Ep.364 舞う粉雪、想いを馳せる
アズマは結局メルトアの街の外に出て、さらに歩みを進めていく。
それも少し足早に。
後ろ姿からしか汲み取れないが、先ほど街の人に向けていたような穏和な雰囲気とは違って見えた。
……なんだか怒っているような、そんな気配に思えて、僕の悪戯心はすっかり萎縮してしまっていた。
どうしたのだろう……。
いつも涼やかな微笑みを向けてくれるアズマのあまり見せない様子に、心配と不安が芽生えてくるのを感じていた。
「アズマ……。何をあんなに焦っているのかしら……」
「え? 焦っている……?」
サリアも既に遊びの気分ではなく、眉尻を下げて彼の背を見守りながら、僕とは少し違う見解を呟いた。
そしてサリアは僕が投げかけた疑問に、彼の背から目を離すことなく頷いた。
「……そう見えるわ」
「…………」
サリアは更に何かを言おうとした様子だったが、その言葉を飲み込んだかのように口を閉ざした。……彼女の言葉を待ったが、それ以上の言葉は返ってこなかった。
そうこうするうちに、僕達が尾行を開始して随分経っていた。
すでに街を離れて街道を外れた所まで来ており、葉を落とした木々が生えるちょっとした林で、アズマはようやく立ち止まった。
僕達は空から尾行していたが、彼に気づかれないように、降りて木の幹に身を潜める。
事ここに至って、遊びのつもりでしていた尾行などしなくても良かったのだが、アズマの様子が普段と違うのも相まって、このまま彼の動向を黙って見ていたいと、僕とサリアはお互いに目配せを交わしながら彼を見守ることにしたのだ。
「……この辺りにしようか」
独り言のような呟きを漏らしたアズマが周囲を見回して辺りを見回した。
彼の視線の先には木々に囲まれて開けた空き地。
そこで精神を集中するように直立して瞳を閉じ、それが開かれると解放の神剣を抜いた。
「はっ! ――ふっ!」
その剣が空を切り、彼が神剣を振るうたびに空気が振動して周囲に風が巻き起こり地面の粉雪が舞う。
剣の軌跡に合わせるように彼の青い髪が風を受けて揺れていた。
そうして彼は幾度目かの剣を振るうが、その表情からは先ほどまでの焦燥は感じられない。深く集中しているのがこちらにも伝わってくる。
「……鍛錬、ですね」
「何故街から離れたこんな場所で……?」
独り言のようにサリアがそう呟いた時、僕達の耳にアズマの言葉が届いた。
「……違う。これでは足りない……」
剣を振るいながら吐き出した彼の声は、微かに震えているようにも聞こえた。
「……最初から、もう一度……」
再びアズマは剣を正眼に構えて瞑目し、集中を深めていく。さっきよりも深く……。
「あれは……」
――アズマが何を繰り出そうとしているのか僕にはわかった。深い集中状態時でのみ繰り出される、僕の奥義とも言える切り札、熱剣だ。
熱剣は、僕が持つ解放の神剣の中に残っていた記憶の残滓を見る事で会得したものだ。
僕が持っている解放の神剣の最初の所有者はアズマだ。つまり僕はその剣を介してアズマから教わったということになる。彼も熱剣が使えるのは当然のことだった。
「……っ!!」
次の瞬間アズマの目が見開かれ、袈裟斬りから始まった流れるような剣戟が放たれ始めた!
そして放たれる熱剣の一撃は、僕が行うより遥かに迅い!
刀身に赤い軌跡を残した剣筋は振り下ろされ、翻った後水平に流れ、斬り返し、全身を回転させると軌跡が彼の周囲に円を描く――。
……流麗で美しいその剣技は、僕の拙い技とは比べ物にならない程に洗練されたものだった……!
「……はっ! ――っ! くっ」
休むことなく続いていた連撃に、更なる一撃が放たれたその時、アズマは突然膝を折って動きを止めた。
そのまま剣を地面に突き立てて片膝をつく形になって呼吸を荒げている。
あの集中状態の魔力消費は膨大だ。あれだけ長く持続できただけでも、目を疑う程に。
だがアズマの表情に、満足は浮かんではいなかった。
「はぁ……はぁ……。……ふぅ」
アズマは呼吸を整えた後立ち上がると、大きく息を吐く。そして剣に向けて言葉を投げ掛けた。何かを懐かしむような……そんな声色だった。
「……魔王と再び戦って、君を解放する事が出来るだろうか。……いや、しなければならないんだよな。こんな事では、また君に叱咤されてしまうな、……ははは」
彼は苦笑を零して、寂しげな瞳で剣を眺めていた眼差しを空に向ける。
その姿に哀愁を覚えた僕は、今まで常に前向きな姿勢で僕達を引っ張ってきたアズマの本心に触れた気がした。
アズマはきっと、解放の神剣に宿り、今は魔王の封印の礎となっている退魔の精霊に想いを馳せているのだ……。
僕には想像もつかない絆が、彼らの間にはあるんだ。
アズマもその相棒とも呼べる存在を解放する為に、思うところがあるのは当然のことだ。彼はそれを人知れず、密かに胸の内に秘めていたのだろう。
「……クサビ。もう戻りましょう……? これ以上は無粋だわ……」
「……はい」
サリアも同じように彼の心境を読み取ったのだろう、静かにそう告げて、僕は頷いてそれに応じる。
そして僕達はアズマの後ろ姿を眺めて、静かにその場を後にした。
彼の心情をその胸の内に留めて、僕自身の目的の成就の為にも、僕自身がさらに強くなろうと強く思ったのだった……。




