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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.375 吹き荒ぶ風は峡谷を抜けて

 蒼き翼を翻し、疾風のように風の祖精霊に追いすがる。

 その龍に振り落とされんとしがみつき、目まぐるしく回転する視界の中で、僕は追い抜くべき背中を睨み据え続けていた。


 皆で追い抜く為に最善を尽くしていてもなお、未だその差は縮まらないでいた……。


 このままじゃダメだ……! 何か方法はないのか……?

 サリア、デイン、フェンリルが絶え間なく魔術を撃ち込んで、色とりどりの光が風を追っていた。

 縦横無尽な旋風はやや速度を落としはしたものの、それらを躱していく。


 あと一つ。何か決め手があれば……!



「――ッ! クサビ! この先を見るんだ!」

「……っ?!」


 その時、僕の耳にアズマの鋭い声が響いた。

 アズマの向く先を見ると彼は迫り来る峡谷の先を凝視している。


 僕達が通っている崖の上方。そこには一箇所だけ突出した崖があった。まるでアーチのような崖岩の門だ。


 そしてその下をくぐるようなルートを風の祖精霊は進んでいく。


「あの崖を崩せば……!」


 僕はアズマの意図に気付いて即座に右手の義手を目標に突き出し、狙いを定めて魔力を練り上げる。

 あの崖を崩落させる程の火力の魔術を短時間で放つには、契約した祖精霊達の魔力を引き出すしかない。


 僕はアグニの魔力を引き出して掌に宿す。――そして。


「――行けぇッ!」


 僕は声を張り上げて魔術を放った!


 その瞬間右手から肩に衝撃が伝わり、それは引き絞られた弦が解き放たれたかのように火球が撃ち出されて、一際赤く煌いた。


 アグニの炎を加えて、圧縮させて撃ち出すイメージで放った僕の進化した『火種』だ。崖を崩すくらいの威力なら込もっているはずだ。


 そして火球はその思惑通り崖岩の特に細くなっている箇所に着弾して爆ぜ、粉々になった岩礫が爆風によって飛び散り、原型を留めた崖の地面が谷底へと落下していく。


 それはちょうど通過しようとしている風の祖精霊の行く手を阻むかのように落ちていくと、流石の風の祖精霊も体を曲げて急減速を余儀なくされ、僕達の目論見が功を奏して好機を見出すに至る。


「――うおっとと! 弾幕に紛れて地形を利用されたか!」

「今だセイラン! 全速力だッ!」


「――ならばさらに荒ぶらんッ!」


 崖の崩落を予想していなかった風の祖精霊の失策を活かして、セイランが一気に加速する。


 風の祖精霊も慌てて崖下を抜けるコースを取ろうとしたが、既にセイランの翼がその先にいた。

 風の祖精霊は僕達を追い抜こうにも、その巨体が邪魔をして迂回するように横へと移動するしかなく、僕らは一気にその先へと飛び出たのだった。


「抜いたぞ! このまま峡谷を抜ければこちらの勝利だなっ」


 シェーデの喝采が僕の背中に降り注いでくるが、気を緩めてはいられない。

 ここからは追いつかれないように、全力で風の祖精霊を抑えなければならないのだから。それは追う側から追われる側に回ったことを意味する。


「……へぇ。やるじゃないか。ならばこちらも! 本気を出すとしようかなッ」


 すると風の祖精霊も楽しそうに笑みを浮かべると、魔力を帯びた緑色の風が体を包み込み、その姿は一瞬にしてかき消えた……!


「……は……?」


 僕は一瞬何が起きたのかわからず目を瞬かせる。


「――見失ってんじゃねぇ! 上だッ!」

「――ッ!?」


 ウルグラムの鬼気迫る声が突き刺さると、僕は慌てて頭上に目をやる。

 そこには勝気な笑みを浮かべながら飛翔する風の祖精霊が、僕達の頭上を通過しようとしているところだった。


 風の祖精霊は忽然と姿を消したわけではなく、その実、視界にも捉えられぬ程の、爆発的な瞬間加速を披露してみせたのだ。


「――通すかよッ!」


 だがそれをウルグラムは見逃さない。

 僕には捉えられないものが、彼には見えていた。


 ウルグラムはセイランの背の上で立ち上がり、腰に差した左右の長剣を抜き放って交差させて構える。そして少し屈むように姿勢を下げると龍の背を蹴って、一気に獲物目掛けて飛び出した!


「おおおぉぉぉッ!」


 二本一対の刃が煌めいた刹那、風の祖精霊の体には斜め十字に残る斬光が穿たれ、それを成した灰髪の半獣人がすれ違っていた。


「うおっ!?」


 驚きの声を上げた風の祖精霊は、ウルグラムの剣によって斬り裂かれると、纏っていた緑風ごと霧散されてしまった。


 飛び出して行ったウルグラムは、そのまま岩壁に剣を突き立て、重力を無視したかのような壁走りの後跳躍。無事に僕達の元、セイランの背へと着地してきた。


 衝撃が気に障ったのかセイランが低く唸るが、僕達は斬撃を受けた風の祖精霊が居た中空を見据える。


「……チッ。やっぱ手応えねェぜ」


 苛立ちを吐き捨てるウルグラムの言葉を裏付けるように、霧散した風は僕達に並走しながら人の形を形成していき、わざとらしく目を丸くして驚く風の祖精霊が再び現れた。


 斬られてダメージを受けた様子はなくピンピンしている。

 おそらくウルグラムもそれを承知で斬り掛かったのだろう。纏っていた魔力の風が消えたせいか、先ほどのような凄まじい速度では飛べない様子に、妨害の成果は確実に齎されていた。


「斬り掛かるなんてひどいじゃないかウルグラム! 驚いてしまったよ!」

「ハッ! ……猿芝居しやがってよく言うぜ」


 その言葉に風の祖精霊は不敵に口角を上げ、涼やかだった眼差しは一変して、僕達を追うべき獲物と見定めたかのように目を見開き、瞳孔が絞られた。


 ――本気を出してくる!

 そんな直観が僕の体中を駆け巡る。



 ――それと時を同じく、幾度もの狭い曲線を潜り抜けて傾き続けていた龍の背が、水平に保ちながら加速し始めていた。


 おそらく峡谷の終わりまでの最後の直線に到達したんだ。

 つまりここを先に抜けた者が勝者となる……!


「皆、ここが正念場だ! 力の限り食い止めよう!」

「はい! ――セイラン、逃げ切るんだっ!」


 アズマの檄に僕達はそれぞれ了解の意を示し、僕はセイランの咆哮を背に受けながら、風を阻まんと右手を向けてアグニの魔力が宿る火球を放った。


 もはや何処かにしがみつく必要はない。

 勇者と英雄と呼ばれた者達は、風の猛追を阻むべく地に足付けて応戦の構えを取り、全力で攻撃を開始した!


 サリアは光の矢の数を先ほどよりも倍以上に増やして放ち、デインは空中で広範囲に爆ぜる火の魔術をばら撒いて相手の行動を制限する。


 剣士組もまた、可能な遠距離の技を繰り出して応戦する。

 ウルグラムは二本の剣を振り、剣圧を飛ばして風の刃を連続で絶え間なく放ち、シェーデはフェンリルに命じて攻撃させる他、自らも氷の剣技で牽制していた。


 アズマもまた解放の神剣を抜き放ち、三日月のような形の眩い輝きの剣圧を次々に放った。


 魔王に打ち勝った者達の猛攻が、風の祖精霊ただ一人に向けられ、さすがの俊敏さであろうともその全てを躱すことは出来ない。


 それでも徐々に僕達との差を縮めてくる……!


「うおおおおおー! あと……少し……!!」


 先ほどまで軽薄さを漂わせていた風の祖精霊も叫びながら追いすがっては普段の様子をかなぐり捨ててくる! こちらも全力だが相手も全力なのだ。


 あと少し……! あと少しなんだ!


 僕達の全力の妨害を捌きながら、風の祖精霊がセイランの尾を越え、じりじりと差を狭めて翼の辺りを抜けていく……!


 僕は焦燥に駆られながら必死に魔術を放ち続けた!

 これ以上進ませてなるものか!


 峡谷の終わりはもう目と鼻の先まで差し掛かっている。

 事ここに至って、風の祖精霊も意地になって妨害による魔術や剣圧を避ける事もせずに加速していく……!


 セイランも既に全力を尽くしてくれている。妨害行為も意に介さないのならば、もはやセイランに託す事しかできなかった。


 旋風は龍の翼を越え首を抜け、ついには両者の頭が並んだ瞬間――。



 ――岩壁に囲まれていた視界が一気に開け、眼前には青々とした森林が雄大にも広がっていた。

 それは峡谷地帯を抜け、勝敗が決したことを意味していた。


 峡谷を抜ける瞬間、僕は見た。

 風の祖精霊が前へと躍り出ようとしながらも、ほんの僅かにセイランの鼻先が先に出ていたことを。


 セイランは滑空を止めて空中で翼を羽ばたかせる。

 さすがに疲れたのだろう、龍の呼吸は荒く繰り返されていた。よく見れば翼の至るところには小さな傷が無数に付いていた。

 龍の巨体で狭い峡谷を、幾度となく岩壁を掠めながら猛スピードで飛んでくれたのだ。本当に感謝の気持ちでいっぱいになる。


「セイラン……こんなになるまで頑張ってくれてありがとう……!」

「……なんの。ここまで本気で飛んだのは久方振りであったわ」


 努めて平静を装うセイランに僕は労いの気持ちを込めながら龍の背を撫で、サリアも慈愛の表情で声を掛けながら、セイランの翼に回復魔術を掛けてくれていた。



「――いやぁ、惜しかった! あとほんのちょっとだったんだけどなぁ~! いや参った参った! はははっ!」


 そして、僕の目の前で悠然と笑う風の祖精霊は、先ほどの迫力からは想像もできない程飄々として、いつもの軽薄さを滲ませていた。

 本人からは悔恨の念などは一切感じられず、清々しく高らかに笑い飛ばしていて僕達は失笑じみた笑みを浮かべてしまったのだが。


 ……と、そんな相手の様子に拍子抜けしてしまったものの、遅れて勝利の実感がようやく湧いてきて、感情が沸々と沸騰するかのような心地を抱いた僕は――。


「……でも僕達、勝ったんだ……。――や、やったー!!」


 思わず僕は歓喜のあまり声を張り上げて拳を握り締めて勝利を噛み締める。

 安堵する者、笑いあう者と様々な反応だったが、僕は仲間達と喜びを分かち合うのだった――。

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