Ep.370 Side.S 私なりの希望
私は無心に刀を振るう。
心、技、体の感覚を研ぎ澄ませ、あらゆる方向から向けられる敵意を感じ取り、それを捌く。
これは剣技の師であるナタクさんから教わった技をさらに磨き上げ、更なる高みを目指そうと始めた鍛錬だった。
――技を教えてくれるナタクさんはもう居ない。
私はこのままじゃダメだ。もっと強くならなければ、クサビに代わって希望を示す役割は務まらない。
「――でやぁーッ!」
練兵所の一画、一対多形式の立ち合いによる鍛錬で、大きな気合と共に大剣が振り下ろされる。
フェッティさんと同じパーティの大剣使いのファルクさんだ。
先の戦闘では共に、強敵デュエリストと戦った猛者の一人だ。
重量感のある一撃を、体を傾けて躱し相手の懐へ飛び込んで、即座に柄による一打を脇腹に見舞う。
大剣の刃が地面を抉る衝撃音と、柄の打撃が彼を打った音が重なった。
「――ちっ! さすがになかなかやる……!」
体格の大きい彼が少し仰け反ると、バックステップで距離を取り、大剣を私に構え直して独り言ちるように吐き捨てた。
私は目を一切逸らさずに顔の横に刀を持ち、刃を彼に向ける。
これは実戦さながらの真剣を用いた仕合だ。当然少しでも気を抜けば大怪我をするし、最悪死が忍び寄る。
多少の怪我なら私が治す。相手を殺してしまわないよう注意を払うが、もはやそんな生ぬるい訓練では間に合わない。
だから私は、この訓練に協力してくれる人達に、始まる前にこう告げた……。
「――殺す気で来て。私も殺す気で行くわ。……もちろん怪我は治すけど、死ぬ覚悟がある人だけ参加してほしい」
と。
その時の私はどんな目をしていたのだろう。修羅のような目だっただろうか。そんな私の言葉と様子に、皆の固唾を呑む音が聞こえたわ。
私は自分と同じ度合いの覚悟を持った人と、そうでない人とを篩にかけた。
もう死ぬ気でやらねば強大な魔族には太刀打ち出来ないのだから。
こうすればすぐに強くなれるわけじゃないのは承知の上だ。でも心構えがあるかないかで命運は大きく別れるのだと思う。
絶対に負けない。その強い意志を無くしてはいけないのだ。
そうして覚悟が固まった人達だけが残り、私達は殺し合いさながらの鍛錬に没頭する。
参加した冒険者達は、皆前線の戦いを経験した者達だった。誰しもが力の差をその身に刻み込まれ、恐怖し絶望した者達だ……。
それでも折れずに立ち向かうのは、守りたいものがあるから。失いたくない何かがあるから。
皆心は一つだ。
人類はまだ抗えるんだと、私が皆に見せてあげなければならないんだ。彼の代わりに……。
今はまだこの練兵所というちっぽけな場所で生まれた意思だけれど、私が先駆けとなってその意思を見せることで、賛同してくれた人達に宿り、また誰かに意思を繋いでいく。そうして意思は大きくなっていくと信じる。
その意思こそが、それこそが私にとっての『希望』……。
戦いの中で生まれた、荒々しい希望だ。クサビが齎すキラキラとしたような希望とは大違いだけど……。
「――私らしくていいでしょ? クサビ……?」
「……んあ? どうしたんだ?……サヤ」
つい口をついて出た言葉に訝し気な様子のファルクさんが、気の抜けたような素振りで言葉を投げかけた。
途端、張り詰めていた空気が軟化して、雑念が混じっていた事に気付いて未熟を感じた私も、苦笑しながら構えていた刀を降ろした。
休憩の様相を察した他の冒険者達も、安堵の溜息を吐きながらその場で地面に体を預けたりと、各々が休息を取り始めた。
「お、お疲れさま、サヤさん、ファルクさんも」
軽く地を踏む足音と共に、少し控えめそうな可愛らしい声が背後から届く。
その声の主は、地べたに座る私とファルクさんに水筒を手渡して、私達の間にちょこんと腰を降ろした。
ローブがはだけないように撫でてから座る仕草がさらに可憐で小柄なその女の子は、フェッティさんのパーティ『夜の杯』のミト・キリオンさんだ。
支援寄りの魔術師であるミトさんには、この鍛錬で怪我をした参加者の治療を手伝ってもらっていたのだ。
「おお、すまん。ミトもお疲れさんな」
「ありがとうミトさん! 回復ばかりさせてしまってごめんね。でもとても助かってるわ!」
そう言うと、ミトさんは照れた様子を誤魔化すように、サラリとした銀髪の先を指で巻き付けて遊ばせては、顔を少し俯かせてはにかむ。
「えへへ……平気だよ。あ、ミトで、いいから……」
フェッティさんがいつか、ミトは何が何でも守ってあげたい子だって言ってた意味が分かるような気がする。
ガサツな私とは正反対だもの。
普段目つきの悪いファルクさんの目元も、彼女に向ける眼差しには、心なしかふにゃっとしていて非常に分かりやすかった。
「……ん? なあサヤ、あっちから来るの、お前んとこの子じゃないか?」
「えっ? あ、そうね」
ファルクさんが指差した先から、白い尻尾を揺らしながら、片手に紙袋を持って歩いてくるウィニの姿を捉える。今日は朝から姿が見えなかったけれど、大方街で買い食いでもしていたに違いない。
でもそんな彼女がわざわざ練兵所に足を運ぶなんて、一体どういう風の吹き回しだろうか。
「さぁや、いた。……ほい」
私を見つけて目の前まで来たウィニはそう言うなり、持っていた紙袋から白くて丸い何かを取り出して、ドヤ顔で私に手渡した。
少し時間が経ったものなのか、白い生地の表面は少しパサパサしていたけれど、まだほんのり温かい。――って、えっ?
……ウィニが食べ物をくれるなんて……。熱でもあるのかしら……!
「え……ど、どうしちゃったの? ウィニ?」
私のリアクションが想定と違ったのか、ウィニは小さな口をへの字に曲げて仏頂面になる。
「む……。おすそわけ、だよ? 訓練、頑張るためには栄養必要」
……ウィニは仏頂面のまま、目を丸くする私をまっすぐ見つめてそう告げた。
ウィニもウィニなりに、このままではいけないと思ったのかもしれない。ならその気持ちを後押ししてあげなければ。
「……そうね! ありがとうウィニ。いただくわね」
「ん。じゃあわたし、まるんにも渡してくるから」
と、頷いたウィニはマルシェが鍛錬している方へトコトコと歩いて行った。
「良い子だな。あの小さな体で、あんなドデカイ魔術撃っただなんて、とても思えないよな」
「うん。そう、だね。あの子の魔力、物凄いよ。……私も負けてられないな……っ」
ファルクさんとミトが、ウィニの背を眺めながら感心した様子で言葉を零し、私は何故か誇らしい気持ちになった。
なんだかんだ言って、私もウィニをとても頼りにしているのだ。
ウィニの差し入れをお陰か、再び活力が湧き出してきて、私は勢いよく立ち上がった。
「――さあ! 休憩は終わりよ! 皆立って! 今度は私から行くわよっ!」
「おっし、いっちょやるか!」
「みんな……! 頑張ってね……っ!」
やる気のある仲間達が立ち上がって気合を入れ直して、再び臨戦態勢を取ると、私は刀を構え地を蹴って、鍛錬に没頭するのだった。




