Ep.379 水の祖精霊のもとへ
南西大陸――リデルフォン王国領へと辿り着いた僕達は、水の祖精霊がいるという霊峰アルスへと向かう前に、近くの街で支度を整えることになった。
清めの晶洞というところを通っていくらしいのだけど、霊峰アルスの中にあるのだろうか。
ここまで飛び続けてくれたセイランを休ませる為だ。
当の本人はというと――。
「――我をそこらの翼竜と一緒にされては困るぞ主よ。例え世界の端から果までであろうとも息切れなどせんわ。……だ、だが? 主の心遣いを無下にも出来ぬのでな、従おうぞ」
なんて言っていたけどね。
しかし理由はそれだけではない。
霊峰の近くの街へ向かうことは仲間の要望でもあった。
その要望の主はサリアだ。
僕の時代でこの南西大陸を統治していた国家の名前は『サリア神聖王国』
言うまでもなくその国名の由来は目の前にいる女性だ。
魔王を封印した後、故郷に戻ったサリアだったが、時が経ち、やがて厄災として恐れられたヨルムンガンド相手に命と引き換えに封印するという最期を迎えた。
多くの人々の命を救った事により、もともと水の精霊に好まれ、結び付きが強かったこの地で聖女はやがて女神として奉られるようになると、その事実が伝説として語られる程に時が経った後、精霊と共に女神を尊ぶ精霊信仰が誕生したという。
この知識は以前聖都マリスハイムの王立書庫で得たものだ。
単なる想像だけどサリア神聖王国初代国王は、きっとサリアを女神として熱心に信仰していたのだと思う。でなければ国名に女性の名前を当てたりはしないだろう。
……それにしても、サリアに未来では貴女の名前で国が立ちます、なんて話したらどんな反応を示すだろうなあ。きっと顔を真っ赤にして恥ずかしがるかも。
未来の事を教えられないのが残念だ。
霊峰アルスへと至る参道があり、修練目的で旅人が多く訪れる街『アルスソット』は、それなりに人で賑わう街だ。
その街で宿を取り、一先ず羽を休めていると、サリアは早速故郷の村に行ってくると飛び出して行った。
サリアの故郷はアルスソットの近くの村らしく、様子を見に行ったのだ。
家族も知り合いもいるだろうし、しばらく帰れなかった故郷がずっと気になっていたのは無理もないだろう。
サリアが里帰りしている間に僕達は旅の物資の補充をしたり、その後はそれぞれが自由に過ごした。
僕も宿で荷物を整理したり、義手の手入れをしていた。
とその時、突然僕の体の中がザワつく感覚を覚えた。
「――? これは……?」
僕の内で何かがザワついていたその正体は魔力だ。
僕のものではない精霊の魔力が、まるで何かを訴え掛けてきるかのように落ち着きのない感覚を僕に伝えてくる。
その魔力が誰の魔力なのか、僕は瞑目して探り始めた……。
……この力強い感じの魔力はアグニのだな。
で、この元気が有り余るような魔力はジオ。静かでしっとりした感じのはエクリプスかな。
清涼感が伝わるこの魔力はゼファイア。
しきりに訴え掛けてくるこの魔力は、祖精霊達の魔力とは別のものだ。
僕と結び付いている精霊の魔力だと言うのなら、残るのは……。
「シズクの魔力……かな?」
ここからだとはるか500年の先のこの大陸で、僕は水の中位精霊と契約し、シズクと名付けた。
過去に転移してきた時からその繋がりが感じられなくなってしまっていた。
この胸のザワつきで、完全に繋がりが絶たれた訳ではなかったんだと知って、僕は少し嬉しくなった。
しかし、シズクが一体何を伝えようとしているのだろう。
こっちの時代ではまだ僕のことは知らないはずだ。
この時代のシズク自身というよりか、魔力で繋がった未来のシズクの意思が騒いでいるように思えた。
かつて聖都で文献を見漁っていた時に知ったが、この大陸は水の精霊が多く住まうというし、ここは水の祖精霊が居るという霊峰アルスの登山口の街だ。
もしかしたら水の祖精霊の近くだから緊張しているのかな?
いくら考えても分からなかったので、そう思うことにした。
アルスソットの地を付けてから2日が経過した。
故郷から帰ってきたサリアの表情も明るかった。
きっと家族や親しい人達の無事を確かめたのだろう。それが彼女にとって英気を養える結果になったようだ。
サリアも戻り、ついに霊峰アルスへと向かう。
修行もために参道をちゃんと歩いて行くべきなのだろうが、今回は修行とは目的が違うため、山頂まで飛翔して行くことになった。
僕もゼファイアとの契約で自在に飛ぶことが出来るようになったので、自分の力だけで飛ぶ機会を心待ちにしていた……のは密かにあったり。
「よし、それじゃあ水の祖精霊に会いに行こうか!」
「はいっ!」
修行に赴く人達に悪いと思いながら、僕達は勢いよく上空に飛び立ち山頂を目指す。
上空から見ると、大地にそびえ立つ霊峰アルスの山頂付近は白んで、神聖で厳かな雰囲気が感じられた。話に聞いていた小さな滝も見える。
程なくして山頂に辿り着くと、アズマが参道のさらに奥へと進んでいく。
「ここから少し下っていくよ。道が細いから、落ちないように気をつけるんだ」
アズマはそう言うと、ゆっくりと下っていきながら細長い洞窟らしき入り口を指し示す。
僕らは慎重に洞窟のような場所に入り込んでいく。
その通路は岩で形成されており、さらに進んだその先は岩で塞がれているだけの空洞になっていた。
「……この岩の先に水の祖精霊が?」
「ええ。この岩は封印になっているの。この岩に触れた者が、祖精霊さまが会いたいと思った者にのみ、道が開かれるのよ。そしてこの先からが清めの晶洞ね」
「なるほど……」
サリアの説明に僕は頷く。
水の祖精霊は僕に会ってくれるだろうか……。もし会ってくれなかったらどうしよう。
「……大丈夫。きっと会ってくださるはずだからっ」
「っ! ……ありがとう、サリア」
不安が顔に現れていたのか、サリアが励ましてくれる。
僕は勇気づけられて岩の前に立つと、意を決して両手を伸ばし、岩に掌を押し当てた。
すると――。
「あっ」
触れた岩からほわりと淡い青い光が帯びたと思うと、やがてその光は青く煌めきだした。その光が激しく発光すると、僕は眩しくて思わず目を瞑ってしまった。
やがて光が収まるのを感じると、僕は恐る恐る瞼を開いた。すると目の前にあったはずの岩は跡形もなく姿を消していたのだ!
「ふっ。君の心配は徒労だったろう? 行こう」
シェーデが僕の肩に手を置いて微笑みかけた。
ひとまず面会の機会は与えられた。肝心なのはここからなんだ……!
「……はい! 行きます!」
僕は頷き、洞窟の更に奥へと踏み入ったのだった。




