Ep.391 Side.R 全身全霊フルミネ完全燃焼カタストロフィ
――中のおっさんは!? どうなった!?
俺はすぐさま振り返り、凍りついた水蒸気の塊を見た。……そこには全身を凍結させたおっさんの姿が――。
「ウィニのあの魔術は……たしか以前、チギリ様が使っていた魔術ですっ」
静かになった廃城内部で、固唾を呑んで見守っていたマルシェが口を開いた。
「あの子、いつの間にか師匠から教わってたのね……!」
サヤが感嘆の息を漏らしながらウィニ猫に笑みを向けていた。……なんかいいとこ全部持ってかれちまったぜ。
「ぶい」
ウィニ猫は得意げになってドヤ顔を決めると、いつものドヤポーズをピース付きで見せつけてきた。
「み、皆さん……っ、と、とりあえずラムザッド剣大将を……」
フェッティのパーティのちっこいかわい子ちゃんのミトが慌てたようにそう訴えてきた。
……だが。
「――いいえ、待って。……どうやらまだ終わりじゃないみたいよ」
フェッティがそう言うと同時に、凍り付いた水蒸気が揺れ動き始める!
「な……んだと……!?」
「しぶとい……」
――ピシッ! ピシッ!
そしておっさんを包んでいた氷に亀裂が走り――。
「……グルァ!」
紫電をバチバチと纏い咆哮を上げるおっさんが出てきたのだった。
今ので上半身の氷は吹き飛び、おっさんは下半身が氷漬けのままで身動きが取れないでいる。
それをも破壊しようと力を溜めるような仕草を始め出した!
「「――――ッ!」」
俺とウィニ猫は図らずも同時に動き出した!
これ以上は時間をかけられねぇ。だが中途半端な攻撃じゃおっさんを倒せねぇ……!
ならば、俺は!
おっさんの生存本能を信じて、身動きの取れない今のうちに全力をぶち込むッ!
俺はハルバードを地面に突き刺し手放して、おっさんにひた走る。右手に全魔力を凝縮させながら。
その時、背後から詠唱。
「……駆け巡れ光の如く、鳴動せよ蒼き嘶き」
……これは! ウィニ猫も決着付けに来たようだな……!
「――イレクトディザスター!」
「オオオッ! 全身全霊ッ! 完ッ全ッ! 燃ッ焼ッ! けえええんッ!」
俺は全力奥義、全身全霊完全燃焼拳を放つ! 渾身の右ストレートから炎と熱が溢れ出し、その一撃はさらに威力と熱量を高めていく俺の全てを込めた一撃だッ!
それと同時に背後から蒼き雷光が柱状に放たれる。
俺とウィニ猫の攻撃がおっさんに同時に到達したッ!
「――ガァァァァアアアアアッッッ!!!」
「ぐぅッ!?」
なんとおっさんは、俺とウィニ猫の攻撃を、片手ずつで受け止めていた!
「うおおおおおおッッ!」
「むむむむむ〜〜っ」
だが俺達は引かねぇ!
俺もウィニ猫も渾身の一撃は止められても尚、押し込んでいく!
俺は拳に力を込めながら、おっさんを睨みつける!
艶やかな黒毛だったおっさんの毛は今や血がこびり付いており、片目を潰された隻眼の瞳孔は狭く血走っていた。
しかしそれでも、俺らへの殺意の眼光は揺らがなかった!
この野郎ッ! いい加減正気に戻りやがれってんだッ!
偶然か必然か、今の構図は以前の命懸けの修行の時と同じだった。
あの時と今とでは俺達は違うッ!
無様に非力を晒したあの頃のままとは――ッ!
「――ちげええぇんだァァァーーッッ!」
俺は咆哮するなり拳を更に捻る! さらに力を込め、渾身の力を込める!
「……ッ! ……ッッ!!!」
するとウィニ猫が唸りながら、その小さな体からさらに力を増幅させていくのが分かった!
その直後、ウィニ猫のイレクトディザスターが途切れる……。
不発か?――いや違う! ウィニ猫はまだ杖をおっさんに向け、その眼差しはまだ諦めちゃいねぇ!
「――鳴動せし嘶き束ね、誕生せし紫電の帝。天の産声轟き闇色に染まれ……!」
「――あれは!」
「亡者平原で放った、あの魔術っ……!」
サヤの驚きとマルシェの戸惑いの声が響く。
一発で夥しい数の魔物を消滅させたあの魔術を、ウィニ猫はただ一人の相手に放とうというのだ、無理もない。
だが俺の口元は不敵な笑みが自然と浮かんでいた!
ああ! やってやれウィニ猫! おっさんに教えてやれよ! 俺達は――!
「――フルミネ……カタストロフィーーっ!」
――負けねぇッてなぁ!!
再び雷光が柱状に放たれる!
しかし今回の雷は紫電。おっさんが扱うものと同質の雷だ。
これは図らずも俺の全身全霊完全燃焼拳と、ウィニ猫のフルミネカタストロフィの合体技となり、名付けて『全身全霊フルミネ完全燃焼カタストロフィ』と言ったところか!
その放たれたイレクトディザスターよりも大きな雷光がおっさんの手に激突すると、その体が大きく揺れた!
「……グォ……ガアアァァアアッ!」
雷光に押され、その衝撃で下半身の氷が砕けるも、おっさんは俺達の拳を止めるべく踏ん張った!
そして、その紫電はさらに色を変え闇色へと変わる……!
これがウィニ猫の最大出力のフルミネカタストロフィッ!
おっさんはギリギリと歯を食いしばりながらも、受け止めんと腕を伸ばし続けている!
ウィニ猫も必死に歯を食いしばりながら杖をかざし、俺も全力を込めて拳を握っていた!
「グ……ッ! ――ゴァァアアァァァッ!!」
おっさんの悲鳴にも思える咆哮が、辺り一面に響き渡り、俺の鼓膜を震わせる。
おっさんの足元の地面は俺達の全力を受け止め切れずに、徐々に陥没し始めた!
それでもおっさんは立っているッ!
無意識か、はたまた生存本能か、強化魔術を守りに回して、俺達の全力を耐え凌いでいた!
俺は魔力を振り絞りながら、おっさんに叫ぶ!
「おっさんッ! 俺らがわかんねぇのかよ! 目を覚ませよ……ラムザッド・アーガイルッ!」
「ガァァァァッ!」
俺達の渾身の一撃を片手で受け止めたまま、おっさんは吼える!
「……ダメか。なら……しゃーねぇが……ッ! キツイの一発ッ、食らって貰うしかねぇなッ」
俺は覚悟を決め、さらに魔力を高めていった!
俺の拳に纏う炎が更に激しく燃え上がる。
「ウオオォォォォォーーッ!」
「――――〜〜っ!」
俺は獣にも引けを取らぬほどの雄叫びをあげながら全ての力を拳に注ぎ込み、一気に振りぬいた!
俺達の全力全開が炸裂すると同時に、地面は大きく抉れ、衝撃波と共に大地が砕け散る! 周囲の廃城の一部をも吹き飛ばし、崩壊する音が響き渡った!
そしておっさんは俺達の全力を受けかねて、大きく吹っ飛び壁に激突する……。
「――ガハ……」
おっさんは瓦礫の海に仰向けに横たわる。
そして駆け寄った俺達を見据えながら、静かに息を吐いた。
「……おっさん!」
「虎のおっちゃん……」
俺とウィニ猫がおっさんの元へ駆け寄ると、その隻眼をゆっくりと動かし俺達を見返した。
そこに宿る眼差しには、『人』としての理性が感じられたような気がした。
「…………お、前ら……無事だ……ッたか……よ…………」
そして力なく言葉を吐き出すと、脱力して気を失ってしまった。
……どうやら無事に意識を取り戻すことが出来たようだな……。
俺は魔力枯渇による目眩を思い出したかのようによろめき、その場にドサッと腰を下ろす。ウィニ猫もへなへなと、やって来たサヤに寄りかかっていた。
「清々しい顔ですね。お疲れさまですっ」
「……さすがにもう動けねぇけどな……はは」
サヤと共にやってきたマルシェは俺に労いの言葉を掛けてくれた。
「へっ……二人がかりってのはカッコわりぃが……やったな、ウィニ猫よぉ」
俺はなんとか右の握り拳をウィニ猫に伸ばした。
「……ん。ラシード、おつかれ」
ウィニ猫はいつもの生意気で不敵な笑みを俺に向けると、小さな左の握り拳をぶつけてきた。
「お疲れさま、二人とも」
そこへサヤが穏やかに声を投げ掛けてきて、俺とウィニ猫に回復魔術を掛けてくれた。
その穏やかで暖かい光に安らぎながら、俺は一つの壁を越えた事。そして大事な仲間の救出を成し遂げた事への達成感を噛み締めるのだった。




