Ep.388 Side.S 黒虎の行方
ラムザッドさんの行方を追って亡者平原方面へと出発して五日が経ち、あの戦場が近くなるにつれ、凄惨な情景が脳裏に蘇ってきた。
ナタクさん……。
……私は目を閉じ、強く唇を噛んでやり過ごすと、目を開けて前を向く。
ここで心折れている場合じゃない。こんなんじゃ失われた命に顔向けできない。
そう心に刻み込みながら……。
移動の最中ラムザッドさんの足跡は、通信用の精霊具の言霊返しで情報で伝わっている。
情報によれば、今もラムザッドさんの痕跡は発見され続けていた。
私達は程なくして、先行して追跡任務に就いている部隊と合流する事が出来た。
「任務お疲れ様です。ノクトさん」
私達は馬車から降りると、ノクトさんは平原の何も無い場所で立っていたので、軽く挨拶を交わす。
「アンタ達か、見失わないようにここで待っていた」
昼間の平原に黒ずくめは流石に目立つ。見落とす筈もないと思うけど……。
相変わらずのノクトさんは、仏頂面のまま私達を迎えてくれた。
早速情報を共有する為、彼らが設置してくれた野営地の天幕に入る。そしてノクトさんが話し始めた。
「俺達は既に付近の調査をしているが、それによるとラムザッド剣少将の痕跡は、この辺り……朽ちた廃城付近で途絶えている」
そう言ってノクトさんが地図を広げると、印の付けられた場所を示す。
そこは平原にぽつんと建つ帝国の城の一つで、魔王侵攻の際に放棄され、今は誰も寄り付かない廃墟と化しているという。
その城を中心にラムザッドさんが襲撃を繰り返していたらしく、城周辺の魔物の気配は殆どないそうだ。
「その廃城にラムザッドのおっさんが居る可能性は高いってことか」
「剣少将をおっさんって……恐れ多いこと……ゴホンっ! ……そ、そうだ。ほぼ確定でいい」
ラシードの発言にノクトさんが青ざめて肩をすくませると、ハッとして咳払いして体裁を保つ。
実力は確かなのに、どこか気が弱いのは相変わらずのようで、なんだか少し安心した。
「でも、そこに当たりをつけたのなら、どうして接触しないの?」
フェッティさんからの疑問の声にノクトさんが難しい表情を見せた。
「俺達も一度は接触を試みたさ。だが城に一歩踏み入れた途端、雷撃を受けて追い返された。……お、俺が魔物に見えたのかもしれない……陰も薄いし……」
ノクトさんが自嘲気味に呟いてしゅんとなっている。けど今はそれよりも……。
「……もしかして、敵味方の区別がつかない状態……なのかな……?」
フェッティさんの横で考え込むようにぽつりと呟いたのはミトだ。
「こっちも普段は出さない大声で呼びかけたんだ。だがそれでも状況は変わらなかった。危険過ぎて撤退するしかなく、ここでアンタ達を待ったのさ」
ノクトさんの答えに、一同に不穏な空気が流れた。
チギリ師匠が懸念していた事が、現実味を帯びてくる……。
「虎のおっちゃん、変になった?」
そこで、あっけらかんといつもの調子でウィニが口を開いた。
「そう、ですねっ。もしかしたら私達にも襲いかかって来るかもしれません」
ウィニの隣で、マルシェが少し緊張した面持ちで言葉を加える。
「……へっ。思いがけずリベンジのチャンスが恵んできたんじゃねーか? ウィニ猫よぉ――」
「――うにゃーっ! …………ふふん」
ラシードがウィニの頭に手を乗せながら言い、ウィニはそれは首を振って払いながらむっと睨んだあと、にやりと口元を吊り上げた。
……ああ。厄災ヨルムンガンド討伐の為に修行していた時、二人はラムザッドさんと対峙していたわね。きっとその時の事を言っているんだわ。
でもそうね。荒事は避けられないというのなら、この際私達の成長をその身で感じて貰うのも悪くないかもね。
ラムザッドも、私達にとっては先生のような存在だもの。打ち倒してでも連れ帰るわ!
「そうね! 私達の任務はラムザッドさんを連れ帰ることだもの。こうなったら分縛ってでも連れ帰るわ!」
私は自身にも言い聞かせながら意気込むと、フェッティさんが笑顔で頷いた。
「その意気よっ! よーし、やることは決まったわね! ラムザッド剣少将を正気に戻しましょう大作戦ね!」
「ダサすぎだろ……」
「……ファルク。諦めよう」
「あはは……」
拳を高く突き上げるフェッティさんの後ろでファルクさんとロシュさんが溜息混じりに肩を落とし、ミトは苦笑していた。
どんよりとしていた空気が一気に軽やかになり、皆の表情から硬さが取れて行くのが分かる。
フェッティさんはいつも明るい雰囲気を保って皆を元気づけているのよね。……本当に頼りがいがあって素敵な人だわ。
「眩しい……俺……死ぬのか? …………っ! こ、これで方針は決まったな。……頼んだ。希望の黎明、夜の杯」
ノクトさんだけはよく分からないけど浄化されようになっていたが、それはそれとして方針は決定する。
廃城への出発は明日早朝に決定し、私達は天幕を後にするのだった。




