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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.384 リーヴァ

 水の試練を乗り越えた僕は、改めて己の成長を実感していた。

 水の祖精霊との立ち会いの中で、剣術の精度は格段に向上し、威力を最大限に活かす為の足捌きも、熱剣の発動切り替えの自在化と、多くの技術を身につけることが出来た。


 それを成すのに五年も掛かってしまったが、外の世界の時間が進まないのならばと、修行の際には時への焦燥感を排除して臨むことが出来たのも、腕を上げる為の要素として多大な影響を及ぼしたのは正に幸運だった。



「本当によくぞここまで至ったわね。私の想像を具現化できるこの領域で、私の本気を下してみせた。今の貴方ならアズマにも、ウルグラムにも引けを取らない強さを身につけているわ」

「祖精霊さま……」


 僕は師の労いに胸がいっぱいになり、つい目頭を熱くする。それだけ達成感は計り知れなかったのだ。


「……実はね、今まで黙っていたけれど、私は現実世界でここまでの動きは出来ないわ。私の想像が形を成す私の領域だからこそできる芸当。でも貴方は違う。貴方は貴方の持てる力で想像の私の動きに対応し、そして上回ったの。……ふふっ。本当の私は大したことないなんて知って、ガッカリしたかしら?」


 水の祖精霊は自虐混じりに笑う。


 だが僕の目に映る彼女は変わらず、尊敬に値する師として映っている。


 これまで師と呼べる人に僕は恵まれてきた。


 生きるための力を授けてくれた師であり、世界を共に救う仲間であるチギリ師匠。アスカさんやナタクさん、ラムザッドさんもそうだ。

 

 過去の時代で、勇者としてさらなる力を引き出さんとしてくれたアズマやシェーデ。時にはウルグラムもなんだかんだ為になる一言をくれ、サリアも傷付いた時には癒してくれた。……デインは……見守ってくれた……かな?


 たくさんの強者に恵まれて僕は今ここにいる。

 剣の道を大きく進めてくれた水の祖精霊に対しても同じだ。例え幻の中でだとしても、僕の中に経験として身についたのは変わらない。師として感謝と尊敬の念が絶えないのは当然のことだった。


 この空間で5年間ずっと付きっきりだったのも大きいけれど、これはきっと僕にしかわからない感覚だろうな。


「いいえ。この5年間は確実に僕の中に培われました。水の祖精霊様は紛れもなく僕の師ですよ」


 僕ははっきりと口に出した。

 すると水の祖精霊は満足そうな笑みを浮かべるのだった。


「..……ありがとう。それにしても、あどけなかったあの頃の貴方も、すっかり大人っぽくなったわね。戻ったらアズマ達がどんな顔するかしらね」


 水の祖精霊は口元に手を当ててクスリと笑った。


「さて、ここにはもう用はないわね。戻りましょうか」

「はい!」


 僕の返事に微笑みで返した水の祖精霊の両腕が、僕に伸びてくる。

 彼女は僕の肩を抱いて引き寄せると、澄んだ水と化して僕を包み込んだ。


 ここに連れてこられた時と同じだ。

 あの時は突然水に包まれて慌てていたが、今回の僕の心は落ち着いたまま瞳を閉じて、その意識を手放していったのだった。





 ……意識が覚醒していく。

 やがて自分の身体の感覚が戻るのを感じた僕は目を開いた。


 水球と化した水の祖精霊に包まれて浮遊していたが、それはすぐに重力と共に地に足が着く。


 静かに水が流れる音が聞こえる。

 どうやら元の世界に戻ってきたようだ。


「おや、一瞬で帰ってきたね。お疲れ様クサ……ビ…………?」


 アズマの声が聞こえてそちらに振り向くと、そこには目を見開いて僕を見つめる彼とその仲間達の姿があった。

 盲目のデインも、僕の変化を感じ取っているのか、こちらを向いた首を傾げている。


「ク、クサビ……なのよねっ?」

「……主か? その変化はどうしたのだ?」


 セイランは驚きをあまり表には出さなかったが、サリアが困惑気味に僕に問いかけながら僕の前まで近寄ってきた。

 サリアを見下ろす高さの違いに、僕は自身の成長を改めて自覚する。


「はい……。皆、本当に、お久しぶりです……」


 僕は五年ぶりの仲間との再会に感極まりそうになりながらも皆に笑顔を向けた。


 皆は未だに僕の姿が見慣れないのか、戸惑いがちな表情を浮かべていたけれど――。


「ふふ……。まったく君はどこまで型破りなんだ……。消えたと思えばすぐに現れ、君は見違える程に成長して戻ってきたのだから……いやいやまったく……ふふふ」


 シェーデも近寄ってそう呟くと、僕の肩を軽く小突いて笑みを漏らしていた。

 同じくらいの背丈だったはずのシェーデを、今では僕が少し見下ろす形だ。


「私の空間でクサビとほんの五年ほど、二人っきりで濃密な時間を過ごしていたのよ。ふふふっ」


 と、いつの間にか僕の隣に現れていた水の祖精霊が、茶目っ気を纏わせながら語弊のある言い方で皆の視線を集めた。


 ……まあ皆なら冗談と分かるだろうけど。


 ちなみに今僕の脳内では、気配の変化でアグニ達契約した祖精霊が念話でいろいろと騒いでいる。とりわけジオがはしゃいでいた。



 それから僕は事の成り行きを全員に説明して、なんとか納得してもらうに至ったのだった。


「――いや、本当に驚いたよクサビ。見違える程に大人びたね。危うく僕の年齢を越えてしまうところだったじゃないか?」

「……あ、あははは……」


 アズマは冗談めかしていつも通りだったが、僕の姿を見てどこか複雑そうにしているところが見て取れた。


「本当に。すごくびっくりしちゃったわっ! こんなに……立派になって帰ってきて」


「そうだな。君の事は弟のように思っていたのだが、これからはそうもいかないな?」


 サリアとシェーデがそれぞれ僕に感想を漏らしたが、僕は少し照れくさくなって、やはり笑って誤魔化すしかなかった。



「………………」


 そこにウルグラムの射抜くような鋭い視線が、僕を睨みつけていた。

 殺気すら漂うその視線は、一瞬身の危険すら感じるほどだった。


「……テメェ、随分やるようになったな? 今ここで俺が確かめてやるぜ」

 

 そう言うとウルグラムが剣を抜き放ち、こちらへ歩いてくる……!

 彼の目は見開いていて、口元は少し笑っていた。ウルグラムが笑うところを初めて見たかもしれない……。


「――お待ちなさい。私の聖域で暴れさせはしないわよ」

「そうだぞ。獣の血が騒ぐのは仕方ないが、さすがに場所を弁える知性はあるだろう? ウルグラム?」


 そこへ水の祖精霊の制止が入り、それに便乗してシェーデが彼を宥める。


「チッ! わーったよ……ッ」


 舌打ち交じりに剣を収めると、彼はそっぽを向いてしまった。



「さて、それじゃ本題に入りましょうか。元々貴方達は魔王封印の剣の触媒を求めてここへ来たんだったわね?」


 水の祖精霊はそう前置きすると、僕達に顔を向けた。

 僕達は各々に頷いて応える。


「試練は見事、クサビがやり遂げたわ。喜んで力になりましょう」

「ありがとうございます!」


 水の祖精霊の快諾に僕は満面の笑みで頭を下げる。


「では受け取りなさい」


 水の祖精霊は手に魔力を集めて凝縮させると、青色の結晶が現れた。


 水属性が込められた、水の結晶だ。

 これで封印の剣の触媒となる結晶は、火、地、闇、風そして水となった。


 残るは光だ。

 そして光の祖精霊がいるという天空島へ行き、光の祖精霊に協力を求めるには、水の祖精霊の存在は不可欠なのだ。


 風の祖精霊ゼファイアが言うに、光の祖精霊は極度の人見知りらしく滅多に姿を見せない。だが唯一水の祖精霊には懐いているそうなのだ。


 水の祖精霊にはその協力もお願いしなければ。



「ありがとうございます、水の祖精霊様」


 僕は水の結晶を受け取り、改めて深く感謝を示した。


「クサビ? いい加減水の祖精霊、だなんてよそよそしいのはやめなさいな。私と貴方の仲なのよ?」


 また語弊のある言い方を……。水の祖精霊は砕けると案外お茶目なところがあるんだよな……。


「だから早く私に名前を頂戴。意味はわかるわね?」


 もちろん分かっている。

 精霊に名を与える事。それは契約以外に有り得ない。


「クサビ、しっかりねっ」


 サリアは契約に臨む僕に背中を押すように声をかけてくれる。


 僕はしっかりと頷き、水の祖精霊の前に立った。


「始めるわ」


 水の祖精霊の体が青色に発光し光の帯となって僕の中へと注がれていく……!


「――ぐッ……」


 契約時の例に漏れず、中から魔力が食い尽くされんばかりの消耗が始まり、僕は契約した祖精霊たちの魔力を借りてそれをなんとか耐える。


 そして剣の師と決別し、主従関係を確定させるべく名を告げる。


「――クサビ・ヒモロギが告げる。其の名は……『リーヴァ』!」


「リーヴァ。気に入ったわ。――これよりは主と共に、永久に……」


 僕の言葉を聞き終えた水の祖精霊はその体を霧散させていき、最後には光の粒子となって僕の体の中へと吸い込まれていったのだった。

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