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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.373 気まぐれな風

「――やあ、誰かと思えばアズマ達じゃないか」


 優しげな声に、勇者に負けず劣らずの涼やかな笑みを浮かべ、龍の飛行速度に平然と並んで飛翔する美男子が、そこにはいた。


 サラリと風になびく金と混在した緑色の髪に、好奇心旺盛そうな瞳も綺麗な緑色。

 冒険家がかぶるようなお洒落な帽子をかぶり、動きやすそうな服装。

 一見色白で若い青年にしか見えないが、祖精霊と契約して力をつけた今なら分かる。その気配は明らかに人が持つものではなかった。


 だとすると……。


「――風の祖精霊様っ!?」


 サリアが驚愕の声を上げ、同時にセイランも気配なく近づいた存在にようやく気付いたのか、グォと驚いた声を上げて飛行を中断し大きくその体を跳ねて傾けるので、僕達は咄嗟に振り落とされないようにしがみつく。


 それよりも、やはりこの人は……。


「ははっ! 驚いたろう? 龍よ、すまんね! ――やあサリア。相変わらず可愛いね」

「あ……は、はぁ……。あはは……」


 サリアはセイランに摑まったまま苦笑いだ。

 風のように現れた彼は、一見爽やかな雰囲気を漂わせているが、口を開けば飄々としていて、少しばかり軽薄さを覚える……。


 それにアグニやエクリプスのように、人の輪郭を象った属性体のような、人ならざるもののようには見えず、どこからどう見ても人間のようで精霊とは思えなかった。


 ……あ、でも思い返せばセイランも人の姿になれるわけだし、彼らの姿は祖精霊自身の好みの範疇なのかもしれない。ジオもモグラみたいな見た目だし……。


 僕はそんな雑念を一旦頭の片隅に置いて、目の前の浮遊する青年に視線を戻した。


 セイランも風の祖精霊に敵意がないのが分かると落ち着きを取り戻し、少し速度を落として飛行に戻った。



「皆元気そうだね。と言ってもそんなに時間は経ってないか。ははは!」


「……よもやそちらから来てくれるとは、僥倖の極みだな」


 風の祖精霊の陽気な物言いにシェーデは若干面食らっていたものの、すぐに切り返して風の祖精霊に親しみの眼差しを向けた。


「シェーデも変わらず綺麗な髪だね。もちろん特に、という意味さ」

「けっ! 軟派野郎が……」

「ははは〜! 君は相変わらず乱暴だなぁ、ウルグラム?」


 風の祖精霊は囁きながらシェーデの髪を掬い撫でて挨拶とし、ウルグラムには悪態をつかれて肩を竦めるも、ウルグラムに対しても笑顔のままで、まったく気にしていない様子だ。


 ウルグラムは舌打ちしてそっぽを向いてしまい、シェーデは甘い風に靡く様子もなく、ウルグラムを見ると苦笑して風の祖精霊に向き直った。


「また……会えて、嬉しい……」

「僕もだ、デイン。……でも君は変わらずシャイなままだね!」


 風の祖精霊はデインの方に顔を向けて、優しげな声色で語りかけたかと思えば次の瞬間には茶化し出して、デインは少し複雑そうに頷くと、両目を覆う布に触れて、突かれた図星を誤魔化している。


 なんだか皆と凄く親しげだなぁ。



「――それで……君は初めましてだね?」

「――――」


 呑気にやり取りを見守っていた僕に、不意に風の祖精霊はこちらに目を向けたかと思うと、目の前でピタリと止まった。


 すると僕と顔を突き合わせて顎に手を当てて、眉間に皺を寄せて、僕をじっと見ながら唸りだした。


「ふむ……。祖精霊の気配が1箇所に集まっているのに気付いて、何かと思って来てみればこれはこれは……。――君達、さては僕を差し置いて面白そうな事しようとしているね?!」


 風の祖精霊は仲間達の方へ振り向いて、嬉々とした様子で詰め寄っていく。


 僕達の今の状況に興味津々といった様子で目を輝かせている。

 まさか向こうから接触してくるとは思わず面食らってしまったが、これは千載一遇の好機だ!


「まさか。僕らも貴方の行方を捜していたんだよ? じっとしていてくれれば真っ先に訪ねたさ」

「そうだったのかい? いやすまないね。世界中の素敵なものが僕を放っておかないのさ、はははっ!」


 アズマが涼やかに笑いかけながら弁解すると、風の祖精霊はアズマの肩に腕を回して快活に笑った。


 ……二人の爽やかさに思わず僕は怯みかけそうだ。


「――んで、僕を探していたのは、君とよく似た気配のこの子が関わってるんだろう?」


 風の祖精霊はアズマからするりと離れて僕の傍に移動してくる。


「パッと見でわかるさ。この子は異常……いや、異様だ。――君は何者なんだい? ……何故火や地、闇まで一緒にいるんだい?」


 目が合い、風の祖精霊が鋭く僕を見据えた刹那、今までの軽薄さは完全に消え去っていた。


 ――世界に仇なす存在ならば容赦はしない。


 そんな意思が伝わってくるような眼差しを、一瞬向けられたような錯覚を覚えたが、一つ瞬きをするうちにその気配は消え去っていた。


 僕はその様子に固唾を呑みこむと、まっすぐ彼を見て、はっきりと言葉を発した。


「僕はクサビ・ヒモロギと言います。貴方の疑問に、これから全てお話します……っ」




 そうして僕は風の祖精霊に、自身の目的とこれまでの経緯を全て話した。長い、長い話にも関わらず、風の祖精霊は興味深そうに相槌を打ちながら聞いてくれた。


 僕の話を聞いても尚、彼の表情に嫌悪や拒絶の色はなく、僕の話を最後まで聞き終えた後、彼は満足げな表情を浮かべて口を開いた。


「いやぁ、まさか500年後の未来から来ただなんてねぇ〜。しかもアズマの子孫か〜! 道理でそっくりなワケだよ」


 風の祖精霊は感心したように頷いてアズマを見ると、彼は苦笑しながら肩を竦めて返した。


「世界中を旅している僕だけど……そうか、時をねぇ……。その手があったか……ふむふむ」


 一人頷きながら何かを企んでいるのか、いやに楽しそうに妄想を膨らませていた。


「あ、あの……祖精霊様……?」


 そんな風の祖精霊の顔を覗き込みつつ、遠慮がちに声を掛ける僕。


「――ああ! すまない。時を超えれば新鮮な旅を味わい放題だと思って、つい夢想に耽ってしまっていたよ! はははっ」


 風の祖精霊は僕の頭をポンポンと撫でながら愉快気に笑い声を上げる。


「……えっと……。それで僕の話は……」


 僕は話の続きを促そうと、言葉を選ぶように恐る恐る口を開く。

 すると、風の祖精霊は笑うのを止めて、凛々しく僕を見据えてきた。


「……君がアズマ達と共にいること、祖精霊達との契、そして何より君のその紅の瞳は嘘を言っていない。僕が信じるには十分すぎるよ」


「っ! それでは協力を――」

「――ああ! だから試練をしようか!」


 やっぱりそうなりますかー! ……流石にあっさり協力とはならないよね。


 今までの祖精霊達の試練を思い出して、僕は内心で頭を抱えながら、それでも平静を装って風の祖精霊に問いかける。


「……はい。それでどのような試練を……っ?」


 そう尋ねると、風の祖精霊は楽しそうに笑い声を上げた。


「僕は堅苦しいのは嫌いだからねぇ、そうだな……レースなんてどうかな?」

「れーす……?」


「競走、とでも言えば伝わるかい? 丁度近くにスリリング……いや刺激的な峡谷があってね。君が使役している蒼龍ちゃんに乗って、僕と競走してもらおう。もちろんアズマ達と協力してもいいよ?」


「クサビの試練に僕らも参加していいのかい?」


 風の祖精霊の言葉にいち早く反応したのは、意外にもアズマだった。

 彼は挑戦的な笑みを浮かべて、風の祖精霊に確認を取ったのだ。


 そうだった。彼も勇者である前に好奇心旺盛な、冒険が好きな人だった。龍と精霊の飛び比べなんて、なかなか経験できるものではない。


 そんな彼の表情を見て、風の祖精霊は楽しそうに目を細めた。


「ああ、もちろんだよ。……ただね」

「……ただ?」


 アズマは首を傾げるが、風の祖精霊はそのまま続けた。


「その峡谷は横幅は狭く、道は幾重にも入り組んでいる。そしてぶつかって落下しようものなら底なしの谷に真っ逆さまだ。……な? とてもエキサイティン……興奮するだろう?」

「…………」


 ……なんだか流れがいつもと変わらなくなってきたぞ。


 風の祖精霊が、まるで遊びみたいなノリで提案してくるから気楽に構えていたけど、これはしっかり命に関わる内容じゃないか……。


 しかも今回はアズマ達と一蓮托生。


 皆の顔を見渡すと、それぞれ真剣な表情で僕をまっすぐ見つめていた。

 それは、僕に任せると告げているかのようでもあり、僕の決意に同調して背中を押してくれているようにも見えた。


 試練が過酷なのは覚悟していた事じゃないか。何を怯む事があろうか。


「僕は試練を受けたい! 皆、手伝ってくれますか」


 僕の言葉に当たり前だと言わんばかりに全員は力強く頷いた。

 ……こうして僕と風の祖精霊の勝負が始まることとなった。



「そうこなくっちゃ! では早速案内するよ、こっちへ――」


 風の祖精霊は爽やかな微笑みを振りまいて宙に舞うと、セイランの前へ躍り出て、ギュンと速度を上げて飛び立っていく。


 ……は、早いっ! もうあんなところまで!


「主よ、振り落とされるでないぞ」

「わかった……っ!」


 セイランは僕達をしっかりと背に乗せたまま、風の祖精霊を追って、蒼い風のように空を翔けるのだった――。

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