Ep.371 Side.S 黒き虎を追って
練兵所での鍛錬の後、陽が落ちかけて空を橙色に染める頃、私達希望の黎明と、フェッティさん達夜の杯のメンバー全員が師匠に呼び出され、チギリ師匠の執務室である黎明軍司令室へと参集していた。
執務室で待っていたチギリ師匠とアスカさん。
そこに集まった夜の杯のフェッティさん、ミト、ファルクさんとロシュさん。
そして希望の黎明の私、ウィニ、ラシード、マルシェの、総勢10名が所狭しと整列する。
師匠もアスカさんも、真剣な眼差しを向けて私達に向き合っている。
大事な話があるのかもしれない。と私は身構えた。
「帰還して早々だが、諸君らに任務を頼みたい」
魔大将然としたチギリ師匠がそう口を開くと、床に控えていたアスカさんが、周辺の地形が描かれた羊皮紙の地図をテーブルに広げ、私達はテーブルの周りに集まった。
そしてアスカさんが地図のある地点を指し示すように指を置き、任務の詳細が紡がれていく。
「皆様には黎明軍団員の捜索をお願い致しますわ。――情報によれば、捜索対象が最後に目撃されたのが、此処……」
指し示した場所は、先日私達が赴いて、手痛い犠牲を被って敗走を余儀なくされた、亡者平原近辺だった。
行方不明者の捜索なのだから、当然といえば当然だろう。
また、行くのね。多くの命が失われたあの場所に……。
「対象はどうやら、魔物に奇襲を敢行して、各地を転々としているらしいのです。至る所に襲撃の痕跡が発見されているあたり、この情報の信憑性は高いと思われますの。皆様は彼を見つけ出し、連れ帰ることが任務となります」
話を聞く限り、その行方不明者さんは孤立無援の割に活発なのかしら。帰還することを選ばず、魔物にゲリラ戦法で平原に残っている戦力を削いで回っているのだから。
だが、そこまで考えた私にふと疑問が浮上した。
「……その捜索対象は、どうして帰還しないんでしょうか? それに連絡は取れないのですか?」
私が抱いた疑問を、隣に立っていたマルシェが代わりに言葉にしてくれた。
「確証はないが、おそらくヤツは何らかの理由で通信不可能な状況下にあると推測する。そして帰還しない理由は、これも不明だがおそらくは報復行動か……。なんにせよ接触せねばならないだろう」
チギリ師匠がやや呆れたような表情で答える。
「……戦闘の痕跡を辿っていた部隊によると、地面に焼け焦げた跡が発見されていますわ。まるで落雷でもあったかのようだ、と」
「っ! それって……!」
私は思わず身を乗り出してしまった。
捜索対象の正体に心当たりがあり、もしそれが事実であれば私達にとってとびきり朗報だったからだ。
雷に撃たれたような跡、平原中を転々とする素早い行動。そして孤立無援の中で奇襲を繰り返す反骨精神。
それらを備えた人物は、きっとあの人くらいだ。
「……さて、では改めて、希望の黎明、夜の杯両名に命ずる。亡者平原へ向かい、ラムザッド・アーガイル剣少将と合流し、連れ帰るのだ!」
「「――はっ!」」
チギリ・ヤブサメ魔大将の檄が部屋に響き渡ると、私達は一斉に姿勢を正して敬礼し、任務を拝命した。
やっぱりラムザッドさんだった! 生きていてくれた……。
ナタクさんを喪い、ラムザッドさんも帰らない状況に、皆は口には出さなかったが、最悪の結末を想像していたに違いない。
それだけに彼の存命が確認されたことによる喜びに、一同の表情は久しぶりに明るさを見せていた。
「皆様、あの迷子の黒猫に首輪を着けて連れ帰ってくださいまし。よろしく頼みましたわ!」
「ん! 虎のおっちゃん、ぜったいつれてくる。まってて」
アスカさんが砕けた調子でそう言い放つと、ウィニがいつにもなく頼もしい表情で力強く頷いたのだった。
あの後すぐに出立の準備を整えた翌日、私達はラムザッドさんを捜索する任務を遂行する為、帝都リムデルタから再び亡者平原へと出発していた。
移動は愛馬のアサヒが引く馬車だ。だけどさすがに総勢8人で一つの馬車での移動は手狭になるので、パーティごとで交代しながら外に出て周囲への警戒をしながら目的地へと向かうことにした。
まず向かうは、ラムザッドさんが最初に目撃された地点。そこでは先んじて斥候の能力に長けたノクトさん率いる捜索隊の先発がいるはずなので、彼らと合流し調査、追跡をすることになると思う。
……ラムザッドさんの方から気付いて来てくれたら楽なんだけど、帰還もしないで各地を転々をする彼の行動に、その身に今何が起きているのか分からない。
そんな彼を、チギリ師匠はいくつかの可能性を想定しているようだった。
ひとつは、単純に報復行動によるもの。
亡者平原での被害を受けて、その反撃を敢行している説。
二つ目は、負傷あるいは敵の術中により自我を失っている、というもの。
こちらであった場合、敵味方の判別が可能な状態か不明な為、不用意に近付くことは危険だ。今回の人員はその場合に対処する為のものだった。
……そうでないことを祈るしかないわね。
と、御者席で愛馬アサヒの手綱を持ちながら憂いていると、馬車の小窓が開き、ラシードが顔を出して来た。
「サヤ、疲れてないか? なんなら代るぜ?」
帝都を出発して数時間。ずっと馬車を操っていた私を気遣ってのことのようだ。
「まだまだ大丈夫よ。ありがとう、ラシード」
私は微笑みながらそう返すと、ラシードは何かごまかすように赤茶色の髪を掻きながら苦笑してみせた。
「……そっか。――いやな? じっとしてっとよ、色々思い出しちまって落ち着かなくてな。はは……」
その言葉に私は表情を曇らせる。
先の戦いで、ラシードのご家族も亡者平原に参戦していたと聞いていた。そして御父上と兄君が戦死されたのだと……。
家族を失う辛さは私もよくわかる。
あの時はクサビを追いかけることだけを考えて無理矢理悲しまないようにしていたけれど、ふとした瞬間に悲しみが押し寄せてくるのだ。
その時の体が寒くなる程の喪失感は、とても言葉では言い表せられない……。
きっとラシードも分かっているんだ。
魔族と戦争をしているのだから、家族を亡くすことは誰にでも起こり得ることで、これからもそんな人達はさらに増えていくのだと……。
でもそう分かっていても割り切れないこともある。いつでも気丈に振る舞えるほど、人間は強くないんだ。
私達にできる事は、せめて痛みを分かち合うことだけ……。
「……わりぃ、なんか余計な事口走ったぜ。――おし! ウィニ猫でもモフりにいくかな!」
彼はいつもの様子でニカっと笑い、馬車の中に戻っていった。
その直後、ウィニの悲鳴とラシードの悲鳴が中から響いた。……ほんとにウィニの髪や尻尾を触ったらしく、ウィニに即座に引っかかれたに違いない。
そしてラシードの行動を説教するマルシェ。
いつものやり取りに私は可笑しくなって一人吹き出すと、そんな輪の中で朗らかに笑う彼の姿を、つい思い浮かべていた。
そして無性に彼に逢いたくなってしまって、別の意味で落ち着かない気分のまま手綱を握って、悶々としながら先を急ぐのであった。




