Ep.396 Side.S エルヴァイナの黒き海
転移の精霊具で最寄りの地まで転移し、そこから飛翔にて、南に位置する砂の海へと我は向かっていた。
南端の砂漠に築かれた小国、グラド自治領へと。
以前、かの国グラド自治領首長ジーク・ディルヴァイン直筆で届けられた文で黎明軍の活動に同調する旨の表明書を受け取っていたのだ。
冒険者ギルドを持たず、固有の軍事力を有するかの国が、突如勃発した魔王の号令の被害を受けているという報を受けたのだ。
既にサヤ達はそれぞれの戦地へ飛んだ。
故に我が救援に向かっている。彼等もまた我々の同志も同然。抵抗の根を摘ませてはならん。
世界各地で戦火が勃発している。
魔族幹部の暗躍にも警戒する必要がある。
「戦いは方々で巻き起こり、命は失われる……。皆、無事であれ……!」
我は己が内に騒めく焦燥感を自制しつつ、砂の国へと急ぐのだった。
――私とロシュさんは、帝都リムデルタからサリア神聖王国領のエルヴァイナ冒険者ギルドへと、転移の精霊具によって瞬時に転移を果たした。
着いた瞬間から既に街はざわめいていて、ギルドの中には避難してきた街の人達でひしめき合っていた。
既に戦闘が始まって街にも被害が出ているのか、怪我をしている人も見受けられ私は歯噛みする。
……そんな時だった。
「――ああっ! お待ちしてました! ……あの、私のこと覚えてますか?」
横からパタパタと足音がして振り向くと、そこには以前会った事があるここの受付嬢が私に向かって声を掛けてきていた。
黒髪のボブヘアーで、少しおっちょこちょいの……確か名前は……ミシェルさんだわ。
「ミシェルさん! 久しぶり!」
「まさかあの時の冒険者さん達が勇者パーティになるなんて、びっくりしましたぁ〜! ……じゃなかったっ! サヤさん達が到着したことをギルドマスターに伝えて来ますから、こちらの部屋で待っていてくださいっ」
ミシェルさんは慌てて一礼すると、パタパタと部屋を出て行った。
「……事態は思ったよりも深刻、かな」
ツヴェルク族の魔術師、ロシュさんが周囲を見渡して、険しい表情を浮かべたままボソリと呟いた。
避難民の感情がこちらにも伝わってくる。
突然日常が音を立てて崩れ去り、不安と恐怖に駆られているのが肌で感じ取れた……。
「そうですね……。私達も早く戦いに参加しなきゃ……!」
「……うん」
私とロシュさんは頷き合い、ミシェルさんに言われた部屋へ赴いたのだった……。
数分が経った頃、ドアが勢いよく開かれ、ミシェルさんと初老の男性が入室してきた。
ギルドマスターのドゥーガさんだ。
彼の顔は焦りと緊張感が色濃く映し出されているようで、心労が伺える。
「来てくれたか! ……っ…………たった、二人……なのか……?」
ドゥーガさんの口から絶望感を含んだ声が漏れる。
私とロシュさんはいたたまれない想いで頷いて言葉を伝える。
「世界中で同様の事が同時に起きているんです……。皆各地の救援に向かっていて、ここには私達が……」
「……そうか。……いや、すまない。君達が来てくれただけでも心強い。我々の最善を尽くそう。どうか力を貸してくれ」
私の説明にドゥーガさんは沈痛な面持ちで頷くと、改めてそう言ったのだった……。
「現地の黎明軍と王国騎士による合同部隊が現在も防衛に務めているのだが……奴等は倒しても倒しても湧いて出てきてしまう。数が多すぎてまるで黒き海のような有様なのだよ」
ドゥーガさんから報告を受けて私は絶句してしまった。
そんな絶望的な状況を目の当たりにしているのに、よく耐えられるものだと思った。
私は気持ちを入れ替え、ドゥーガさんと話を進める。
「魔物は街を包囲しているが、特に被害が大きいのは南門だ。まずはそこに向かってくれ」
「……状況は把握しました。……では私達も早速行動に移ります!」
私は自分自身の不安を払い除けながら、気丈に振る舞うために声を張った。
「勇者パーティである希望の黎明が援軍に来た事は奮戦している者達の励みになるだろう……! 私もここを纏め次第合流する! 頼んだぞ……!」
ドゥーガさんは力強く頷くと、私達に激励の言葉を掛けてくれた。
「皆さん……どうかお気を付けて……っ!」
ミシェルさんも私達の行く末を祈るように両手を胸の前に寄せていた……。
「ええ! これ以上敵の好きにはさせないわ!」
私は務めて気丈に笑って見せる。
こんな時、私もクサビのように、不安で押し潰されそうな人々の希望であらねばならないのだから。
私達はギルドの建物の外に出る。
すると、方々から喧騒や戦闘音が耳に入り込んできた。
皆今も必死に街を守る為に戦っているのね……!
そして街道では怪我人を運ぶ騎士の姿や戦地へ向かう冒険者の姿が慌ただしく動いているのが見え、クサビ達と旅していたあの頃の街の様子はどこにもない。
そんな中に、見覚えのある姿を見掛けた。
木箱の載った台車を小さな体で懸命に引いて駆け回る紫色の髪の小人……ツヴェルク族とその伴侶を。
「ポルコさん! カルアさん!」
私はその名を叫ぶと、二人はこちらに振り返り、驚きの表情のまま台車ごと全力疾走してきた。
「サヤさんじゃないですかーー!! お久しぶりですねえええ! もー今この街は大変なんですよどこもかしももてんやわんやで!!!」
体いっぱいに動かして身振り手振りで捲し立てるポルコさん。聖都マリスハイムまでの護衛の依頼で一緒に旅した時から何も変わっていないようで、少し安心した。
そんなポルコさんの後からちょこちょこと可愛らしく賭けてきたのは、ポルコさんの妻のカルアさんだ。
「あらあらあら! サヤさん! こんな所で会えるなんて〜!」
「カルアさんも元気そうで良かったわ!」
栗色の髪を大きく揺らして再会を喜んでいる、こちらも元気は相変わらずのようだ。
「……でもどうしてエルヴァイナに? お店はマリスハイムでしょう?」
「それがですねー。商品の仕入れに来ていたのですが、突然このような事態に巻き込まれちゃってですね! 商売にもならないので、ありったけのポーションを配って回ってたのですよー!」
そう言うポルコさんは台車の木箱から小瓶を取り出し、私とロシュさんに手渡してくれた。ロシュさんは二人の勢いに圧倒されて声も出ないようだけど、会釈で返していた。
「はい! これ! でも使わないことを祈ってますよ!!」
「勇者パーティの一人であるサヤさんが来てくれたなら安心です〜! 頑張ってください〜!」
二人はニコニコと笑顔で、揃って両手の握り拳を顔の前に持ってきて、なんとなく語尾にぞい、と付けたくなるようなポーズを取っていて、こんな状況なのにめげないその姿や心意気に、私は少なからずの勇気を貰った。
「……ありがとう。この街を絶対守るから! 安心していて!」
私はポルコさんとカルアさんと同じポーズでそう返すと二人はうんうんと大きく頷いた。
「頼りにしてますよー! ではボクらはポーションを配って回りますんで!! またーー!」
「お店の方にもまた来てくださいね〜〜!!」
私達の方を見て手を振りながらどたどたと走っていく夫婦。やがて姿が見えなくなると、私は両頬をパチンと叩いて気持ちを切り替えた。
「……行きましょう」
私は決意と覚悟を胸にロシュさんを促す。
彼は静かに頷くと、杖を握りしめて頷いた。
そして私達は周囲の重苦しい雰囲気に押し潰されないように、心を奮い立たせて駆け出したのだった。




