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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.369 Side.M 心の中に熱を感じて

 帝都リムデルタ。

 故郷ファーザニアの反対側に位置する異国の地、重々しく荘厳な宮殿が鎮座する帝国の首都。

 宮殿にほど近くに増設された黎明軍の訓練所で、数多の剣戟や魔術の光が飛び交い、私はその渦中にいた。


 そして私と同じ構えの相手が地を蹴ると、鋭い刺突を連続で繰り出して来た。


 ――左手で構えた盾の中央に刺突が当たるよう、瞬時に刺突の到達点を見極め、そして盾を移動させる。そして、ほんの僅かな魔力を使い、反射の力を得ることで攻撃を跳ね返す。


 それが、代々受け継がれてきたゼルシアラ盾剣術の基本にして真髄『パリィ』だ。


 反射の力。これは一種の強化魔術の応用だ。全てを跳ね返すイメージを高く持ち、それを盾に付与することでより頑強になり、少ない反動で相手に大きな衝撃を返すことができる。


 パリィは成功すれば強力な反撃の起点と成り得る技術だが、見極めには長く厳しい修練を経て習得するものであり、一朝一夕での実現は難しい。

 なにせ会得した者ですら、次々と迫る攻撃を全て完璧にパリィを成功させることは至難の業なのだから。


 ともするならば盾全体を魔力で覆ってしまえばいいのではないか?

 その問の解は、確かにそれならパリィは成功する。


 しかしそれでは、負担する魔力が何倍にも増加してしまうことでの継戦能力低下を招き、例え広く薄く張り巡らせた魔力で攻撃を受けたとて、パリィの効果は貧弱になってしまい脅威となる程の衝撃を返せず、結果逆効果となる。


 だからこそ、盾への魔力は接触点にピンポイントに張る必要があるのだ。そしてそこに衝撃を当てる為の『目』を養うことが最も重要とされてきた。


 本当に、奥が深い流派だと常々に痛感する――。



 ――などとうんちくを並べている余裕はある筈もなく、私は迫る連続の刺突を、己の盾の中心に数回受けたものの、5度目に放たれた角度を変じた突きをパリィすることが出来ず、大きく弾かれてしまった。


「――うぅっ! ……くっ」


 度重なる訓練で集中を欠いていた事を自覚しながら、魔力不足で立ちくらみ、膝を着いてしまう。


「もう疲れたのかしら? マルシェもまだまだね!」

「……いいえ姉様。このくらいでは……っ」


 私は我が得物、蒼剣リルを地面に突き立てて立ち上がると、相対するは先ほど刺突を放った張本人にして、敬愛するフェッティ姉様に向けて剣と盾を構えた。


 すると姉様は、そんな私の様子を期待通りと言わんばかりに勝気な笑顔で頷くと、剣と盾を構えて私と全く同じ姿勢を取った。


「さあ集中して、私の攻撃を全て返してきなさいっ! 行くわよ!」

「……はい!」


 私達姉妹が行っている鍛錬はただの打ち合いではない。ゼルシアラ盾剣術を修めた者でしか意義を見出せない鍛錬だろう。


 ――姉様が地を蹴って、私の左肩目掛けて剣を突き出して来る。

 私は姉様の一挙手一投足を観察し、剣筋を見極めて、盾の中心を流れるように適切な位置へと移動させる。


 ――キィン!


 剣先と盾の衝突と同時に甲高い音が劈き、私の掲げた盾の中心には一瞬の光が瞬いて消えた。本来盾で受けた時に掛かるはずの衝撃はなく、姉様には反動が返る。

 

 パリィを成功させた私は気を抜くことなく、相手の次の動作に注視する。

 反動を押しのけつつ次なる刺突を繰り出す姉様と、それをパリィする私。私達はこれを交互に交代して行い、切磋琢磨するのだ。


 ……といってもそれは訓練形式の話であって、専ら姉様の技術に達していない私が防御側をすることが多かったのだけれど。

 だから実質、これは切磋琢磨というよりは、私が姉様に師事している、というのが正しい。



 ――キィン! ……キィン! ……ガンッ

「――っ! くっ……」


 連続で一合、また一合と反射させた次の刺突を受けると、金属がぶつかる鈍い音がして、私は衝撃を身に受けた。


 パリィが失敗した音だ。

 失敗の代償に襲い来る衝撃と、それにより腕を骨折から守る為の強化魔術を行使して魔力を大きく割いてしまう。


 ……姉様が繰り出したフェイントにまた引っかかってしまった。

 そう気付いた時には、私の膝は再び土の冷たさを知る羽目になっていた。



 己の未熟さ故の悔恨を抱きつつ地面を睨みつけていると、目の前に手が差し伸べられ、私は顔を上げる。


「少し休憩しましょうっ。ほら立って?」


 そこにはいつもと変わらない姉様の太陽のような笑顔があった。

 私は少し眩しいなと心の中で呟いて、姉様の手を取ったのだった。




 宮殿のひと区画に設営された黎明軍の兵舎の近く、帝国の兵達も日夜腕を磨く練兵所はある。

 今や帝国と黎明軍の冒険者の共有施設となっていた。私達は他の人の訓練の邪魔にならないよう端に移動すると、姉様が地べたに腰を降ろす。


 私はお尻に土が付くのを少し気にしつつも姉様に倣った。


「ふぅっ。皆気合入ってるわねぇ」


 座ってからの姉様による第一声は、練兵所全体を見渡しながら発せられた。

 それにつられるように私も練兵所を一瞥する。


 さっきまで夢中で鍛錬に没頭していたせいか、練兵所中が喧噪や武器の打ち合う音が響き渡っていることに気付く。

 複数で訓練する者、一人で黙々と技を繰り出す者と様々だが、一人たりとも怠けている者はいなかった。


「皆、先の戦いで思うところがあるのでしょうね。余りにも力の差を痛感させられた戦いでしたから……」

「そうね。……でも、それだけじゃないみたいよ?」

「――えっ?」


 言葉尻を明るく返した姉様の視線は、練兵所の一点を見つめており、私の視線は自然と同じ方向を向いた。


 そして視界に映り込んだのは、横向きに結わえた赤く長い髪を靡かせながら、数多の冒険者達と対峙している若き女剣士だ。


 彼女の得物が翻ると、僅かに反り返る白刃は陽の光を浴びて踊り、次々と相手を打ち倒していく。

 彼女の眼差しには並々ならぬ闘志が宿り、私は普段の彼女との様子の違いに戸惑いを覚えた。


 ――と同時に胸の奥から熱いものが湧き上がってくるのを感じていた。


「……サヤちゃんのあの姿を見たら、誰だって負けられないって思うわね! 皆の顔つきが違うもの!」

「……そうですね。私も負けたくありません。もっと、強くなりたい……っ」


 練兵所において一際異彩を放っていたサヤの、力を求めてひたむきに鍛錬に臨む姿に、周囲の者達は触発されていた。


 もう何も失いたくない、負けられない。

 そんな想いがひしひしと伝わってくるようで、私は胸を打たれた。


 

「ふふ! マルシェ、貴女も実は熱い子よね?」


 ――気付いた時には立ち上がっていた。

 姉様から投げかけられた声でそのことに気付いたくらいに、私は無意識だった。


 居ても立ってもいられないとはまさに、こういうことを言うんだ……。


「……姉様の妹ですから。――さあ、休憩は終わりですよっ。再開ですっ!」

「ええ! 熱くいくわよ~っ!」


 そうして私と姉様は、喧噪の中へと戻るのだった……。

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