Ep.392 Side.S 馬車に乗り、帰途へ
ラシードとウィニの意地とラムザッドさんとの激突の末、なんとかラムザッドさんを戦闘不能に追い込むことに成功していた。
彼は気を失う直前、瞳には理性が宿ったように思えた。
私とミトで重症の彼にすぐに治療を施し、その結果なんとかその命を繋ぐ事ができた。
激しい攻防を繰り広げた影響か、廃城は所々が崩れ落ちていて、ここに留まるのは危険と、フェッティさんの指示ですぐに外へと出ることにした。
気絶しているラムザッドさんをファルクさんが担ぎ、ラシードはマルシェに肩を借りて。
ウィニは私がおぶって。
そうして廃城を後にし、ノクトさんの部隊がいる野営地へと帰還したのだった。
「――うん! これでラムザッド剣少将を正気に戻しましょう大作戦は大成功ねっ!」
ノクトさんと合流した後、晴れ渡る空のような表情でそう言ったのはフェッティさんだった。
皆各々に頷いたり、疲れた表情だったものの笑みを浮かべたりしていた。
作戦の成功を受けたノクトさんは、満足そうな顔を浮かべたあと、すぐに部隊員に撤収の指示を出し、私達に向き直る。
「……その作戦名はともかく、これで作戦は終了だな。そうとなればさっさと帰還した方がいいだろう。ここはまだ魔物との遭遇率は高いからな」
「そうですね。ラムザッドさんは私達の馬車に乗せることにしますね」
私はノクトさんの意見に賛同して言った。
「わかった、一応俺と部隊も同行する。……先に言っておかないと誰も気付かないからな」
「え、ええ。よろしくお願いします……」
ノクトさんがぼそっと言った言葉に私は苦笑いを浮かべて答えたのだった。
かくして、私達は帝都リムデルタへと帰還を開始した。帰りも魔物の襲撃に警戒しながら慎重に馬車を進ませる。
私の馬車の中にはマルシェ、ぐったりとしたラシードとウィニに、未だ目を覚まさないラムザッドさん。そして彼の状態が万一悪化した時のために、回復魔術を使えるミトが、馬車を移ってこちらに同乗していた。
少し狭いけど、これが一番安全だし仕方がない。
私達に先行するように前を行くのはフェッティさんが操る馬車とノクトさんの部隊の馬車だ。フェッティさんの馬車の中にはファルクさんとロシュさんが乗っている。彼らは主にこちらの護衛を担うことになっていた。
ここから帝都まで五日の距離を、急ぎラムザッドさんを送り届けなければならないわ。警戒は怠れない。
……ラムザッドさんの様子は目を覆うほどのものだった。
全身血まみれになり、左目は潰れてもう使い物にならない。絶えず流れていた血は回復魔術でどうにか止める事が出来たが、衰弱が激しい……。
よくこの状態で戦い続けられたものだと思った。
一体どんな強い意志で戦い続けていたのか……それを考えると、胸が締め付けられる思いになる。
ラムザッドさん救出の報告はフェッティさんが済ませてある。帝都に到着すればすぐさまチギリ師匠の元に運ぶ事になるだろう。
アスカさんもいる。きっと大丈夫……。
私達は馬車を進めながら、なるべく気を緩めないようにしつつ、帝都への道を進んでいった……。
帝都リムデルタ、宮殿内部黎明軍司令室にて。
「――――そうか。無事だったか」
我はフェッティ剣少尉からの報告を言霊返しで受けた後、安堵の念を露わにする。
「帰ったらキツイお灸を据えてやらないといけませんわね、チギリ?」
と、その言動とは裏腹に心底安心したような表情を浮かべたアスカが呟く。
我はそれを受けて口角を上げ。
「同感だよ」
と返答し、眼前に山積する報告書に視線を移した。
その我の視線を追ったか、アスカがうって変わり神妙に呟く。
「各地のギルドから襲撃報告が、日増しに増えておりますわね……」
その声色からは、まるでこれが悪い兆候であるかのような、憂いを帯びたものだった。
「……ああ。今まで散発していた魔物の襲撃は敵単体でのものが主だったが……。昨今は明らかに魔物の集団行動が目立つ」
我は苦々しげに応じる。
東方部族連合、サリア神聖王国、ファーザニア共和国、そしてここリムデルタ帝国領に点在する冒険者ギルドや統治機構からの情報によると、魔物が群れを成して都市や砦を襲うという報告が増えてきていた。
先の戦いで魔族幹部の目をこちらに向けることが出来、世界的な観点での人的被害は抑えられてはいたが……。
「やはり、裏で指揮している者がいるようだ。……ともすれば魔族幹部か」
「先日遭遇した魔族幹部ベリアル、以前ファーザニアに出現したリリス。……そして帝国領土東部に現れたハーゲンティ。……後者のどちらかが指揮を……あるいはまだ見ぬ幹部が……?」
我が思案げに呟いた後にアスカがそう応じた。胸騒ぎを抑えるように胸に手を当て、苦渋の表情を浮かべている。
「現地の黎明軍に参加した冒険者と連携し、防衛戦力を整えねば……」
「ええ……。何だか嫌な予感がしますわ」
思案中つい漏れ出た我の独白にアスカが同意する。
我は無言のまま頷くと、今後の対策を考えつつ、報告書の内容に目を通すのだった。




