Ep.359 契約の影響
闇の祖精霊エクリプスの協力を得た僕達は深淵の大穴を出て、龍へと変じたセイランに乗って、ひとまずバルグントさんが治める港町メルトアへと向かっていた。
そこで次なる目的地を話し合う予定だ。
さすがにセイランに乗ったまま街に行って人々の混乱を招く訳にはいかないので、街に近づいたら手前で降りて、そこからはサリアから飛翔の魔術を付与してもらうことになるだろう。
龍に乗った勇者一行なんて、完全に吟遊詩人の恰好のネタだ。たちまち新たな伝説にされかねないし、それで歴史が変わってしまってはいけない。
「伝説か。それを言うならクサビ、今の君も大概だと思うよ?」
「――えっ?」
僕の忠告じみた言葉を受け止めたアズマが、悪戯っぽくニヤリをしながらそう指摘する。
想定外の評価に戸惑った僕は他の仲間達を見渡すと、皆一様に強く頷いていた。
そんなはずはない。という思いが顔に出ていたのか、アズマは肩を竦めて続けた。
「おいおい、これだけ大それたことをしているのに自覚がないのは頂けないな。考えてもみてくれ。君は、僕らですら成していない、祖精霊との契約を果たしているんだよ? それも火、地、闇の3人と」
「そうよっ。普通なら有り得ないことなのよ? ね、皆?」
アズマに続いてサリアまでもが賛同し、それを他の面々に促して同意を求めた。
「ああ、有り得ないな」
「…………異常」
「ケッ。くだらねぇ……」
……約一名は興味なさそうに顔を背いてしまったけれど。
……でも確かに、言われてみれば途轍もないことなんだよな……。
祖精霊といえば精霊の最上位に君臨する存在だ。
僕がその力を上手く引き出せていないから、どれだけ凄いことなのかの自覚が全く出来なかったのだ。
「祖精霊との契約も偉業だけど、クサビ。君自身ももはや伝説級だと思うんだ」
アズマが今までの表情と打って変わって真剣な様子でそう告げ、その場の雰囲気がガラリと変わるのを感じた。
「僕……自身が、ですか?」
「そう。深淵の大穴でのこと、闇の祖精霊が言っていた言葉が引っかかっているんだ。覚えているかい? 彼は君に対して『人の身でありながら、人を逸脱せんとする者よ』……と言ったのを」
「――――」
アズマは僕の返答を待たずに話を続ける。
「僕はその発言がずっと引っ掛かっていてね。長い年月を生きる粗精霊の魔力は、例外なく膨大だ。その魔力を既に3つもその体の内に宿しているんだ。……何か体に変化があってもおかしくない。――その辺りどうだろう? クサビ」
アズマの言葉に、皆が真剣な眼差しでこちらを見てくる。
視線を受けた僕は胸に手を当てて、粗精霊と契約する以前と何か違いはないかを、思い出しながら確かめてみた……。
……しかし、自分にとっては大きな変化はないように思える。確かにちょっと丈夫になったような気もするし、以前より力も込められるような気もする。でもそれは日々の鍛錬の成果が現れたのだろうと、特別な力ではないと思っていたのだけど……。
「う〜ん……。自分ではよく分からないですね……」
と、唸る僕。そこに龍となって飛んでくれているセイランの威厳漂う声が響いた。
「主よ、精霊との契約は少なからず宿主に影響を齎すもの……。粗精霊を内に秘めるのならばその影響は確実にあるぞ」
セイランの蒼い翼が一度羽ばたき、一層に冷たい風が頬を撫でる。その冷たさは、さらに前の記憶を呼び起こした。
そこで浮かんだのは、この時代に来る前に契約していた、水の中位精霊シズクの顔だった。
「……言われてみれば前に、初めて水の中位精霊と契約した後に、僕も水魔術が使いやすくなったり、威力が上がったりしてたっけ。……じゃあ、例えばだけど……もしかしたらアグニと契約したことで力強さを、ジオからは丈夫さを貰ったのかも……?」
僕の推測の域を出ない答えにアズマは納得した様子で頷いた。
「それは有り得るかもしれないね。…………と、いうことは。エクリプスが言ったように、人間を辞めかけてるって事だね、はははっ」
「……えっ!?」
恐ろしいことをサラリと言ってのけるアズマが笑う。……冗談でも怖いよ。
「おお、嘆かわしい。クサビが人でなしになってしまうのか」
「シェーデまで! それじゃなんか僕が嫌な奴みたいじゃないですか〜!」
冗談めかして言うシェーデに僕が慌てて抗議すると、サリアが笑い始めたので釣られて皆が笑い出した。
「ま、まったく〜……」
僕は恥ずかしくなって頬を膨らませてしまうのだった……。
……しかし、それならばエクリプスとの契約で、今度は何が変わったのだろう? 闇属性への耐性とか、もしかしたら瘴気の中でも活動できるようになった! とかかな……?!
だとしたら凄いけれど、試す気にはなれないなぁ……。
《主よ、言っておくが私は何かを授けた覚えはないからな。影響しているとするならば、それはこちらの預かり知らぬことだ》
《そ、そうなんだ……》
念話でエクリプスからもツッコミが入ったので、期待していた僕は肩を落とした。残念だ……。
「――そろそろ人里が見えてきたぞ。ここらで降りるとしよう」
と、その時セイランから声が掛かった。
その言葉に皆の視線は前方に向けられ、眼下に広がる景色に皆の顔に笑みが浮かぶ。
遠くに見えてきたのは見慣れた港町メルトアの景色だったのだ。やっぱり街とか人のいる所を見るとホッとする。
そして僕達は地上へと降りて、そこからはサリアから飛翔の魔術を掛けて貰い、メルトアへと向かったのだった――。




