような顔をしているのだろう。
「……お姉さまが協力しているのだから……きっと間違いないんでしょうね……」
しばらくの沈黙の後、彼女はそう呟き、顔をこちらに向けた。
「……わ、わかった…………。お姉さまの美しすぎるご尊顔に免じて、わたしも協力するわ……」
「あ、ありがとうございますっ!」
「か、勘違いしないでよねっ! 別にアンタの為とかじゃないんだからっ! それに試練は受けてもらうからっ!」
光の祖精霊は僕に顔を向けるとそう叫ぶように言い放ったのだった。
「ありがとう、光ちゃん」
「で、でもお姉さま……この人間が試練を乗り越えられないと……です」
その発言にはリーヴァも、同意するかのように僕を見据える。
「……準備は出来ています! お願いします!」
僕は強く決意を示すように拳を握った。
アズマ達は固唾を飲むように見守ってくれている。もはや激励の言葉は不要。皆僕が試練を超えることを信じているんだ。
「……ええ。言っとくけど、楽なものじゃないから……っ」
そう言うと光の祖精霊は両手を広げる。すると後光が差し、その拡散された眩い光に包まれる……!
眩しさのあまり腕で目を覆い――。
そして僕は目を開けた。
――周囲は真っ暗闇で何も見えない。
僕は漆黒の空間にただ一人、取り残されたように佇んでいた。
「――光の裏には、必ず闇がある……。それは光の輝きが強ければ強いほどに、闇もまた色濃くそこに留まる……」
暗い空間のどこからともなく響く、光の祖精霊の声。しかしその様子はさっきまでのおどおどとした様子は無く、むしろ落ち着いた物腰で語られている。
「わたしはアンタに力を求めない。求めるのは貴方の考え方……その捉え方」
一体何についての考えを提示すればいいのだろうか。僕は響く声を聞きながら思考を巡らせる。
「アンタは魔王を倒す為に来たと言ったわね」
「……はい」
「なら見せてあげる。その魔王に何が起き、やがて魔王に至ったのかを」
「……えっ……!?」
――その時だった。
漆黒の空間に突如として一粒の光が瞬いたと思いきや光が拡散し、新たな空間が映し出された。
……ここはどこだろうか。
自然で出来た谷底のような場所だ。周囲は狭く薄暗く、ただとあるその一点だけ、天から光が差し込んでいるような神秘的な場所だった。
しばらく光に当たるその場所を見つめていると、やがてそこに小さな、とても小さな光の粒が発生し始めた。
その光は一つに集まり、オーブ型の丸い光へと至る。
「人間にも見えるようにしてあげるわ。……これは生まれたばかりの光の精霊……」
真っ白でふよふよと、差し込む光の周りを無邪気に浮遊する姿が可愛らしく思い自然と笑みになる。
きっとこの場所は光の魔力の溜まり場所になっていて、そこに精霊が生まれた瞬間を見せてくれたのだろう。
「そして……」
光の祖精霊の言葉は続く。
「これが、魔王。……魔王に変わってしまった……かつてのわたし達の同胞…………」
「ッ!! な、なんだって!?」
光の祖精霊が語った言葉に僕は驚愕した。
この愛らしい存在が……魔王……っ!?
魔王が……元は光の精霊だった……なんて……。
「この記憶の光景は、もう大昔のもの。わたし達精霊から言っても……」
その言葉と共に周囲の風景が変化した。
――上空から見下ろすような景色。眼前にはどこかの大きな都市が映っている。
そこから街の中の方へと景色が移っていく。
街を生きる人々は活き活きとして平和で、誰もが笑顔だ。
「魔王が生まれてから数千年……。アンタ達人間も繁殖し、このような街がいくつも生まれたわ」
「皆笑顔で活気がありますね……」
人々の表情に心が踊りつられて笑顔を零していると、街の中を軽快に飛んでいく光の玉が。
光の精霊――のちの魔王――は、楽しそうに人々の周りを飛び回っている。その姿は人の心と共感しているように無邪気そのものだった……。
「……ええ。……これは言わば『光』。そして……――」
「っ!」
再び景色が切り替わる――。
さっきと同じ街だ。活気つく街は変わらない様子に感じるが、どこからか様々な人の声が響き渡る。
「……アイツ、この俺よりいい物持ってやがる……許せねぇ」
「フン。これだから貧乏人は! あー汚らわしいッ」
「……あんなヤツ、消えてしまえばいいのに」
……様々な人のそんな声が聞こえる。
嫉妬、侮蔑、憎悪……。そんな嫌な感情を孕んだ声が。
そして、そこには光の精霊が佇んでいた。心做しか真っ白な光に、濁りとも言える僅かなくすみが見え、楽しそうな様子はなく、困惑するようにふるふると震えていた。
「――人間の負の感情……それは『闇』そのもの。魔王となるあの精霊は、元は人間が大好きな感受性の豊かな子だったわ。……でも特に、過剰に感情を取り込んでしまう子でもあった……」
光の祖精霊の言葉に僕は息を飲んだ。
まさか……。
「……次に行くわ。もう予感が……するでしょうけれど」
「…………」
僕は無言で頷くだけだった。
そして景色が切り替わる――。




