Ep.386 武の申し子 ウルグラム・カリスタ
――ギィンッ!
僕と彼の剣が交差する瞬間、甲高い金属音が響き渡る!
ウルグラムの剣と僕の剣同士が鍔迫り合いを演じていた。
だがそこへ、彼のもう片方の剣が迫ってくる!
僕の首を正確に狙い済ました刺突だ……!
防げなければ死が僕を闇へと誘う一撃を前に、僕は心のどこかで残る甘さを断ち切り、全霊を以って迎撃する!
僕は鍔迫り合いを解き、這い蹲る程に姿勢を低く頭を下げて刺突を躱し、同時に横薙ぎの斬撃を繰り出した!
だがその一撃にウルグラムは、ひょいと身を翻して回避し、空中で一回転。そのまま両手の剣を振り上げた姿勢で落下してくる!
僕は即座に強化魔術でその場から飛び退くと、さっきまで居た場所に二本の剣が叩きつけられた!
――その衝撃で巻き起こる土煙が視界を遮った……!
剣を構えて警戒を強くし迎撃体制を取る僕。
そして一瞬の間の後に、土煙の中からウルグラムが姿を現し、こちらへ突進してきていた!
土煙を破って飛び出してきた大柄な男はまるで壁のようで、両手を上段に構えたウルグラムの煌めく刃が僕を捉えていた。
……そして僕はその剣を、自らの剣を横向きに傾けて真正面に受けた!
――ガギィィンッ!
「――ぐッ!」
なんという重さだろうか。ウルグラムの剣は解放の神剣に衝撃を伝え、僕の腕は痺れを起こし、衝撃は全身へと伝わった……!
だがそれでも僕は、足を踏ん張って耐える……!
そして地の祖精霊ジオの魔力で強化魔術を発動し、身体のさらなる強化を施した。
「ウオオオあああッ!」
僕は咆哮に乗せて全力で剣を振り抜き、彼の剣を弾き返す!
すると彼は体勢を崩すことなく後ろへと飛び下がりながら剣を振るい、一閃した!
その一閃の先から、欠けた月のような真空の刃が放たれ、それが僕を襲った!
「ッ!」
僕はそれを咄嗟に飛翔して回避する。
風の祖精霊ゼファイアによって授かった飛翔能力だ。
そして警戒しながら着地した僕は、剣を相手に向けて構えた。
すると相手は鼻を鳴らし、剣を構えて口を開く。
「そうだ、前に言ったな。使えるもんは何でも使え、ってなァ……」
ウルグラムは口角を上げてそう告げた。
戦いで高揚しているのか、目を見開き笑う様はまるで狂戦士だ。
だけどそうだ。彼の言が正しいのだ。
勝つ為には祖精霊の力でもなんでも出し惜しみはしていられないのだ。
「俺は精霊の力を引き出すテメェとやりてェんだッ! とっとと全力で打ってきやがれッ」
その叫びに僕は無言で応じるように力を込める。
今持てる全ての選択肢を惜しみなく使うんだ……!
僕は駆け出し跳躍すると、風を操って飛翔する。
そして眼下のウルグラムに右手の義手を突き出し魔力を練った。
掌から繰り出されたのは火球。だがこれは普通の炎ではない。火の祖精霊アグニの、深紅の炎によるものだ!
勝負事に祖精霊の力を使うのはどこかで卑怯だと思っていた。
だが今それを覆そうと決めたのだ……!
勝つ為にはなんでも使え。彼の教えに従って!
「――火種ッ!」
僕は自らが名付けた魔術を叫びながら、火球を連続で撃ち出した!
着弾すれば爆発を起こす、火種の強化版だ。それをウルグラムの左右と、本体を狙って撃ち込む。
「ハッ! 魔術かッ」
火球がそれぞれ着弾し、ウルグラムの周りが爆発に包まれた。
そしてすぐさま方向を変え、回り込むように飛翔する。
あの程度が通用するとは思っていない。
僕はウルグラムの背後に回り込むように移動し、地面スレスレの低空飛行で剣を構えて猛然と斬り掛かった!
「殺気でバレてんだよッ オラァッ!」
ウルグラムの声が響き渡り、真横に現れたかと思うと剣を斜めに振り下ろしてきた!
僕はとっさに強化した力で受け止めると同時に、さらに右手の義手を突き出し魔術を発動させる……!
「くっ……! 水鉄砲!」
咄嗟に練り出したのは水の祖精霊リーヴァの魔力を内包した水球だ。
それがウルグラムの顔面に直撃する!
だが彼はやや後方に仰け反ると間髪入れずに鋭い眼光で僕に狙いを定め、右脚から腹目掛けて蹴りを繰り出してきた!
「――ゴホォ……ッ!」
防御が間に合わず、僕はその蹴りをモロに受けて吹き飛ばされた。僕は腹を抑えながら蹲り咳き込む。
なんて強烈な蹴りなんだ……! 祖精霊の力を持ってしても、ウルグラムには届かないのかッ!?
「オイ、そんなモンじゃねェだろうが。とっとと立て」
「グッ……クソっ!」
僕は呻きながら立ち上がって剣を構え直すと、ウルグラムの殺気が僕の体を貫く……!
彼は既に僕へと駆け寄ってきていた! ――速いッ!
僕は慌てて身体強化を自身に施すと同時に、剣へ魔力を集め熱剣を発動させた!
低速に感じているはずにも関わらず早いウルグラムの右の刃の袈裟斬りが僕の頭上から迫り、それに赤色の軌跡を走らせた解放の神剣で迎え撃つ!
――だが同時に左の刃が水平に斬り裂かんと迫っていた!
剣を掲げて一撃目を防げば、二撃目で胴体を斬られるという絶妙なタイミングだ!
だから僕は一撃目を受けながら更に前へ飛び込んだ! その勢いのまま彼の懐に、ジオの強化魔術を溜め込んだ体当たりを繰り出す!
――ドゴォッ
「――ッッグォ……ッ」
ウルグラムの体が浮き上がり、数メートル程飛ばされていった。
その間に僕はすぐに地を蹴って飛翔する。
――その時、脳内で声が響き渡った。
この声は、闇の祖精霊エクリプスによる念話だ。
《主よ。私の魔力も活用せよ。あやつを打倒したいのなら》
《エクリプス! ……でも闇魔術はどう使えばいいか分からないんだ……》
《我が主ながら不甲斐ないぞ。ならば一つ伝授してやろう。再現出来るかは主次第だがな。よいか主。――――》
エクリプスの一呼吸の間のあと、僕の脳内にあるイメージが流れ込む。
……これならば! 後は再現できるかどうかだ!
《――ッ! わかったよ。……やってみる!》
僕は意識を再び戦闘へと戻して、ウルグラムを見やる。
彼は既に立ち上がっており、血走った目で睨みつけていた……。
……ここからが正念場だぞクサビ! 今こそ彼を超えるんだッ!
僕はウルグラムの周囲を旋回しながら、魔術構築のイメージを展開していった。
――……僕の身体は闇に包まれている。
何人も触れることの許さない黒き霧……――。
イメージを固めて行きながら、僕は呟く。
「……惑いの黒。偽りの者。模倣せよ……!」
っ! 出来たッ!
闇の魔力が僕の体を包むのを感じる。
「……『霧影像』!」
そして僕は続けざまにウルグラムに右手を向け、魔術を発動させる。その色は赤。
「またそれかッ! 同じ手は効かねえぞ」
僕は構わず先程と同じ火球を複数撃ち出し、爆発に紛れて着地した。
「効かねえっつったろうがッ!」
ウルグラムの咆哮と共に爆風が吹き飛ばされこちらに一瞬で踏み込んできた!
既に目の前。彼は左右の剣を交差させた構えで――。
――ズシャァァァ!
僕を斜め十字に深く斬り裂いたッ!
「……テメッ……なんで防がねェ……ッ!」
防御をしない僕に、ウルグラムは驚愕に顔を歪ませている。
……そして僕は苦痛に悲鳴をあげることなく、しかし鮮血と共に倒れてしまったのだった。




