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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.383 水の試練 五年目

「さあ、クサビ。今日も始めましょうか。この五年、貴方はついに私に着いてこれるようになって、私もやり甲斐があるわ。……構えなさい」

「…………はいっ!」




 …………幾度も繰り返されてきた光景。幾千、幾万回と剣を振ってきた。

 現世との理に隔絶されたこの空間に誘われてから、もう五年が経過していた。


 17歳だった頃の僕はもう22歳になり、もう少年の頃の面影はない。

 体つきもすっかり逞しくなり、剣を振るう腕も一端の剣士のように力強さが備わっている。

 長い月日をここで過ごし、それでも僕の中には変わらず、最愛の人や仲間達、そして希望を望む人々の事は片時も忘れたことはなかった。


 ……同じ歳だったサヤとは、五つも歳が離れてしまったな。今の僕の姿を見たら、彼女はどんな反応をするだろう。

 本音を言えば、同じ時を同じように過ごしたかった……なんて少しは心残りとして僕の中にはあるのだけれど。


 でも、全ては世界を救う為。

 その為ならば僕はたかが五年くらい皆と時がズレたって構わない。この試練……もとい修行にはそれに見合うだけの意義があった。



 アズマ達と別れてもう随分経ったな。だが彼らからしたらほんの一瞬の出来事なのだろう。皆僕の姿を見たら驚くに違いない。

 何せ、消えたと思えば突然成長して戻ってくるのだから。


「クサビ? 雑念にまみれているわよ。しっかりなさい」

「はっ! ……はいっ!」


 僕は意識を水の祖精霊に向けると剣を構え直す。

 水の祖精霊からの言葉は厳しくも優しかった。

 僕の為にここまで付き合ってくれる彼女に感謝の気持ちを抱きながらも、彼女を超えるためだけに剣を振るう。


「行きますッ!」


 僕は強化魔術を発動させて、一気に加速力を得る!

 水の祖精霊に向かって突進すると、一気に踏み込んで突きを繰り出した!


 しかし水の祖精霊の反応速度で、僕の突きはあっさりと躱されてしまったが――。


 それは織り込み済みだ。


 ――ここだ! 熱剣ッ!


 瞬間的に深く集中し、水の祖精霊の動きがゆっくりに感じる。

 剣には既に赤い光が纏われていた。

 魔力を膨大に消費する代わりに超絶的な機動と火力を生み出す奥義。


 熱剣を発動させた刃が赫灼の軌跡を残して流れゆく。


 極限の集中で時の流れが遅く感じているにも関わらず、水の祖精霊の動きは速く、僕の突きから中断させて放った斬り上げからの斬り下ろしへと繋げたが――


「……甘いわね!」


 水の祖精霊の動きは更に早く、僕の斬り下ろしを難なく受け流してしまう!


 僕はそこで意図的に熱剣を切る。そうすることで消費する魔力を抑えることが出来る。

 長い修行の末、熱剣を自由自在に発動出来るようになっていたのだ。



「今のは悪くなかったわ。でもまだ届かないわよ?」


 そう言った水の祖精霊が一気に距離を詰めて、そのまま僕の背後の方へ素通りする。


 ……否。彼女の攻撃動作は終了している。


 ――来る! 無数の剣閃が!

 僕は再度熱剣を発動させ、すぐさま振り返らずに剣を振って、その全てを防ぎきった!


「ふふっ! 今のが防がれるなんてね!」

「散々この体に刻まれましたからね……!」


 この五年で幾度受けたかわからない水の祖精霊の洗礼に、僕はようやく耐えられるようになったのだ!


 水の祖精霊の口角が上がり、糸目は更に細くなる。

 その表情に僕は不敵に笑って剣を向けた。

 内心はギリギリ防げただけで、彼女に向けた笑みはただの虚勢であったが。


「ならば、いよいよ試練は最終段階へと移るわよ。今から本気で行くわ!」

「……っ!」


 水の祖精霊の表情が更に変わった。

 今までとは違い、余裕が失せた表情だった。


 その瞬間、水の祖精霊の姿が忽然と消えた。


「――ぐあっ!」


 そしてそれを認識した時には既に、僕は宙に打ち上げられていた……!


 地面を見やると水の祖精霊が剣を振り上げた後の体制のまま僕を見据えていたのだ。

 その瞳はしっかりと開かれ、美しい青色の瞳が僕を捉えている……!


 ……本気なのだ。そして今のが彼女の全力のスピードなのか……!


 僕は打ち上げられた体制を立て直すべく宙返りするようにして地面に着地して、剣を両手で握り切っ先を向けた。


「私を超えて見せなさい、クサビ・ヒモロギ。遥か未来の時代の勇者なのでしょう!」

「……はいっ!!」


 水の祖精霊の気迫に圧されつつも、僕は叫び声を上げて駆け出した!

 強化魔術で加速して、さらに熱剣を纏わせ、彼女の懐へと一気に斬り込む!

 ここからは熱剣は常時発動だ。魔力を膨大に喰うが、相手の動きに着いていくには……、超えるにはそれしかない!


 ――熱剣の精度を上げ、さらなる反応速度を引き出してもなお、彼女の反応は早かった!


 彼女は僕の斬撃を真正面から受け止めたのだ!

 僕の斬撃を受け止めた水の祖精霊は、その表情を再び引き締める。

 彼女の瞳に映る僕もまた、真剣な表情で彼女を睨みつけていた。


 ギリギリと刃が摩擦して鍔迫り合いになる中、彼女の魔力が剣に宿るのが分かった。

 僕は彼女の動きに注目し、彼女の挙動に合わせる形で剣を滑らせると、そのまま回転するようにして剣を斬り払った。


 それを水の祖精霊はバックステップで回避すると、すぐに距離を詰めて斬撃を浴びせてくる!


 一度の動作で5回は斬ってくるそれを何とか凌ぎ、僕も反撃に転じて剣を振り上げる!


 だが、その刃は彼女の剣で受け止められた。

 剣と剣がぶつかり合う衝撃が体を震わせる!


 互いに一歩も退かない剣戟の応酬が繰り広げられた!


「うおおおおおッ!」

「はぁぁぁ!」


 僕の気合と、水の祖精霊の気合いが交差する!

 僕は全身の力を振り絞って力を込める! すると剣の周りに火花が散っていき、さらに激しさを増していく。


「……くっ……」

「……ぐぅっ……!」


 お互いに苦痛の表情を浮かべるが、その瞳は決して目を逸らさない!

 やがて――


「――――ッ!!」

「――ッ!」


 同時に互いの剣が弾かれて、吹き飛ばされた。

 そして両者が剣を手放してしまい、互いの間に大きく距離が生まれた。


 僕と水の祖精霊は同時に、うつ伏せた姿勢から剣の元へと飛び出し、それを握るとさらに相手へと刺突を繰り出さんと駆け出す!

 それはほぼ同時だった。両者まったく同じ動作で、攻撃に刺突を選択したのもまた同時だった。


 ……そして刃は相手の喉元でピタリと止まった。


 

「――…………」

「…………っ」


 僕は動きを止め、水の祖精霊も同じく。

 互いの喉元には、鋭い刃が突き付けられていた。


 否。水の祖精霊の刃は、僕の喉元を僅かに逸れていた。


 驚いて目を見開いた水の祖精霊は、やがて瞳を細めていつもの糸目となって穏やかに微笑んでくれた。


「お見事よ。……ついに成し遂げたのね。おめでとう!」

「…………っ! …………はっ! ありがとう……ございます……!」


 水の祖精霊が祝福の言葉を送ってくれたのを聞いて、僕はようやく我に返った。

 そして達成感に満ちた表情を浮かべると、大きく頭を下げたのだった。

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