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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.365 Side.A 来たる再戦の予感に

 厳しい寒気に包まれる北の地の街外れ、美しい雪原を見渡せる小さな丘に登ってきた僕は、神経を研ぎ澄まして剣を振るっていた。


 吐く息は白かれど体は温まっている。

 僕は誰の目にも付かない場所で鍛錬の汗を流していた。



 祖精霊を巡る旅も半ばを過ぎた。

 それに伴い、いずれ来たる魔王との再戦の時が近付くにつれ、僕の心のザワつきも強まっていくのを感じていた。


 魔王は存在そのものが脅威の化け物だ。一度は勝利したとはいえ、次もそうなるとは限らない。


 そこで僕は、来たる死闘に向けて更なる腕を磨く為、此処を鍛錬の地とした次第だ。


 それからもう一つ――いや、むしろこちらの方こそが、僕に一人剣を振らせている理由だ。


 ――クサビの事だ。

 彼に出会った当初は、その心に勇者としての決意と覚悟を秘めてはいたが、少年の面影が垣間見える未熟な勇者、という印象を受けた。


 しかし共に旅をし、彼は祖精霊との契約を次々と成してきた。僕も一度として成した事の無い事を次々と、だ。


 途中で自らの右腕すらも犠牲にしてまで強い意志を以って困難に立ち向かっていく彼は、今や精神の面も肉体的にも目覚ましい成長を遂げるに至る。


 祖精霊の魔力を引き出せるようになってからの彼は、もはや人の埒外に足を踏み入れ掛けているように僕には見える。


 ……だからなのか、最近……焦燥じみた感情がふつふつと芽生えることがあるんだ。


 その焦りの原因もまた彼にある。

 祖精霊の力をその身に宿したクサビに、近いうちに追い抜かれてしまうのではないか。という戦いに身を置く者なら抱いて当然の焦りだ。


 現に先日、クサビはサリアとの立ち合いに勝利している。出会った時はあっさりと敗北していたというのに。

 サリアの一瞬見せた焦りの表情に、彼女が手を抜いていたわけではない。それを見て取れた上での結果だった。


 そんな彼の成長速度に関心しつつも、内心では複雑な想いを抱いている。我ながら万能には成り切れないなと、自虐的に鼻を鳴らした。



 僕はこれまで、勇者だからと驕ってきたつもりはない。

 しかしいざ目の前でめきめきと実力を付けていく姿を見せつけられると、競合心のような、意地のようなものが騒ぐのも否定出来ないというのが本心だ。

 強くなっていくクサビを見て血が騒ぐという気持ちと、彼を教え導く立場として、まだまだ遅れは取らないぞという対抗心、とでも言えば形容できるだろうか。


 今まで僕は自身を、クサビの保護者のような立場で彼を見てきた。

 自分は彼の血の繋がった先人であり、勇者としての先輩だ。

 一応この時代の勇者なのだ。負けてしまっては恰好もつかないだろう?


 ……などと一人、茶番じみた自問自答を繰り広げてしまった結果、気付いてしまえばなんとも幼稚で負けず嫌いな理由なのだった。



 僕はすっかり雑念を巡らせた自分自身を心中でせせら笑い、さらに自分を見つめ直し続ける。



 魔王封印の際に礎となった『あの子』を解放し、未来の危機を救う事。それが僕ら魔王を討滅出来なかった者の残された使命なんだと言い聞かせてきたが……。

 結局は実力を越されそうになって焦っているだけという、なんとも格好のつかない感情が渦巻いているのが、僕という人間なんだな。


 勇者たらんと振舞ってきた弊害のようなものなのかもしれないが、僕は本来大層な人間ではない。ただの冒険者なんだ……。



「僕も精神面の修行が足りないようだな、はは」


 未熟な部分を見つめ、独り言を呟いて苦笑いを零す。


 クサビを見ていると、勇者と呼ばれたばかりのかつての自分を思い出す……。

 きっと彼も勇者として、僕と似たような気持ちを抱くかもしれない。


 ならば導く者として僕は彼に追いつかれてはならない。僕が悔しいからだ。


 ……そう考えた時、すとんと腑に落ちたような感覚を覚えた。


「……そうか。そうだね……単純な理由でいいじゃないか」


 難しい事を考えても仕方がない。

 僕がクサビに負けてはならない理由は、僕自身が納得する理由でいいんだ。

 自分の心の中でまで勇者然と取り繕う必要などないのだから。


 まだまだクサビに負けるつもりはないさ。更なる高みを追求していこうじゃないか。


「――おっと、もちろん君を解放する為にも、さ……っ」


 僕は思わず剣を見つめて、無意識に語り掛けていた。

 反応など返ってこない事は分かりきっているというのに、『あの子』の小言が聞こえた気がして……。


 案の定返ってこない返事に僕は頭を搔き、僅かな寂寞を味わった。


 そして今度は敢えて意識的に剣に語りかける。


「君にまた会えた時、今よりも強くなっていられるようにね……!」

 …………。


 風の音が通り抜けるだけで剣からは沈黙しか返ってこないが、その沈黙が僕の言葉に応える意思のように感じられた。


 僕は再び集中すると、剣を正眼に構え直して再び鍛錬を開始したのだった……。

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