Ep.389 Side.S ラムザッド剣少将を正気に戻しましょう大作戦
翌日の早朝――。
私達は予定通り、『ラムザッド剣少将を正気に戻しましょう大作戦』を決行すべく、廃城へと馬車に乗り込み出立した。
廃城は野営地からも小さく見える程の距離で、それほど時間はかからない。
ただし、廃城に到着する手前で徒歩で慎重に廃城へと近付かなければならない。
乱心した黒き虎の獣人による襲撃がないとも言えないし、愛馬のアサヒに危険が及ぶ可能性だってあるからだ。
「アサヒと馬車をお願いします。ノクトさん」
「ああ、任せろ。そっちも頼んだぞ」
やがて廃城の手前まで到着し、案内してくれたノクトさんと部隊員に馬車と愛馬を託すと、私達は徒歩で廃城に向かったのだった。
廃城は元々堅牢な造りだったのだろうが、現在はすっかり風化しており、城壁の石も所々崩れており、あちこちが欠けていた。
城門は完全に崩壊していた為侵入は容易で、私達は警戒しながら内部へと足を踏み入れたのだった――。
「……静かね……」
城内に入ってからすぐに感じたのは、廃墟特有の静けさと埃っぽい空気。
静まり返ったままの廃城の中、私達は足音を殺し、気配を悟られないよう慎重に進んだ。
そして大広間らしき場所へと差し掛かった時だった。
「――グルルルルル……!」
静寂の中を獰猛な獣の唸り声が微かに響き、私達は足を止めた。
鳥肌が立つ程の殺気が向けられ、既にこちらを捕捉し狙いを定めていると気付いた。
「――皆構えて! もう気付かれてるわ!」
私が声を上げると同時に、物陰から飛び出して来た黒い影が私達目掛けて襲い掛かってきた!
「――ッ! 散開っ!」
フェッティさんが声を上げると同時、各自は左右に散開した。
その直後、私達が立っていた場所に紫色の稲妻が炸裂した! それはそのまま地面を抉り、轟音を響かせながら大気を震わせる!
「……やはり……貴方なのですね……っ」
攻撃の主を目の当たりにした私達に湧き上がるのは、無事を確認したことへの安堵と、その存在がこちらに向ける明確な殺意による戦慄で、マルシェが苦々しげに呟いた。
漆黒のガントレットに紫電を纏わせた、黒き虎の獣人の瞳が獰猛に光る。
片目は潰れ全身は傷付き、一目で重症を負っていることが見て取れた。
早く治療しなければ命に関わってしまう……!
「ラムザッドさんっ! 私です、サヤ・イナリですっ! ……わからないんですかッ!?」
「……グルル……」
私が声を張り上げると、ラムザッドさんの瞳がわずかに見開かれたように見えた。
しかしそれも一瞬だった。次の瞬間、ラムザッドさんは低く唸ると、地面を蹴って飛び掛かって来た!
「――っ!」
「――サヤ! 危ねぇッ!」
鋭い爪が私に迫り、寸前の所でラシードがその身を挺して庇ってくれた! 彼の肩口を掠めるようにラムザッドさんの腕が振り抜かれ、鮮血が飛び散る!
「ラシード!」
「油断するなサヤ! 目の前にいんのは敵だ! 何にせよ無力化させるしかねえ!」
ラシードの叱咤が飛ぶ。
……その通りだ。今のラムザッドさんは正気じゃない。わかっていたのに、私は動揺してしまったのだ。
「――ウィニ猫ぉ!」
ラシードはラムザッドさんを押し返し、ハルバードを構えると振り向かずに叫んだ。
するとウィニはいつの間にか私の横に立っており、杖を構えて不敵に笑っていた。
「ん。さぁや、みんな。虎のおっちゃんはわたしとラシードにまかせて」
ウィニは私に目配せするとニヤリと微笑み、ラムザッドさんと相対して構えを取る。
その瞳の中に、普段のウィニには見られない覚悟があった。
「そんな! 二人でなんて危険だわ! ここは全員で掛かるべきよっ!」
フェッティさんが制止する。相手はSランクに登り詰めた格上なのだ。ウィニの提案はリスクが高すぎる。
しかしそんな声に、ウィニは首を振って否定した。
「おねがい。今度こそ」
「師匠を越えてぇ……!」
ウィニの言葉にラシードが力強く続けて応える。
その声色には、二人の決意の色が宿っていた……。
先の戦いで惨敗を味わい、仲間も大勢失って、私達は力不足を痛感した。
だからこそ、越えなければならない壁を今こそ越える必要があるのだと、彼らの表情がそれを物語っているように、私には思えた。
「……フェッティさん」
私は二人の気持ちを汲み取る決意をすると、フェッティさんに冷静に声を掛ける。
フェッティさんのリーダー的な立場からすれば、犠牲を少なくする為に止めるのも当然だ。
だけどこの二人ならきっと大丈夫――。
「……わかったわ。でも危ないと判断したら全員で援護するわよ!」
「ん!」
「恩に着るぜッ!」
二人が頷くのと同時に、ラムザッドさんが地を蹴った。
そして同時にラシードが迎撃に動き出し、ウィニは私の隣から飛び立っていく。
ラムザッドさんの爪をラシードがハルバードの刃で受け止めると同時に、ウィニは側面へ回り込むように風を器用に操って宙を滑る。
その時には既に、ウィニの杖の宝玉は青色に輝いていた。あれは水属性の魔術を使用する時に発する光だ。
「……アクアガッシュ!」
ウィニの魔術の発動と同時に、ラムザッドさんの足元に水が現れ渦を巻く。
そして勢い良く水柱となって噴出すると、ラムザッドさんに襲い掛かった!
「――グルァ!?」
しかし野生の本能か、足元から迫る危険を即座に察知したラムザッドさんは、ラシードの武器に回し蹴りを放ち、ラシードを弾くと同時にその反動を利用してその場から後方へ飛んで距離を取ってしまう。
「――くそっ! あのおっさんの反応速度、半端ねえな……!」
ラシードは体勢を立て直しつつ悪態を吐いた。
手負いとはいえラムザッドさんの身体能力の高さを改めて思い知る。
……いいえ、手負いの獣ほど危険な生き物はいないわ。
そしてラムザッドさんは空中で反転すると、そのままウィニ目掛けて再び突進してくる!
「させねぇ!」
ラシードが叫ぶと同時に地面を蹴って跳び出し、ハルバードの刃で切り上げた!
しかしラムザッドさんは空中であるにもかかわらず体を捻り、ラシードの攻撃を躱して更に前進する!
「ウィニ猫ォ!」
敵の通過を許したラシードが悲鳴のような叫び声を上げる!
「……!」
その時には既にウィニの目の前まで迫り、かわせない躱せないと悟ったウィニも既に魔術障壁を展開させつつ身構えていた。
――キィィン!
甲高い音が木霊し、ラムザッドさんの爪とウィニの障壁が一瞬拮抗する。
――しかし次の瞬間には障壁にヒビが入ってしまう。
――障壁が破られるっ!
「――っ! ブレイズ・ボムっ!」
魔術障壁を破壊し、ウィニに迫る鋭い爪が体に突き刺さらんとしていた時、ウィニは足元に杖を向けて魔術を放っていた!
直後、ウィニを中心に炎の爆発が巻き起こり、両者は互いに離れるように吹き飛ばされた。
「ぅ……」
今のはウィニの、ダメージ覚悟の緊急回避だったのだろう。自らの魔術で吹き飛ばされたウィニは、壁や地面に激突した衝撃で呻き声を上げていた。
それでもウィニは立ち上がろうと体を揺らして、よろめきながら杖を構える。
――一方でラムザッドさんは吹き飛ばされながらも空中で態勢を整え、着地と同時にまたウィニに襲い掛かった!
「今度こそ通さねぇッ! オラオラオラァ!」
ラムザッドさんの進行方向を塞ぐように立ち塞がったのはラシードだった。
そしてハルバードの穂先で何度もラムザッドさんに突きを放ち、足を止めてみせた。
「ガァァァ!」
その猛攻に、獣の眼光の対象がウィニからラシードへと移ったようだ。
ラシードはハルバードを巧みに操り応戦するが、黒虎は的確に攻撃を捌いて行く。
それどころか体術で反撃すら繰り出してきて、ラシードはそれらを防ぐ為に徐々に攻め手を奪われ始めていた。
「クソッ! ホントにこれ正気失ってんのか!?」
ハルバードを盾に受け流しながらも、ラシードは焦燥と共に吐き捨てた。
ラシードとウィニの表情に余裕の色はない。
理性無き猛獣が牙を向いて咆哮を放ち、紫電を腕に纏わせて襲いかからんとしていた。




