Ep.397 Side.W 枯木の都ボリージャ
「――クソッ! せっかく花の都に来れたってのによ! お楽しみの一つもする余裕ねえな!」
ラシードがぼやきながら魔物を複数巻き込んでやっつけていく。
わたしはボリージャと外を隔てる門の上からその様子を見てる。そして次々と押し寄せる魔物たちに、ひっきりなしに魔術を撃ちまくっていた。
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ……っ! ――危ないっ!」
わたしとラシードと一緒にやってきたミトという女の子は支援魔術で仲間達を守ったり回復したりしていた。
ボリージャに入り込もうとしてくるたくさんの魔物を、ここを守ってくれていた黎明軍の冒険者たちや、アルラウネの衛士たちと一緒に力を合わせてやっつけているところだ。
「みんな諦めちゃダメよ! 一丸となって敵を追い払うの! さあ! 頑張って〜っ!」
この魔物の群れの襲撃に、ボリージャの街の中を守るために花の精霊があちこちに飛び回ってはみんなを応援して回っていた。
花の精霊の応援を受けると不思議と元気が湧いてくる。だからわたしたちは怯む事なく戦っていられたんだと思う。
「――おわっち! ……おいっ! 奥の魔物が酸飛ばしてきやがるぞ! 気をつけろッ!」
ラシードが人喰い植物みたいな魔物が吐いた酸を避けながら叫ぶ。
避けた地面がじゅーじゅー音を立てて溶けてしまっていた。
あんなのに当たりたくない。凄く痛そう。
「ああっ! 大樹の精霊様に酸が……っ!」
「――!? 全隊! なんとしても阻止! 外の部隊は元を断って! 防壁の兵は彼らを援護しつつ魔物を迎撃!」
ミトの悲鳴にアルラウネの衛士隊長のレッテが叫ぶ。
大樹の精霊が街を守るため、街ごとすっぽり覆う程の大きな葉っぱの防壁を出してくれていて、そこに酸が飛ばされていた。
街に被害はなくても大樹の精霊はきっと痛がってるはず。あの魔物にこれ以上酸を吐かせちゃダメ!
「聞いたな! 黎明軍とアルラウネの衛士さんたちよぉ! ――行くぜぇ!」
「ラシードさんに続け! おおおーっ」
「――はいっ! 不肖ミゼラッタ、行きまぁす!」
ラシードに率いられたみんなが魔物の群れに突撃していく。その中にはバラの匂いがするアルラウネの門番さんの姿もあった。
わたしは杖をかざして門に近づく魔物を魔術でやっつけていく。
ストーンフォールに、覚えたばかりのフリーズセイバーや、ししょぉ仕込みのライトニングスコールなど、とにかく一度にたくさんの敵を攻撃出来る魔術を撃ちまくっていく。
大きなカマキリのようなブレードマンティスが大量に迫れば、炎の嵐を呼んでまとめて焼き払い、ハイゴブリンが街の壁に到達しようものなら、土の針棺のロックメイデンで葬る。
倒しても倒してもキリがなく、疲れを感じ始めたその時だ――。
「――きゃっ……!」
隣で支援に集中していたミトに、ゴブリンアーチャーの放った矢が左の肩に刺さったのが見えたのは。
「ガード! 癒し手を守りなさいっ!」
「ミト! ……だいじょーぶ?」
レッテの指示に盾を持ったアルラウネの兵士がミトをかばいに動き、わたしもミトに駆け寄った。
「――あうぅッ! …………だ、大丈夫……っ」
ミトは刺さった矢を躊躇うこともせず引き抜き、すぐに自分で治療を始めてた。
でも呼吸は荒く、顔色が悪い。ミトの魔力が尽きかけてるんだ。
だから自分に張った魔術障壁がただの矢にも耐えきれなかったんだ。
「まだ……ですっ! わ、私も戦わなくちゃ……!」
ミトは頑張り屋さんだ。泣きそうな顔をしながら立とうとして、ふらふらなのにみんなを助けようとしてる。
そんなミトを見てわたしはふと気づいた。
今までわたしも、魔力が尽きて倒れちゃってみんなに迷惑を掛けてきたってことに。
……みんなの気持ち、少しわかったよ。
でもね……。
「……ウィニ、さん?」
迷惑掛けてきたけど、またやっちゃうんだ。
わたしは押し寄せる敵の方に向いて、魔力を練り上げる。そして戦うラシードの背中に心の中で謝る。
「駆け巡れ光の如く、鳴動せよ蒼き嘶き!」
ばっ! とししょぉから貰った宵闇の杖を魔物の大軍に向けるわたし。
「イレクトディザスター!」
蒼雷の光のビームを照射して一気に敵を蹴散らす!
魔力がごっそりと減っていく感覚を感じながらさらに練り上げていく!
「鳴動せし嘶き束ね、誕生せし紫電の帝。天の産声轟き闇色に染まれ……!」
それは放ったイレクトディザスターをさらに強くし、フルミネカタストロフィへと昇華させる為の言葉。
この難局を切り抜けるための、決意の言葉!
そして、この後魔力が尽きることへの謝罪を込めて、わたしは放つ。
「――フルミネ……カタストロフィ!」
青色は紫へと変化して、そして真っ黒になる。
杖から伝わる衝撃で手が震え、わたしは歯を食いしばってぜんぶの力を注ぎ込む。
わたしの全力全開の一撃は魔物の群れを一撃で薙ぎ払っていた――。
フルミネカタストロフィの光が消え去ると、その場には息のある魔物の姿は残っていなかった。
しかし後から押し寄せる魔物の姿はまだ尽きない。
それでも、かなりの……数を減らせたはず……。
これなら少し……休んでも……大……丈夫……かも…………。
耳を立てる力も、尻尾を振る気力すらも失くして倒れ込れようとするわたしを、こっちに戻ってきたラシードの腕が支えてくれた。
「またスッカラカンにしやがってよ。……ウィニ猫は休んでろ。ここは俺が根性でなんとかしてやるからよ」
ラシードの言葉に温かみが含まれてた。怒ってないみたい。
「……へへ。……ん」
わたしは誇らしく笑ったあと、力なくラシードに頷く。
ごめんと心の中では呟いたよ。
「隊長さん、ウチのウィニ猫とミト嬢を一旦下げるぞ。俺はまた外に出る!」
「……すまない。……感謝します!」
ラシードはわたしとミトをレッテ隊長に引き渡すと、再び門の外へと飛び出していった。
がんばれ、ラシード。今日のラシードはカッコイイぞ。
「さあ、ウィニさん、私たちはギルドに向かいましょうっ」
「……ん」
わたしはミトに支えられながら、ギルドへと向かったのだった。




