Ep.385 来たるべき時
水の祖精霊リーヴァとの契約を無事に済ませた僕は、休息のあと、これからの話をする為リーヴァを召喚していた。
「――さっきぶりね、クサビ。そして皆」
召喚時の光が集まり顕現したリーヴァが、僕の背後から密着した状態で人型を形作って現れた。
……ちょっと近いんじゃなかろうか。
シズクといいリーヴァといい、水の精霊って皆こんな感じなんだろうか……!
遠慮なしに密着してくるせいで背中からは煩悩を誘う感覚が伝わって来るから困る……。
しかもリーヴァはそれが当然のような顔をしていて、それを見ていたアズマ達も何か言いたげに眺めるばかりだった。
「え、えーと……。とにかく、次の行動について話を……」
僕は恥ずかしさを誤魔化すように話を始めた。
「え、ええ……そうね……?」
サリアも苦笑いである。
とりあえず、この件については後にして話を進めることにした。
次なる目的地は、遥か空の彼方の天空島。
そこで光の祖精霊に力を借り、封印の剣の触媒とする最後の結晶を手に入れる必要があった。
ここからの流れとしては、天空島へはセイランの背に乗って、ゼファイアの風の力で天空島まで辿り着く。
そして光の祖精霊に会い、リーヴァと共に協力を得るのだ。
そうすれば封印の剣に必要な触媒が揃うんだ。
……もうすぐだ。あと少しで僕の悲願が叶う!
魔王から解放の神剣に退魔の精霊を取り戻し、真の力を宿すんだ!
リーヴァを交えた皆と話し合い、次の行動を確認できた。
ひとまず僕達はこの神殿を出て、アルスソットへ戻ることにし、その場を後にするのだった。
その夜、アルスソットの宿にて。
夕食を取り終えた僕は一人、宿の部屋のバルコニーに出て風に当たっていた。
この場所からは霊峰アルスの山頂付近が良く見える。
五年間も真っ白な空間に居たものだから、眼前に広がる緑と夜空を仰いだ空に思わず目を奪われる。
見上げれば空に瞬く星々が瞬いている。
頬を撫でる少し冷たく感じる風も久々の感覚で、僕は一人胸を熱くした。
未だ魔物や魔王の影響が残る世界でも、この景色は美しい。
アズマ達がこの世界を守ったように、僕も早く元の時代に戻って世界の安寧を取り戻さなければ。
明日は光の祖精霊のもとへ飛び立つ。
「もう少しだ。もう少しなんだ……! だからサヤ……皆、もう少し待っていてくれ!」
僕は握り拳に力を込めて、決意と共に誓いのように呟いた。
……少し風に当たりすぎたようだ。風邪を引いたら笑われてしまうな。
僕はバルコニーを後にするとベッドへと向かったのだった。
その後夜も深く更け、僕は剣や義手の手入れ、明日に向けて支度を終えて、そろそろ床につこうとした時……。
部屋の外から重く踏みしめるような足音が近づいて来るのが聞こえた。
そしてそれは僕の部屋の前で止まり、ノックもなくドアが開け放たれた。
「――オゥ」
「……ウルグラム?」
入って来たのはウルグラムだった。
彼の表情は無骨な鎧のような無表情だったが、どこか静かな怒気を醸し出しているようだった。
一体何の用だろう……。
「ウ、ウルグラム……。どうした――」
「――ちぃとツラ貸せ。行くぞ」
僕の言葉に被せるようにウルグラムが言い放つと、有無も言わさないような気配で踵を返して背を向ける。……彼は腰に二本の剣を携えていて、その背が語る意図を僕は読み取った。
「……わかりました」
僕は立て掛けていた解放の神剣を手に取り、彼の後に続いたのだった。
ベッドに体を預けていた私は、眠れない夜を過ごしていた。
なんだか胸騒ぎがして、妙に落ち着かない。
クサビの成長に驚いたし、これから向かう天空島という場所の事も気掛かりだ。
不安な要素が多い分、私の心はざわついていたのかもしれない。
そんなことを考えていると、廊下の方から足音を聞いてふと顔を上げた。
二人分の足音は宿の外の方へと遠ざかって行く……。
「……?」
私は気になって起き上がり、窓際に寄った。
外を覗くと、暗がりの中灯りも持たずに歩いていく二人の後ろ姿が見えた。
「クサビ……? それに……ウル…………」
何故二人は宿の外へ……? しかも武器を持っていたようだったわ……。
……そういえば水の神殿で、帰ってきたクサビに剣を抜いて戦いたそうにしていたわ……。まさか……!
私は慌てて部屋にあった装備を整えると宿の外へと飛び出した!
「何処へ行ったのっ……?!」
外へ出た頃には二人の姿は既になく、私は彼らを探して走り出した――。
宿を抜け出し、アルスソットから少し離れた丘の上で二人向かい合って立つ。
夜風が吹いており、周囲には静寂が漂っていた。
「こんな時間に、鍛錬ですか?」
立ち止まった彼の背に恐る恐る問いかけると、ウルグラムはこちらに振り返り、鋭い眼光で僕を見据えてきた。
「――ッ!」
僕はその瞳の奥からの、突き刺さんばかりの殺気を感じ、反射的に解放の神剣の鞘から剣を抜き放っていた!
「……鍛錬? んな温ィもんじゃねェんだよ。……仕合いだ」
「…………」
彼はそう宣言すると腰に差していた剣を抜いて切っ先をこちらに向けたのだった……。
「テメェは水精霊のあの場所で消え、まるで別人になって現れやがった」
「…………」
僕は無言のまま解放の神剣を正眼に構える。
ウルグラムの言葉は続く――。
「見てくれの話じゃねぇ。テメェの持つ雰囲気が、強者のそれだった。……テメェがあの時何をしていたかンなもんに興味はねェ。……だかな、今のテメェがどれだけやれんのか。俺はそれが知りてぇ」
ウルグラムの眼差しは鋭いまま僕を捉えている。今まで僕には無関心であった彼の生粋の戦士の血が、試練を乗り越え実力を身に付けた僕にようやく向いた。そんな気がした。
そして同時に僕は、この男と一度剣を交えねばならないと感じていた。
そしてそれは訓練ではない、本気の斬り合いになると――。
「……わかりました。――行きますッ!」
「俺も手は抜かねェッ! 死んでも文句ほざくんじゃネェぞッ!」
僕の一言に彼は獰猛な笑みを向けると、同時に地面を蹴った!




