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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.374 龍と旋風

 南西大陸を目指していた僕達に、突風の如く現れた風の祖精霊に追従する形で、進路を大きく変えて南東大陸へとやってきた。


 僕の時代では東方部族連合――つまり僕の故郷があった地であり、この時代では先に義手でお世話になったシュミートブルクがある大陸だ。


 上空からはそのほとんどが緑で埋め尽くされたこの大陸をさらに南進。

 そして徐々に景色は変わり始め、起伏の激しい場所に差し掛かり、やがて森林地帯の様相は薄まって岩肌を見せる山岳地帯へと辿り着いた。


 そしてついに風の祖精霊が立ち止まり、僕達を乗せたセイランも倣ってその場に静止した。


 目前には険しい山々が聳え立つ大自然が広がり、遥か眼下には切り立った谷底の風景が見えた。


 風の祖精霊が言っていた通り、谷の底は闇に包まれていてまるで底なしだ。

 それにこの峡谷、思ったよりも幅が狭い。セイランが翼を一杯に開いたら余り余裕はなさそうだ。


 上空からその峡谷の道を見ると、途中で枝分かれしていたり交わったり、はたまた急な曲線になっているところがいくつも見受けられた。


「……あ、あの中をぶつからずに、風の祖精霊様よりも早く進まないといけないのね……」


 サリアは息を呑んでその風景を見つめて呟く。


 自力で飛翔できるサリアやデインはともかく、飛翔の魔術を付与してもらわないと飛べない僕達にとっては、この高さから落ちたら一溜りもない。


 そんな恐怖と緊張感が僕達を包む中、風の祖精霊は悠然と僕達へ向き直る。


「さあ、ここをスタート地点にしようか! ルールは簡単。この峡谷を先に抜けた者が勝者さ!」

「…………」


 風の祖精霊が楽しげに宣言するのにも、僕達は返事の代わりに神妙な面持ちで頷く。


「君達は大きな龍に乗ってるし、僕より小回りが利かないだろうから、僕への妨害をアリにしてあげよう。もちろん僕からは一切手を出さないよ!」

「……わかりました……」


 峡谷の横幅ギリギリのサイズのセイランへの、ハンデということだろうか。


「但し! レース中に峡谷の間よりも上の上空に逃げたらその時点で負けとしよう! ――つ・ま・り……僕を吹き飛ばせれば君らの勝ち! ……になるかもね?」


 風のの祖精霊はわざとらしく抑揚をつけながら説明していく。


 ……なるほど、それなら僕達にも十分勝機があるはずだ!


「……わかりましたっ!」


 僕達は風の祖精霊の言葉に頷き合うと、改めて瞳に覚悟を宿して相手を睨み据える。


 その様子を不敵に短く笑った風の祖精霊は、セイランの横に並び、腕を伸ばしたりと準備運動の仕草を始めた。


「――我が主、そして背に乗る者達よ、我が翼を信じよ。振り落とされぬよう、しかと掴まっているのだぞ!」


 セイランの言葉に皆が頷き、彼女の背にしがみつく。


「頼んだよ、セイラン! 風の祖精霊を驚かせてやろう!」


 僕がそう言うと、セイランは肯定するように小さくグルッと喉を鳴らすのだった。



「よぉし。では行くよ〜? よーい……――スタートっ!」


 そして風の祖精霊が掛け声と共に、ギュンと加速して飛び立ったのと同時に、僕達も飛び出した!

 セイランは巨体に似合わぬ敏捷さで風を切って加速し、風の祖精霊の背中を追いかける。


 僕達は振り落とされぬようセイランにしがみつき、先を行く風の祖精霊の背を見据える。


 大気を自在に操る風の祖精霊には、単純なスピード勝負では敵わない。

 それでは勝負にならない。勝機は風の祖精霊に対しての妨害を可能というルールを活用することにこそ存在していた。


「風の祖精霊を魔術で攻撃するしかないね。サリア、デイン。遠慮なく魔術を放ってくれ!」

「ええ! わかったわっ!」

「…………っ」


 アズマは相手から目を逸らすことなく二人の魔術師に指示を飛ばすと、それに了承したサリアの手を取って支えた。

 小さく頷いたデインには、アズマと同じようにウルグラムが彼の首根っこを掴んで落下を防がんとしていた。


 そしてやや頬を赤く染めるサリアと、若干不服そうなデインが杖を取り出して、相手に狙いを定め、速射型の簡易魔術の連射を開始した!


「――おおっと! ……面白くなってきた!」


 風の祖精霊は迫る魔術を前に余裕綽々という様子で、身を捩ってそれを回避していく。


 だがサリアとデインの同時攻撃は止まらない!


 僕も火属性下位魔術の火球を撃ち出してみるが、そもそも僕の魔術では風の祖精霊のスピードに追いつかない。

 そこで僕は当てることを諦め、進行を妨害するように火球を放ち続けることにした。少しでも風の祖精霊がコースを逸らしてしまえば、僕の魔術は成功となるからだ!


「よし、クサビは牽制に集中しよう! 彼を飛びにくくなるように邪魔するんだ」

「はいっ!」


 アズマはサリアを支えながら僕に向けて指示を出す。アズマは純粋な攻撃系の魔術を使わない。剣による衝撃波を飛ばすことはできるだろうけど、サリアを支えながら、もう片方の手でそれをするのは難しい。

 そのためアズマは僕達の魔術の、妨害に最適な狙い目を見抜いてそれを指示することに専念してくれるようだ。


「――出番だぞ、フェンリル。お前の氷で風を止めてやれ」


 その時シェーデがフェンリルを呼び出し、即座に命令を下すと、白銀の毛並みの精霊は低く唸り、その鋭い眼光が相手に狙いを定める。


 僕もアグニ達を呼び出せればと思いはしたのだが、くねくねと続く狭い峡谷の間を、体を傾け、時には横回転を駆使しながら飛翔するセイランの挙動に振り落とされまいと必死で、僕にはとても精霊を召喚するだけの落ち着きを保てない。

 呼び出す際に集中しても時間を掛かるうえに、目まぐるしく天地が入れ替わるこの状況下ではどうしても気が散って集中できないのだ。


 それをシェーデは難なくやってのける。

 やはり経験の差というものなのだろう。と胸中に悔しさを覚えつつも右手に魔力を込めて撃ち出す僕なのであった。



「――おおっと危ないっ! はは! スリリングになってきたー!」


 断崖に囲まれた峡谷で、おびただしい数の魔術の光を躱しながら不敵な笑みで飛び回る風の祖精霊。

 どれほど進んできただろう。仲間達の援護が功を奏し、ここまで大きく離されることはなかったものの、龍の翼は風に並ぶには至っていなかった。


 進むにつれて峡谷の幅がさらに狭まり、一時急旋回をした際、セイランの翼が壁を掠めてヒヤリとした場面もあった。

 ここからはさらに精密な飛行を余儀なくされるだろうと予想され、それらはセイランに託す他なかった。


 もちろん僕達もできる限りの援護を行っていた。


 サリアの光の矢が留まることなく放たれ続け、そこにデインの狙いすましたような雷撃の束が閃光となり襲い掛かり、シェーデが召喚したフェンリルもまた氷塊を生み出しては放ち、狙いを逸れた氷塊は断崖の壁に穿たれた。


 僕はアズマの指示で、接触すると爆ぜる火球を風の祖精霊の行く手に着弾するように狙いをつけ、爆風で視界を妨害しようと試みたりと必死だ。

 セイランも隙あらば口から青いブレスを吐いて攻撃している。


 それでも今一歩が届かず、風の祖精霊との差が縮まらないでいた。

 何か手を打たないと、追いつけずに負けてしまう……!


 そう焦燥の色を瞳に宿す僕を乗せて、それを察したのか青龍はさらに速度を上げてひたすらに風を追うのだった。

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