Ep.356 光刃の術士 デイン・マナリス
この身を斬り裂かんと襲い来る暴風が、この身を焼き付くさんと迫る炎が、圧倒的な質量で穿たんと迫り上がる大地が――。
雷鳴が、吹雪が、歪む時空すらも僕達に牙を向く。
……それを成せしはただ一人の魔術師。
勇者と共に魔王を封印した英雄の一人。
膨大な魔力を有し、精霊との親和性が高いが故に彼らとの意思疎通を自在と成し、そして今、祖を冠する精霊によって、更なる力を得ている者、デイン・マナリスとの戦いはより激しさを増していた。
この限られた空間の中で、広範囲に放ってくるデインの魔術を凌ぐのは至難の業で、既にこの場に無傷の者は存在しない。
サリアの神聖魔術による回復や防御の魔術支援でなんとか凌いではいるものの、デインの魔力量は底を知らず、その全てを防ぐ事は出来ないのだ。
――氷塊が嵐の魔術に合わさり無差別に降り注いでくる。
殺意を持たない飛翔物は返って回避しづらく、その対処に手間取っている間に、宙に顕現した巨岩群が隕石のように狙い澄まして降り注ぎ始める。
魔術と魔術が組み合わさって襲いかかるような芸当を容易くやってのける。こんなこときっとウィニでも出来ないだろう……。
……こんな時に仲間の事を思い出すとは。
でもそうだ。ここで倒れる訳には行かないんだ。仲間達の元へ帰る為にも!
僕は改めて決意すると、デインを見据える。
絶えず襲いかかる魔術を回避していると、デインとの距離が開いてしまい、追うのも一苦労だ。
僕は思考を巡らせつつデインに駆け出しながらも冷静に周囲の様子を観察する。
――アズマとウルグラムは果敢に攻め込みデインと激しい剣戟を繰り広げている。
手数と力強さを兼ね備えた猛攻を繰り出すウルグラムを起点にアズマがデインを挟むように立ち回りつつ斬撃を放っていた。
――後方ではサリアが杖を掲げて僕達に支援を絶えず行っており、その近くではシェーデの剣と盾がサリアに迫る危険から守っている。
サリアはシェーデが守ってくれるなら大丈夫だ! ならば僕とセイランはアズマ達と更なる攻撃の手として参戦しなくては!
僕はそう思い、傍らのセイランもそれに賛同した様子で共に駆ける。
僕はここで迷わず切り札を使う事を決める。
心に凪を抱きつつ、深い集中状態へ潜っていく……。
熱剣を発動させる為だ。
……集中の深度が増し、周囲の動きがゆっくりに感じて、解放の神剣の刀身に赤い光が帯びていく。
――よし、行くぞッ!
あらゆる方向から迫る氷塊や岩石を掻い潜り、右腕の義手で防ぎ、剣で斬り裂き、あるいは足場にすら利用してデインに猛然と疾駆する!
通った跡に刀身に輝く赤い光の軌跡が残り、それはやがてデインへと辿り着く。
「――チッ」
「はぁぁっ!」
デインの正面から二本の剣を異なる角度で斬り付けるウルグラムと、側面に位置取り隙を突いて放たれた水平斬りを繰り出すアズマ。
僕はデインの近くで足に溜めていた強化魔術を解放させ、瞬時に方向転換してデインの背後に回り込む。
そして二人の攻撃に続くように、僕は飛び上がり剣を高く掲げ体を反り返らせると、一気に前方へと上体を倒し、その反動を利用して体全体を回転させながらデインの元へと落ちる。
全身を刃と化したように襲い掛かる僕の慣れ親しんだ剣技に、熱剣が付与されて威力を格段に向上させた大技だ。
ウルグラムとアズマの猛攻を光刃で防いでいたデインはさすがに足を止めざるを得ない。
ここに全体重を載せた回転攻撃を叩き込む!
「――ッ!」
頭上からの驚異を察知したデインが、素早く周囲に風魔術で暴風を発動させると、それによってウルグラムとアズマを後退させて、その隙にこちらに光の剣を構え、僕の回転斬りを受ける姿勢を取った!
「はぁぁぁーっ!」
刃と光刃が激しくぶつかり合い、夥しい火花が散る!
凄まじい衝撃にデインの口元が歪む。……が、闇の祖精霊の力が備わっている影響か、辛うじて耐え、僕の全力を受け止めていた……!
しかし、その時僕の視界に捉えていたものがあった。
手足を龍化させて地面に縫い付けるように穿ち、体を固定させた状態で大きく口を開けている褐色青髪の、人を象る龍の姿が。
見開いた蒼き瞳が眩く光ると、大きく開けた口に魔力が集まっていき青色の光が輝きを増していく……!
――人の姿のまま強烈なブレスを放とうとしているのを、僕は一目で理解する。
「――ガァァァァァッッ!」
セイランの咆哮と共に吐き出された光線が一直線にデインを襲う!
――ガキャッ! ガガガガガ!――
ブレスはデインの背後を襲い掛かり、闇色の魔術障壁に、凄まじい衝突音を響かせながら着弾する。
闇の祖精霊が咄嗟にデインを護った……!?
だけど……負けるものか……っ!
デインは両手に力を込めて光刃をさらに強化して受け切ろうとし、僕は剣に魔力を注ぎ熱剣の光をさらに赤く輝かせて断ち切らんとする。
「…………グッ……ッ!」
「ああああああ!!」
勢いのままに全力を込めて叫び声を上げながらさらに剣を振り抜く。そして――――。
――パキィンッ!
鋭い破裂音が耳元で炸裂した瞬間、デインの光の剣を断ち切り、さらに彼を覆う魔術障壁を粉々に破壊して、その衝撃でデインが吹き飛んだ!
僕はそのまま地面に着地すると、すぐさま剣を構え直しながら、倒れたデインの方へ剣を向ける。
すると既に行く末を見守っていたウルグラムとアズマがデインの近くで臨戦態勢を取っていた。
セイランも僕をガードするように前に立ち警戒している。
猛威を奮っていた周囲の魔術も収まり、辺りは突然静けさに包まれる。果たして彼はどうなったのか……。
「――…………っ。……」
デインは体を起こそうと力を振り絞って立ち上がろうとしたが、足が言うことを聞かないのか、力無くぺたんと地に突っ伏してしまった。
……先程のような圧倒される雰囲気は感じられず、そこにいるのはいつものデインのようにも見える……。
その様子に皆はようやく警戒を解いて武器を収めると、真っ先にサリアがデインの元へ駆け寄って行った。それにアズマが続く。
サリアが微かに動くデインの口元に耳を傾けて、耳をすましている。
そして安心したように微笑むと、僕達に向けて表情に花を咲かせた。
「デインは大丈夫よっ! とても疲れた。……ですって」
その言葉に皆はほっと安堵の表情を浮かべた。
「……よ、よかったぁ…………!」
僕は大きく安堵の溜息を吐いて肩を撫で下ろした。
「まったく。さすがにヒヤリとしたぞ」
「……ケッ。俺の剣がひでぇ有様だぜ……」
シェーデはそう零すと、サリアと共にデインを介抱しに向かい、ウルグラムはボヤく。
本当に手強かった……。闇の祖精霊の力があったとは言えど、攻撃に用いてきたあの魔術の乱打はまさしくデイン本来の力のものだ。
と、僕は身震いしていたのだが、ほっとしているのも束の間で、アズマはある一点を見つめてこう言い放った。
「――これで僕らは貴方のお眼鏡に叶ったのだろうか? 闇の祖精霊?」




