Ep.399 Side.C 黒に染まる砂漠
南に位置する砂漠の地の独立国家である、グラド自治領。
大陸中に広がる砂漠に覆われたこの地にも、魔王の檄に呼応した魔物の群れが押し寄せていた。
グラド自治領は黎明軍への協力の意思を表明していた。その小国が今、崩壊の危機に晒されている。
ギルドが設置されていないかの国への救援には、転移の精霊具が使えない。そこで我は単身空を駆け、直接グラド自治領へと向かっていたのだ。
グラド上空にて、砂の海から見えるのは一面の魔物の波と、響き渡る攻防の喧騒であった。
「……まだ持ち堪えてはいるようだが、このままでは時間の問題だな……」
我は上空でその場で浮遊し、魔物の群れの中心に杖を向け、狙いを定める。
そして魔力を束ね、まさに今撃ち出そうとした。
その時だ。
「――っ!」
我のさらに上空から幾つもの魔力の反応を感知し、身の危険を本能で感じた我は不意に振り向き見上げる。
何かが顕現しようとしているのか!
それを裏付けるように、グラドの城壁の方から高らかな声が響いた。
「――刮目せいッ! そして目に焼き付けぃ! これぞ天よりの灼熱の雨じゃッ!」
良く通る老人の声が轟くとともに、宙空には夥しい赤の光が発現し始める。
――マズイ! ここに居たら巻き添えを食うぞ!
我は即座にグラドの街へと直下、退避した。
「――ゆくぞッ! バーンメテオ!」
次の瞬間、上空から灼熱の炎が降ってきた!
炎はまるで流星の如く、魔物の群れの頭上から着弾し、爆発音を響かせながら砂の海を焼き尽くしていく!
今の一撃で大多数の魔物が黒き塵へと還った。
グラドの小国に、我と同等の魔力を有する者がいるとはな。
「――ジーク! 今が好機です!」
「アル爺がやってくれたかッ! サルカ騎槍隊! 俺に続け!」
青年の声に、さらに青年が答えて、砂の海に、鎧を装着したサルカ――海のイルカの別進化を遂げた砂を泳ぐ動物――に跨った勇壮な騎兵が現れた。
その先頭には、これもまた勇壮な鎧を身に纏う褐色肌で金髪の青年がサルカを操り突撃していく。
あの青年が首長ジーク・ディルヴァインか。
彼は騎槍隊を率いつつ、巧みな槍さばきで魔物を次々と葬り、彼が討ち損じた敵を、彼に続く者達が次々に斬り伏せていく!
そして彼らが向かう先には、大型の魔物、サイクロプスが待ち受けていた。
しかしこのサイクロプスには赤黒い角が生え、重厚な防具を装備していて、魔王の眷属の中でも強力な個体であることが見て取れた。
我は低空を飛翔し、その突撃する首長の横に並び……。
「奮戦中のところ水を差す。黎明軍より援軍として参った! 加勢しよう」
「うぉっ!? アンタ空飛べんのか! ――よし承った! その力貸してくれッ」
ジークは驚きつつも快活に頷くと、我の助力を要請した。
その間我らは魔物を蹴散らしつつの邂逅である。
「黎明軍、チギリ・ヤブサメ魔大将、戦列に加わるとしよう!」
「……大将自ら救援に駆け付けてくれるとは有難いッ!」
ジークは槍を振るう合間に笑みを浮かべると、更に激戦を繰り広げていた。
そしてサイクロプスの方へと視線を向ける。
サイクロプスはグラドの城門の方へと押し通らんとしているようだ。
「第一大盾中隊! ヤツをこれ以上行かせるでない! ここで食い止めるのじゃ! 魔術支援隊は前線に魔術障壁の支援を絶やすでない!」
サイクロプスを迎え撃つのはグラドの衛兵隊のようだ。
そして城壁の上からは、ローブを纏った老人と思しき人物が指揮を執っている。
おそらく先程の大規模な魔術を放ったのはあの御仁だろう。
「アル爺が食い止めてる間に、俺達はヤツの側面から仕掛けるぞッ! ――フィンドル!」
声を張り上げたジークの横に、一人の男が並走する。他の騎兵の鎧よりも多くの装飾がなされており、どうやら指揮官クラスの立場の者と予想する。
「隊長! お呼びで?」
「フィンドル! 黎明軍からこちらの方が援軍として参戦する! 皆に伝えておけ!」
「ほぅ、空を駆ける魔術師殿でありますか! そいつぁ頼もしい限り!」
「騎槍隊本隊を二つに分け、あのデカブツを討つ! そっちの指揮をしろ! それぞれ別方向から仕掛けるぞ!」
「フィンドル・グレイクロウ剣大佐、承知でさぁ! ヤツのどてっ腹、貫いてやりましょうや!」
若者にしては老けており、中年にしては若々しい、そんな風貌の男にジークは命じた。
「お前らァ! この戦いに負けは許さん! 俺達の後ろには守るべき民がいるんだからなッ!」
「「「おおおおおーーーッ」」」
ジークの気迫に応えるように、兵達が雄叫びを上げて槍を振るっていく!
「討って、討って、討ちまくれ! ――全ては民の為!」
「「「全ては民の為!」」」
ジークの掛け声に皆が唱和した!
「――散開ッ!」
「「「応ッ!!」」」
そして騎槍隊は左右に分かれていく。
砂漠を駆ける彼らの士気が鼓舞され、兵士だけでなくサルカすらも、心を熱く滾らせたかのように一層の勢いで魔物に向かっていく!
我も少なからず心が疼くのを感じ、戦意が高まるのを自覚するのだった――!




