Ep.360 次なる旅路は……
無事にメルトアの街に到着した僕達は、バルグントさんのいるカイゼル邸へと足を運んで軽い報告を済ませる。
「お早いお戻り、このバルグント望外の喜びに尽きますなッ! 姫様の目的を達せられましたこと、お祝い申し上げますぞ」
「物資の支援には助けられた、ありがとう。だがまだ目的を完遂したわけではないのでな、次の目的地が決まり次第、すぐに発つことになるよ」
「……左様でございますか」
シェーデの返事にバルグントさんは少し眉尻を下げるも、すぐに気を持ち直して姿勢を正し、視線をシェーデからアズマへと移した。
「――勇者殿、祖精霊巡りの旅と姫様から伺っておりますが、これまで火、地、闇と回られたとか。次はどうなさるおつもりですかな?」
「うーん。それなんだけどね。今はっきりと居場所が分かっている祖精霊は、ここから最も遠い南西大陸の、水だけなんだ。そちらの大陸に渡る前に、他の祖精霊の情報を得たいと思っているよ」
バルグントさんの質問に、アズマは思案顔で答える。
残りの祖精霊は水、風、光、最後に時か……。
南西大陸といえば、僕の時代ではサリア大陸と呼ばれていた。
聖都マリスハイムを首都とする、サリア神聖王国が治める大陸で、今この場にいる聖女こと、サリア・コリンドルが由来なのは言うまでもない。
……まあそれは500年後の未来から来た僕の時代の話だ。本人達には決して明かせない。
「承知致しましたぞ。左様の事であればこちらでも情報を集めさせましょう」
「……ああ、頼むよ」
「お任せあれ。では姫様、勇者殿方、滞在の間はまたこの邸宅をお使いくだされ。部屋は前回と同じくご用意しております故!」
「有難く使わせてもらうよ、また少し世話になるぞ」
「お世話になります!」
僕達はバルグントさんの厚意を受けると、カイゼル邸を拠点に祖精霊の情報を集めていく事になるのだった。
――そうして僕たちはメルトアの街で祖精霊の情報を集め始める。
精霊との繋がりが強いデインが精霊に聞いて回っており、僕も念話でアグニ達に色々と聞いてみたりした。
《――んーとねぇ! 水ちゃんは同じ場所にいつもいるけど、風ちゃんはボクとおなじでお散歩好きだよ〜!》
《まさに流れる風が如く、居場所など皆目検討もつかぬな》
……と念話で尋ねた僕に、開口一番にジオがそう言い、アグニが続く。
《そうなんだ……。じゃあ、光の祖精霊はどうかな?》
《我は知らんな》
……アグニは知らないみたいだ……。
《あれ? でもあのすっごい剣を作った時は光ちゃん、お家に帰るって言ってたかも〜》
と、ジオの思い出しながら呟く声が響く。光の祖精霊の住処が分かればいいんだけど……。
ジオの言うすっごい剣とは、きっとアズマの解放の神剣の事だろう。その時も各地を回って祖精霊に協力を仰いだと聞く。彼ら祖精霊との知己はそこで得られたのかもしれない。
しかし、どうやらアズマ達も光の祖精霊とは面識はないようだ。
《エクリプスは何か知らない?》
《……外界の事を私が知る訳もないだろう》
エクリプスは吐き捨てるようにそう告げる。
《引き篭っておるからな、闇は》
《ダメだよ〜! お外に出ないと!》
《お前たち五月蝿いぞ! 断じて引きこもりではないわっ!》
アグニとジオの言葉に憤るエクリプスも、やはり知らなかった。僕は彼らのやり取りを苦笑いして、念話をそっと閉じた。
そして僕は腕を組んで思考を巡らせる――。
……どうやら風の祖精霊は同じ場所に留まらない性格らしく、闇雲に探すのは途方もない。情報収集が不可欠だ。
光の祖精霊の方はジオの発言から、今は自分の定住地にいる可能性があるな……。その定住地の居場所さえ分かれば……うーん。
結局大した情報もなく、僕の思案の時は直ぐに終わってしまう。
一先ずアグニ達との念話でのやりとりを皆に話して情報の共有をしておこう。
「……ふむ。ならば数日ここで情報を集めるのに専念するのが良いと私は思うが。アズマ?」
「そうだね。クサビの言う光の祖精霊の住処についても調べよう。それでも成果がない時は南西大陸の水の祖精霊に会いに行こうか」
僕の情報を皆と共有した後、シェーデとアズマの提案に、僕含め他の仲間が頷いて賛同する。
……とはいえ、祖精霊の近況について人間が知り得る事などあまり無く、デイン頼みになるだろう。僕達もあまり役に立てないかもしれない。それはここに居る皆が感じていた。
実際、ジオの居場所を突き止めた時も、精霊との意思疎通が可能なデインのおかげだったし、今回も彼一人に頼ってしまう形になりそうだ。
そんな僕達の期待が一斉にデインに向き、デインはびくっとして一歩後ずさった。
「…………善処……する」
内気な彼らしい反応だったが、それでも力強く頷いてそう呟いた。そしてそそくさと部屋を出ていった。
さあ僕達も街へ出よう。と皆がそれぞれ退室しようとした時だ。アズマがその雰囲気を断つかのように言葉を紡いだ。
「さて、僕達も情報を集めようか。――と、言いたいところなんだけど。……クサビ、サリアも。少し時間をくれるかい?」
「どうしたんです? アズマ」
「私はいいけれど……」
僕とサリアは顔を見合わせ首を傾げたが、アズマは僕に意味深な笑みを浮かべながら構わず言葉を続けた。
「クサビ、いつかのリベンジをしたくないか? 以前より力をつけた君なら、サリアに勝てるかもしれないよ」
「いつかのって……あっ!」
以前の一件を思い出し、僕はハッとする。
……あれはアズマ達と出会ったばかりの頃、ドーントレス前哨基地での訓練の時の事だ……。
僕はサリアと一対一で立ち会い、結果簡単にあしらわれてしまったのだ。
曲がりなりにも勇者と呼ばれた僕にも、少しは太刀打ちできるだろうと思っていたあの時の自分を恥じたものだ……。
「あの時の……再戦……」
僕はぐっと拳を握ると、闘志が湧き上がってくるのを感じながらサリアを見る。
……やってみたい。試してみたい!
僕のそんな視線をサリアは察したのか、いつもはあまり見せない勝気な笑みをわざとらしく見せて言う。
「面白そうねっ。あの時からどのくらい強くなったのか、見せてちょうだいっ?」
「……はい! やりましょう!」
そのやりとりを見ていたアズマが満足そうに頷き、涼やかに微笑む。
「お? なんだ? 面白そうじゃねぇか。俺も行くぜ」
「待て、ウル。お前までそっちに行ったらデインだけ情報収集することになるだろう? 私達は街に出るぞ、ほら来い」
「…………チッ」
興味深そうにしていたウルグラムが、シェーデに強引に引っ張られていく。その時、部屋のドアの向こうへとシェーデが姿を消す直前、一瞬だけ僕に向けて微笑んで行った。
僕はそれをシェーデからの激励と受け取って、心に火を灯す。
「よし! じゃあ早速訓練所を使わせてもらえるよう頼んでこようか」
「ええ。行きましょうっ」
「はい!」
こうして僕達は部屋を後にして訓練所へと向かうのだった。




