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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.358 Side.S 撤収

 チギリ師匠の帰還から一日。

 魔物の追手による襲撃は殆どなくなり、同時にここに辿り着く味方も殆どいなくなっていた。


 ボロボロの状態で合流した師匠も、体を休めた後ここに集った全ての同胞達に、部隊の主柱であったナタクさんや多くの冒険者達の死を伝えた。


「皆、今は彼らの死を悼もう……。我らの命は彼らの献身によって繋がれているということを忘れてはならない。我らはここで立ち止まっては居られないのだから。……だが、今だけは彼らの為に祈るとしよう……」


 チギリ師匠の言葉に、みんなは思い思いに噛み締めながら死者を想ったのだった……。



 そしてその時を境に、止まっていた私達の時は足早に動き出したのだ。


 まず、この地を引き払うことになり、明日には撤退を開始することが決まった。次の作戦に向けて部隊を再編しなければならない為、すぐに行動に移すのだという。


 ナタクさんが命を賭して魔族幹部ベリアルに痛手を負わせ、魔物の追撃は止んだ今が撤退の好機という判断である。


 しかし……。


 この場を撤収すること。私はその決定に、内心では抵抗を感じていた。


 頭では理解しているし、判断にはもちろん従う。でもここに至るまでに犠牲になった味方があまりにも多すぎる……。

 もしかしたらまだここを目指している味方がいるかもしれないと思うと、待っていたくなるのだ。


 ラムザッドさんだってまだ戻ってきていない。あのラムザッドさんまで倒れたなんて思いたくない……。



 でもやはり、私達は進まなければならない。

 ……犠牲となった人の無念を晴らす為にも、私達は折れてはいられないのだから。

 何より、今遠い過去で一人で世界の為に奔走するクサビに再会する為にも、止まれない。負けられない。


 

 撤退を告げる師匠の表情は毅然としていたけど、皆分かっていた。その心の内にはどれ程の苦しみが渦巻いているのか……。


 でもそれは誰もが抱く想いであるが故に、誰一人として異を唱えることなく悲しみを呑み込んだ。

 私達は、一度は落としてしまった武器を、再び取る事を選んだんだ。絶望的な状況に遭って尚、戦う事を選択したのだ。それぞれの大切なものを守る為に。



「総員、撤収を開始せよ。帝都リムデルタへ戻り、部隊を再編成させるぞ!」


 ……師匠が力強く号令を飛ばす。


 それに応える様に、各指揮官から声が響き渡り、黎明軍と生き残った帝国兵達は一斉に撤退を開始したのだった。




 私達希望の黎明も帝都リムデルタへと向かうが、その途中先んじて後方に下げていた愛馬のアサヒと馬車と合流して、フェッティさん達のパーティと共に進んだ。



 手網を握りアサヒを走らせていた道中、馬車の中からはいつものような賑やかさはなく、仲間達の会話はなかった。


 みんな自分の内側にある想いを整理しているのね……。無理もないことね。私自身立ち直れているわけではないもの……。


 そんな時、私の操る馬車にチギリ師匠達を乗せた馬車が並走するように横に並び、その馬車の窓が開いて師匠が姿を見せた。

 その奥には、疲れた様子で俯くアスカさんの姿も見え、それをひた隠すように私の方に向いた。


「サヤ、大丈夫か?」


 師匠の漠然としていた簡潔な一言。それでも何についての事かは自然に読み取れた。


「……はい師匠。皆疲れていますけど、まだ折れていません」


 私は毅然として返答する。たとえそれが師匠達に強がりだと見透かされていようとも、私自身が私に騙されていたかった。


 そんな胸中を知ってか知らずか、師匠は控えめな笑みで『そうか』と言葉を贈った。


「これから多忙を極める事になる。亡者平原で我らは惨敗したが、黎明軍は終わってはいないのだ。ここで散華した者達の為にも下を見てはいられない。……頼りにしているよ」

「……はい!」

 

 私は力強く返事をすると、師匠は満足したように頷いた。


 すると、こちらの馬車の中から素早く外に白い影が飛び出して、とんっと屋根の上に乗った。それは屋根にうつ伏せになって師匠達を見下ろしている。

 白いしっぽがゆらゆらと揺れていた。ウィニは思ったよりも元気そうで、いつもの彼女に戻りつつあるようで安心した。


「ししょお。干し肉飽きた。早く帰っておいしいごはんたべよ!」


 ウィニの素っ頓狂な一言に、周りで警戒に当たっていたフェッティさん達が思わず吹き出した。

 それが伝染するように、辺りではクスクスと聞こえ、しまいにはアスカさんや師匠をも顔を綻ばせるに至った。


「……ふふ。そうだな! 早く帰って温かい食事にありつきたいものだ。……君のような者が居て良かった」

「そうですわねっ。また皆様で頑張って参りましょう!」

「にゃ? ……ん。がんばる」


 ウィニのお陰で影を落としていた雰囲気が幾分か明るくなったように思える。当の本人は首を傾げていたけれど。


 思えば苦難に直面する度、ウィニは変わらない調子でいてくれた。

 それが私の心をどれだけ支えてくれただろうか。


 クサビの居ないこの世界で、弱い私の背中を押してくれただろうか……。

 

 本当に、ウィニが居てくれて救われた。


 ううん。ウィニだけじゃない。

 ラシードだってそうだ。お調子者でたまに寒いこと言うけれど、いざと言う時は冷静で頼りになる。


 マルシェもそう。同年代の同性というのもあって感性が近いし、彼女の剣と盾は幾度も危ない場面で助けられてきた。


 皆が隣に立ってくれるなら、私は絶望になんか負けない。

 クサビが灯した希望は、彼がここにいなくとも灯り続けているのだから――。


 

 そう決意で弱さを跳ね返した私は、いつまでもくよくよしてられないと己の心を叱咤する。

 これからも続く魔族との戦いに戦意を燃やし続けると心に誓うと、自然と手網を握る手に力が籠るのだった。

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