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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.362 雪原望む丘で

「サリアっ!?」


 僕の集中が解け、世界が元のスピードを取り戻すと共に、周囲の人々の声が耳に届くようになってくる。

 僕は慌ててサリアの元へ駆け寄り、その身を屈めて顔を覗き込む。


「サリア!? 大丈夫っ?!」

「あたた……。ええ、大丈夫よ〜」


 尻餅をついたのか、お尻の辺りを擦りながらサリアが苦笑いで答えた。

 その様子に僕はホッと胸を撫で下ろすと、立ち上がって手を差し出した。


 サリアは僕の顔を見上げて微笑むとその手を取り、僕は彼女を立ち上がらせる。


「おっととっ…………と!?」


 サリアを引っ張り上げたその時、サリアはその勢いのまま僕に抱き着くと、彼女の腕が僕の頭を優しく包み込む。


 僕は突然抱き締められて間抜けな声を出てしまい、体が固まってしまう。

 その途端周りで見ていた騎士達のどよめきが一際よく聞こえて、僕の顔の体温が急激に上昇していくのを止められない。


 サリアはそんな僕を抱き締めたまま、僕にだけ聞こえる程の小さな声で囁いた。


「本当に、よく頑張ったわね……。ハクサ……いいえ、クサビ。偉いねっ……よしよし……」

「あ、ああありがとっ……ございます…………」


 耳元で優しく労われると、急に気恥ずかしくなってしまった。

 僕は耳まで赤くしながら俯いてしまう。


 ……こんな時でもサリアは聖女様だ……。



 そんなやり取りをしていると、いつの間にか近くに立っていたアズマの声が響く。


「サリア? このままじゃハクサが茹でダコみたくなってしまうよ? そろそろ解放してあげてはどうかな?」


「……あっ」


 アズマの指摘を受けてハッと我に返ったサリアは僕を解放すると、慌てて両手を左右に振った。


「ご、ごめんねっ!? 嬉しくってつい……! だ、大丈夫だったかしらっ?」


「……だ、大丈夫です。あの……」


 僕は頬を赤らめたまま頭を掻く。


「……その……。僕も嬉しかったです」


 照れながらも正直に気持ちを吐露すると、サリアは嬉しそうに微笑んだのだった……。



「はははっ。それにしてもサリアを負かすなんて、本当に成長したね。じゃあ次は僕とやってみようか?」


 と、アズマは本気か冗談か判断し難い調子で言うので、僕はぶんぶんと首を振った。


「そ、それはまた後日で……!」


 いろいろと疲れたしね……。

 僕は苦笑いを浮かべながら答える。


「おっと、それは残念だ。……じゃあ騎士の皆の邪魔になるし、僕達はそろそろ戻ろうか」


 アズマの提案に僕とサリアが頷き、二人の後に続いて僕は訓練場を後にした。


 その後、メルトアの街では聖女サリアを打ち負かし勇者達と行動を共にする、謎の青髪の少年ハクサ・ユイの噂が瞬く間に広がってしまったのは、言うまでもないことであった――。





 ――僕はアズマ達と別れた後、街に出て早速情報収集を開始していた。

 未来から来たという、アズマに良く似た魔力の波長を放つ少年、クサビ。彼が出会わなければならない祖精霊の居場所についての情報を求めていた。


 目が見えなくとも、生き物が発している魔力の波長を感じ取ることで、見慣れぬ街でも移動には不自由ない。


 生まれつき視力というものを知らない僕だが、それを羨んだことはない。むしろ常人には視えぬものも視えるようなので、返って誇らしさすら覚える。


 そして今、僕は僕にしか出来ないやり方で、皆の役に立とうと行動を始めたのだ。



 僕は、僕の意識が覚醒する頃には既に、精霊と共にいた。

 

 彼らは僕にとって家族同然であり、人よりも多く言葉を交わしてきた。

 そのせいか、意識で会話できる精霊と違い、口から音を発して相手に伝える手段で会話する、人との交流の方が苦手なのだ。


 だからいつも、つい僕の意識は精霊達が集まる場所へと足が向いてしまう。幸いにも今回はそんな癖が皆の為に働くこととなった。


 僕にしか出来ないことがある。それは誇らしく、喜ばしい。


 僕はどんな小さな精霊の気配であろうとも見逃さない。

 皆には視えない姿を感じ取れるし、聞こえない声を聴くことができる。


 彼らは僕を意思疎通が出来ると知ると、嬉しそうに寄ってくる。彼らは他の人間には見えず会話も出来ない為に、ここぞとばかりに話しかけてくるのだ。

 彼らが有益な情報を持っていることを期待して、僕は精霊の声に耳を傾けるのだ。今日はどんな話が聞けるのだろう。僕はそれが楽しみでもあった。



 精霊達が集まる気配に誘われるように出向いた先では、街の雑踏や喧騒から離れた静かな場所に、雪原を見渡せる丘があった。


 魔物の存在がなく、静かなで心地よい風が吹く場所を多くの精霊達は好む。この丘もその条件に見合った場所なのだろう、多くの小さな精霊達が漂っていた。


 ……まあ、雪国の風は僕にとっては些か冷たすぎるのだけれど。

 彼らが快適ならばそれでよいのだ。


 精霊達が集まる所へ歩いていくと、彼らは僕の存在に気づいて、周囲をフヨフヨと飛び回っては観察してくる。

 魔力の波長から、彼ら下位精霊は総じて小さな球体のような姿をしてい。それぞれが様々な属性を帯びた、色とりどりの小さな光たち。


 そんな彼らに僕は思念で『見えているよ』と教えてあげると、彼らは驚いて一瞬僕から距離を置くように下がったが、すぐに嬉しそうに纏わりついてきた。皆人間と話がしたくて仕方がないのだ。


 その可愛らしい精霊達の姿に、僕の口元は緩んだ。


 視えない者からすれば、こうして僕が精霊達と触れ合う姿は、周りからはきっと不思議な光景に見えるのだろう……。



《ねえ、ボクらがわかるの?》

《めずらしいね! お話しよう!》

《人間さん! 面白いお話聞かせてよっ!》


 精霊達は僕のところへ集まって来ては、まるで好奇心旺盛な幼子のように楽し気に、次々と話しかけてくる。そんな彼らの話を一人ずつ僕は答えていく。



 ……それからどのくらいの時間が過ぎたか、一通り彼らの要望に応えた後、僕はようやく本題に入った。


《物知りな精霊がいたら教えて欲しいんだ。祖精霊様達がどこにいるのか知らない? 特に風や光の祖精霊様を探しているんだ》


 下位精霊達は皆一様に心許なげに漂う。人間でいうところの首を傾げるような反応だった。


 だがその中で唯一違う反応を見せた子がいた。その子は僕の目の前にまで近付き、存在を主張するように光を一層強くさせた。

 この下位精霊からは光の属性の魔力を感じる。


《アタシ、光の祖精霊様のことなら知ってる!》

《本当かい?》


 光の下位精霊は、えっへん! と胸を張るかのように、一度だけ点滅してみせた。


《祖精霊様はね、世界の全部を見るために、お空のずっとずっと高いところにある『天空島』にお帰りになったのよ! 確か……しょーきをじょーか? するんですって!》


 天空島……。

 その名を聞いた途端幼い頃、僕を育ててくれた精霊の一人が話してくれた記憶が呼び起こされた。


 ――遥か空の彼方のさらに向こう、空色が群青に変わる時、その島は現れる。

 光に満ちし浮遊島、多くの光の精霊が住まう光精霊の故郷。


 下界より見上げども光の屈折で目にする事叶わず、ただ陽光に隠れるばかり。


 ……と。


 

 光以外の精霊にとっても縁遠い場所であり、御伽噺のように思っていた僕は、どうやらすっかりその存在を忘れてしまっていたようだ。

 天空島が実在することは、光に属する精霊の言うことだ、間違いないだろう。


《それは何処にあるのかな?》

《うーんとね……。世界の中心に島があるでしょ? そこの、ずっとずぅーっとお空の上!》


 ……なるほど。地図を見ることが出来ない僕にはいまいちピンと来ないが、これはアズマ達に伝えるべき情報だ。


《でも、人間じゃお空の上にはいけないよ? 場所が分かってもどうしようもないよぉ》


 と、周りで話を聞いていた精霊達の中の一人が呟いた。

 僕はその言葉を受け止めると、しばし思案する。


 確かに、魔術師ならば風の魔術を用いて空を自在に飛ぶことが出来るが、天空島は聞く限りではかなりの高高度にあると見ていいだろう。流石にそこまで高く飛んで行けるかは怪しい……。


 ――いや、不可能なのだろう。飛翔していけるというなら、とっくに誰かが辿り着いているはずなのだから。


 ……あとは皆と知恵を出し合って解決するしかなさそうだ。ひとまず収穫は十分。皆の為になったはずだ。


《そうだね。でも場所だけでも教えてくれてありがとう。助かったよ》

《どーいたしましてっ! 人間さんとお話出来て楽しかったから、そのお礼よ!》


 飛び回りながら明滅して喜びを表現する精霊達。

 僕は彼ら彼女らに礼を言って、この場を後にしたのだった――。

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