Ep.380 水との邂逅
清めの晶洞の奥へと進むにつれて足元に水気が帯び始める。水音を響かせながら歩いていくと、やがて開けた空間に出た。
そこはまるで神殿のようで、その空間を支える白い石造りの柱が何本も連なり、先へと伸びる通路をの左右を水路の流れがその先へと僕達を誘う。
この神殿に足を踏み入れた瞬間から空気が澄んだような気がして、何処か神聖さすら感じられる雰囲気だ。
水の流れる音だけが耳を打つ中、僕達は通路を進んでいった。
やがて通路の奥へと辿り着くと、そこは数段程の階段が出来ており、その最上段に人の姿があった。
それは水色のドレスに身を包み、美しい長い髪を垂らした女性の姿だった。
女性らしく足を揃えて座るその女性を中心にどこからか水が流れ、段差を伝って下の水路へと落ちていく。
青く長い髪の美しい顔立ちの女性がこちらを見据え……いや、その目は開かれていないように見えるのだが、それでも視線はこちらに向けられているのを感じた。
糸目という類いのものかな? ラシードみたいだ。
「ようこそ我が聖域へ。貴方達はお久しぶりね」
するとその女性は穏やかな笑みを浮かべながら、静かに言葉を紡いだ。透き通るような声が耳に届く。
「ああ。水の祖精霊、久しぶりだね。……頼ってばかりになるのが心苦しいのだけど、今日も貴女を頼りに来たんだ」
アズマが応答すると、彼女は頷いて口を開く。
「……ええもちろん。私は貴方達の為ならいつでも力となるわ。……それで、要件はそこの彼にまつわるのでしょう?」
アズマに向けていた視線の気配が僕に向けられるのを感じる。
「祖となる同胞の気配を携えし、稀有なる子よ。貴方は私に何を求めるのかしら?」
水の祖精霊は表情を引き締めて僕に問いかけた。
「お初にお目にかかります水の祖精霊様。僕はクサビ・ヒモロギと申します。故あって勇者アズマ達にある目標の手助けをしてもらっています」
僕は跪いて自らの名を名乗る。
「なるほど。そこの貴女は……龍かしら。その子と繋がりを感じるわね。契約をしているのね」
水の祖精霊はセイランを注意深く観察するような視線を向けると、僕とセイランを見比べているような仕草をしていた。
「如何にも、我は蒼龍。我が主に付き従う者。精霊の祖との邂逅を喜ばしく思うぞ」
セイランは淡々と、しかし確かな畏敬の念を込めて言葉を紡ぎ、それを受け取った水の祖精霊は口元に弧を描いて頷いた。そしてアズマに向き直ると――。
「それにしても、不思議な事があるものね。ねえアズマ。この子はアズマの子なのかしら? 貴方にとてもよく似た魔力の波長を感じるわ」
「えっ」
水の祖精霊は不思議そうに首を傾げて尋ねた。アズマに向けるその様子には少し楽しげな声色が混じっている。
静かそうな印象を抱いたが、案外気さくなのだろうか?
「こんな大きな子がいるなんて。貴方はてっきりサリアと添い遂げるものと思っていたわ?」
「そそそそそ祖精霊さま!?」
「ふふふっ」
サリアの慌てぶりを見て水の祖精霊は口を抑えて上品に笑い声を上げた。
「ははは、冗談は程々に……。詳しくは彼が説明してくれるはずさ」
アズマは手を仰ぎ水の祖精霊の視線を僕へと誘導する。……その後ろでサリアは顔を真っ赤にさせてアズマに何か言いたげだったけど……。
ここからが本題だ。誠心誠意を尽くすんだ。
「……今から話す事は全て事実で、契約に応じてくれた祖精霊達は信じてくれました。……実は――」
僕は水の祖精霊に真実を告げていった。
僕が500年の未来からやってきた事。その時代で絶望を振りまく魔王を倒す為、解放の神剣の力を復活させる為に旅をしていることを説明した。
「……そう。アズマの血を引く未来の勇者なのね。それなら魔力が似ているのにも頷けるわ。……で、私からも封印の剣の触媒が欲しいのね?」
「……はい」
僕は真剣な眼差しを向けて頷く。
僕の話を聞いた水の祖精霊は、特に表情も変わらず平然とした様子で応じるのみだった。
そして、彼女の視線が再び僕に向けられたかと思うと、彼女はゆっくりと立ち上がり――
「もちろん協力はするわ。私も魔王の嫌な気配が残り続ける事には、常々不快に思っていた事だもの。他の祖精霊に倣って、貴方の力になりましょう」
「……! ありがとうございますっ!」
水の祖精霊の承諾を得られた喜びで僕は立ち上がり頭を下げた。
「ではクサビ。それ相応の力を得ようとするには、それに見合った覚悟を、貴方から見せてもらわなければならないわ。わかっているわね?」
水の祖精霊は僕の目の前までゆっくりと近付いて、そして静かに僕に語り掛けた。
「……はい! 試練をどうか僕に与えてください……!」
僕は顔を上げて水の祖精霊の糸目を見つめ返し、強い意志を込めて返答する。
どのような試練であったとしても、僕は必ず乗り越えてみせる! 未来にいる仲間の為にも、その世界に生きる人々の為にも!
「クサビ、頑張るんだよ」
「ここで見守っているわっ」
アズマとサリアの僕を見つめる眼差しに期待の光が灯る。
「私はしばしのんびりさせてもらうとしよう。行ってこい、クサビ」
「…………」
「とっとと行ってこい。ここは退屈すぎんぜ」
シェーデ、デイン、ウルグラムもそれぞれに僕を見送ってくれた。
「準備は良さそうね。……では始めましょう」
「……はいっ!」
すると頷いた水の祖精霊が僕に腕を回し、優しく僕の体を抱き寄せてきた……!
思わずドキっとした僕だったが、次の瞬間、水の祖精霊が全体を覆うほどの水球と化し、僕を飲み込む!
「――え? あっ……!」
突然の事態に目を瞬かせる事しかできない中、僕は水に呑まれ意識を失ったのだった……。




