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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.372 南西へ羽ばたいて

 次なる目的地、南西大陸への出立前夜、僕は旅支度を万全にしてメルトアでの最後の夜を過ごしていた。


 ベッドに腰かけて右手の義手の手入れをしていると、ノックもなしに部屋のドアが開き、一人の女性が入ってきた。

 僕はびっくりして慌てて立ち上がり、身構えながら何者かと目を据える。


「主よ、只今戻ったぞ」


 僕を主と呼ぶその声に聞き覚えがあるものの、目の前の人物は記憶の中の声の主と合致せず、僕は戸惑った。


 特徴的だった褐色の肌は色白となっていて、まっすぐに伸ばしていた青い髪は、色はそのままに両側で結んでおさげになっていた。

 顔立ちは凛々しめなままだけど、髪型のせいかやや幼くなった印象だ。


「……セイラン……だよね?」

「無論だが」


 僕はおそるおそる訊ねてみると、セイランはさも当然といった様子で頷いた。


「そ、そっか。……姿が違うから驚いちゃったよ」

「外見を変えることなぞ造作もない事。……なんぞ。主の好みに合わなんだか? どれ――」


 そう言うとセイランは、目の前で姿を歪ませ始め、ぐにゃぐにゃと別の姿に変わろうとしてみせた。


「――うわぁっ! いい! 変わんなくていいよっ!」


 ……ちょっと怖いので僕は慌ててそれを止めた。



 どうやらセイランはメルトアに滞在して人間の文化に多く触れたようで、いろいろと試して楽しんでいるらしい。

 髪型や肌の色を自在に変えるのは朝飯前らしい。尚、髪の色や瞳の色は、蒼龍としての誇りとして青色のままにしているのだとか。


 突然お洒落に目覚めたセイランに、これからは声で判断しないと分からないかも。と話を聞いてしみじみ思う僕なのだった。




 そして翌日。

 朝日に照らされてキラキラと輝かせながら空から舞い降りる冬の子が、出立する僕達を祝福してくれているかのような日和だ。


 見送りに来てくれたバルグントさんや衛兵さんの方へ、メルトアの門を背に振り返る。

 すると僕達の旅立ちの様子にちょうど見かけた街の人達も駆け寄ってきて、早朝だというのに軽く人だかりができていた。


 勇者一行の名を呼ぶ声の中、シェーデとの別れを惜しむ声が特に大きく、シェーデがいかに民衆に慕われていたかがわかる。


「――今度こそしばしの別れだバルグント。皆を頼む」


「姫様ッ! このバルグント、メルトアの民共々姫様と勇者様方のご無事を願っておりますぞ! ……ッッ」


 感極まって涙を零しながら敬礼をするバルグントの肩を叩いて、シェーデはその鮮やかな緑色の瞳を細めた。


「部下が見ているぞ? バルグント。私が戻るまで息災であれ。……ではさらばだ!」


 優し気な声で老兵を茶化すと、一つに束ねた桃色の髪を靡かせながら踵を返し、シェーデはそのまま凛々しく街の門をくぐっていく。


 僕達も凛とした背中に続き、盛大な声援を背に受けながらメルトアの港街を後にしたのだった。




 それから僕達は、蒼龍に戻ったセイランの背に乗って遥か上空を移動していた。

 目の前に広がるのは一面の大海原で、水平線の先も見えない大海を大胆にも突っ切っていた。


 北東大陸から一直線に南西大陸までの大海横断ルートは、途中で魔力消耗による休憩が必要になるサリアの飛翔では、とても選べない手段だ。

 旅の仲間にセイランが加わってくれたことの恩恵は計り知れなく、皆感謝していた。


 もちろん僕も感謝を込めてセイランの龍の頭を撫でてあげた。

 するとセイランはまんざらでもないように鼻を鳴らしていて、その様子に、百年単位で長く生きている存在にもどこか愛らしさを覚えた。



 それから僕達は、セイランの背で互いに顔を向き合うように円になって座っていた。

 ウルグラム以外で、だけど。


「さて、残る祖精霊はこれから向かう水と、どこにいるのか全く分からない風。……そしてここよりも遥か空の彼方にあるという『天空島』に帰ったとされる光」

「その締めくくりに、中心の孤島の時の祖精霊、ですね」


 これまで集めた祖精霊に関する情報を、皆で共有しようと移動中に始まった話し合いで、アズマが纏めた情報を提示し、僕がそれに補足を加える。


「水の祖精霊は南西大陸を主に統治する『リデルフォン王国』の領地内にある遺跡にいたね」

「ええ。そこへは『清めの晶洞』を通って行くことになるわねっ」


 アズマとサリアの会話から初めて聞く名前が飛び込んできた。


 この時代ではサリア神聖王国は、当然ながら勃興していないので、別の国が統治していることもまた当然である。

 それがリデルフォン王国、という国なんだろう。


 僕の本来の時代で、サヤ達と厄災ヨルムンガンドを討伐した後に見つけたサリアが遺した手記では、確かサリアの故郷だったはずだ。


「ああ。彼女は人間に対して友好的だし、会えれば協力してくれるはずさ」


 リデルフォン王国の清めの晶洞の先にある遺跡……と。覚えておかないと!


「……? ――……っ」



 アズマの言葉に皆が頷いて同意した後、次の話題がシェーデの口から紡がれる。


「水はそれで良いとして、問題は風と光だな。光に関して言うならば、場所は知れども……如何せんさらに天空と来たものだ。向かうにはこちらも一考せねばならないな」

「それに奴ら、下から見えねえようにわざわざ細工してんだろ? めんどくせぇッ」


 そっぽを向いて話を聞いていたウルグラムがいつもの調子で吐き捨て、他の皆は思案顔で唸る。

 光の祖精霊の居場所はデインが精霊達の言葉を聞いて突き止めてくれたものの、そこに辿り着く為の手段については、僕達はまだ解決していなかった。


「ぁ……、……っ」

 功労者であるデインも皆の顔を見回して、いい案を期待しているようだ。


 今飛んでいる空よりもさらに高く、空の青が濃くなる辺りに、光の祖精霊の住処である『天空島』があるという。


 サリアの飛翔では到底辿り着ける高度ではなく、セイランでもそんな高さまで飛んだことがないらしく、仮に試みて辿り着けたとして、生物に必要不可欠である空気が薄いか、ない可能性もあって、その問題も解決しなければならなかった。


「風や空気を操れる風の祖精霊なら、それを解決する方法があるかもしれないが……」

「その風の祖精霊様が何処にいるのかわからないものね……」

「…………っ! ……み、皆……」


 シェーデとサリアが思案を巡らせる中、珍しくデインが発言した。

 ……なんだかさっきから落ち着かない様子だったけど、一体どうしたんだろうか。


 僕達がデインの方へ一斉に視線を向けると、デインは斜め上方を指差し口をパクパクさせて何かを伝えようとしていた。


「……ん?」


 皆はデインが指差す方へと顔を向ける――。

 そして誰もが目を見開いた。

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